善福寺公園めぐり

善福寺公園を散歩しての発見や、旅や観劇、ワインの話など

カオスを描く「落下の解剖学」

東京・新宿の新宿ピカデリーでフランス映画「落下の解剖学」を観る。

2023年の作品。

原題「ANATOMIE D'UNE CHUTE」

監督・共同脚本ジュスティーヌ・トリエ、出演ザンドラ・ヒュー、スワン・アルロー、ミロ・マシャド・グラネール、アントワーヌ・レナルツほか。

フランス・グルノーブルの人里離れた雪山の山荘で、視覚障害を持つ11歳の息子ダニエル(ミロ・マシャド・グラネール)が血を流して倒れていた父親を発見。悲鳴を聞いた母親のサンドラ(ザンドラ・ヒュー)は救助を要請するが、父親はすでに息絶えていた。

当初は転落死と思われたが、その死には不審な点も多く、妻であるベストセラー作家のサンドラに夫殺しの疑いがかけられ、彼女は逮捕・起訴されて裁判が始まる。

サンドラは、旧知の弁護士ヴィンセント(スワン・アルロー)に弁護を依頼。夫は落下の際、物置の屋根に頭がぶつかったのが原因による死亡として、事故死または自殺を主張するが、裁判の中で夫婦の間にあった秘密やウソが露わになっていき、ついには前日の激しい夫婦ゲンカを記録した録音データが発見され、彼女は窮地に陥る・・・。

 

長編4作目となるフランスのジュスティーヌ・トリエ監督の作品で、2023年の第76回カンヌ国際映画祭コンペティション部門で最高賞のパルムドールを受賞。今年のアカデミー賞でも作品賞、監督賞、脚本賞、主演女優賞、編集賞の5部門にノミネートされていて、ひょっとしたらダブル受賞があるかもしれない。

もしパルムドールとアカデミー作品賞の両方を受賞したら、64年ぶりの快挙とされた2020年の「パラサイト 半地下の家族」以来となる。

 

主に法廷劇として物語は進んでいくが、ナゾ解きが本作のテーマではない。

妻の見る夫あるいは夫婦、夫の見る妻あるいは夫婦の姿というものがいかに異なっているか、主観によって物事の見え方がまるで違うことが明らかとなり、夫婦の関係とは「カオス」にほかならない、というのが映画を見たあとに抱いた感想だった。

登場人物の数だけ「真実」がある。しかし、事件の「真相」は1つしかない。

映画の中で一番の被害者であり、唯一、客観的存在として描かれるのが11歳の息子だが、彼は終始裁判を傍聴して、両親の愛が崩れていっていた様子をありありと知る。揺れ動く心の中で、少年による再証言が裁判の鍵を握ることになる。

少年はどのようにして「事件の真相」を語るか。それが映像で表現される。

父親と少年が車で移動中、父親が何を語ったかを少年は証言するのだが、映画では、父親が車を運転しながら隣の息子に語る様子が映され、それに法廷で証言する息子の音声がダブっていて、とても鮮烈な印象を残すシーンだった。

朝日新聞夕刊の映画紹介の欄にジュスティーヌ・トリエ監督のインタビューが載っていて、次のように語っていた。

「(息子のダニエル役を)ミロに決めた理由は声。最初のオーディションに立ち会えなくて音声だけ聞いたら、子どもなのに“成熟の響き”がある。その響きの説得力に、賭けようと思ったのです」

映画を見てその監督の言葉を思い出し、賭けは成功したなと思った。

 

本作のもう一人(いや一匹)の主役はスヌープという名の愛犬。エサといっしょにアスピリンを大量に飲まされて苦しむ姿が真に迫っていたが、まさか今は動物愛護の観点からもホントに苦しませたりはしてないはずだからCGかなと思ったら、すべて訓練のたまものによる犬の演技だったという。

この犬は、メッシという名前のボーダーコリー犬で、カンヌ映画祭では、人間のほうのパルムドール賞とともに優れた演技を披露した犬に贈られる栄誉ある「パルム・ドッグ賞」を受賞した。

ボーダーコリー犬は今もヨーロッパでは牧羊犬・牧畜犬として活躍している賢い犬種であり、フリスビーも得意で、メッシのおばあちゃんはアメリカのアリゾナ州で開催された世界フリスビー大会で優勝した世界チャンピオンなのだとか。