善福寺公園めぐり

善福寺公園を散歩しての発見や、旅や観劇、ワインの話など

きのうのワイン+映画「吠える犬は噛まない」他

スペインの赤ワイン「サン・ヴァレンティン・ガルナッチャ(SAN VALENTIN GARNACHA)2019」f:id:macchi105:20210822172938j:plain

(メイン料理はハンバーグ・ロース薄切り乗せ)f:id:macchi105:20210822173004j:plain

フランスとの国境に近いバルセロナの近郊、ペネデス地方でワインを造り続けて140年以上というトーレスのワイン。

ブドウ品種はガルナッチャ、その他。

 

ワインの友で観たのは民放のBSで放送していた韓国映画「吠える犬は噛まない」。

2000年の作品。

監督ポン・ジュノ、出演ペ・ドゥナ、イ・ソンジェ、キム・ホジョンほか。

 

「パラサイト 半地下の家族」でアカデミー作品賞、監督賞、脚本賞、国際長編映画賞を受賞したポン・ジュノ監督の劇場長編初監督作品。

韓国語の原題は日本語に訳すと「フランダースの犬」。

なぜこの題名にしたかというと、「フランダースの犬」に特に意味はなく、監督が子どものころによく観たアニメが、日本でつくられた「フランダースの犬」であり、何となくこの題名にして、劇中で主人公にアニメの「フランダースの犬」の主題歌を歌ってもらったのだとか。

英題と、それを直訳した邦題の「吠える犬は噛まない」は、口やかましい者ほど実行力がない、という意味のことわざだという。

何となくつけた題名と知って、そういえば映画の中で、突然、旗を振る女性の群れが出てきたり、主人公が走っていると後ろから運動部の女子学生らしい集団が列をつくって「イチニ、イチニ」と追い越していくシーンがあったが、これも何となく挿入されたみたいで、この映画は監督のインスピレーションがかなりの部分を占めていて、それがまたおもしろさを生んでいるようだった。

 

大規模団地の小犬連続失踪事件をモチーフにしたユーモアたっぷりで一風変わったコミカル劇。

犬嫌いの大学の非常勤講師で冴えない男コ・ユンジュ(イ・ソンジェ)は、年上の妻ウンシル(キム・ホジョン)に養われて生活をしていて、教授になるための賄賂を工面するのにも一苦労の毎日を送っている。ある日、犬の鳴き声が気になったユンジュは憂さ晴らしもあって隣で飼っている犬を捕まえて地下室に閉じ込めてしまう。

一方、団地の管理事務所で経理を担当している、やはり冴えない女のパク・ヒョンナム(ペ・ドゥナ)は、正義感は人一倍強い。彼女は行方不明になった小犬探しを手伝ってビラを団地に張る。そのビラには、行方不明の犬の特徴として「声帯手術をしたので鳴くことができない」と書いてあって、間違って隣の犬を捕まえてしまったと知ったユンジュは慌てて地下室に駆け込むが、警備員が犬鍋にして食べているところを目撃する。

やがて、第二、第三の小犬失踪事件が発生して・・・。

 

ついでにその前に観たのはやはり民放のBSで放送していた韓国映画「完璧な他人」。

2018年の作品。

監督イ・ジェギュ、出演ユ・ヘジン、ヨム・ジョンア、チョ・ジヌン、キム・ジス、イ・ソジン、ソン・ハユン、ユン・ギョンホほか。

 

イタリアのブラックコメディ「おとなの事情」(2016年製作)を韓国でリメイクした作品。

ちなみに原作はさまざまな国や言語でリメイクされていて、最も多くリメイクされた作品としてギネス世界記録に認定されているとか。

 

豊胸整形医のソクホと精神科医の妻・イェジンの新居に仲間たちが集まった。メンバーは亭主関白の弁護士と貞淑な専業主婦の夫婦、新婚のイケメン社長夫妻、新しい恋人を連れてくるはずが1人での参加となった教師。新居である高級マンションで久しぶりに顔を合わせた彼らは、再会を喜びながら、楽しい時間を過ごす。

互いの友情や夫婦愛を確かめ合う会話で盛り上がった彼らは、自分たちの間には隠しごとがないことを証明しようと、スマートフォンに届く電話やメールを全員に公開することになり、それぞれがスマホロックを解除する。ところが、次々とスマホに届く着信やメールにより、和やかだった夜は一転して修羅場へと化していく。

 

そういえば、似たような映画に「おとなのけんか」(2011年製作)という映画があった。

監督はロマン・ポランスキーで、出演はジョディ・フォスタージョン・C・ライリーケイト・ウィンスレットクリストフ・ヴァルツ

いずれも知識人ふうの2組の夫婦が、子ども同士のけんかをめぐって始めは友好的に話し合うのだが、会話を重ねるうちにテンションが高まり、やがて互いの本性がむき出しになるばかりか、夫婦同士でもけんかがおっぱじまり、収拾がつかなくなる。

原題の「Carnage」とは「大虐殺」の意味で、人間にはささいなことでも大虐殺に発展するような本性があることを示唆しているような題名だ。

 

親しい友人同士、それどころか愛し合ってるはずの夫婦でも、基本はやっぱり「他人」なのか?