善福寺公園めぐり

善福寺公園を散歩しての発見や、旅や観劇、ワインの話など

映画「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」

kino cinéma新宿で上映中の日本映画「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」

2026年の作品。

監督・脚本・製作・撮影・編集:塚本晋也、音楽:ermhoi、出演:ロドニー・ヒックス、ジェフリー・ラッシュ、マーク・マーフィー、タチアナ・アリ、リリー・フランキーほか。

米海兵隊員としてベトナム戦争に動員され武器を持って戦った実在の人物、アレン・ネルソンの物語。

 

父も元軍人で、暴力の中で育ったアフリカ系アメリカ人のネルソンは、貧困や差別から抜け出すため、18歳で海兵隊に志願した。

沖縄での訓練で教えられたのはいかに多くの人を殺せるかであり、ベトナムの戦地に派遣されると、前線の仲間は大多数が貧困層の黒人で、殺戮の日々で得たものは、ごくわずかな賃金と、PTSD(戦争後遺症)だった。

帰国後、戦争のトラウマにうなされる日々を送り、23歳のときホームレスとなったネルソン。のちにPTSDの治療を受けるようになるが、心の傷を癒す治療は長期にわたり、彼の心の支えとなったのは、退役軍人病院でカウンセリングを行っていたダニエルズ医師の存在だった・・・。

 

ベトナム帰還兵だったアレン・ネルソンの著書「『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』ベトナム帰還兵が語る『本当の戦争』」の映画化。

同書は講談社の「子どもたちの未来のために」シリーズの1冊として2003年に出版された子ども向けの本(2010年に文庫版が出た)。

日本映画ながら物語の舞台はアメリカ本土、ベトナム、それに沖縄であり、セリフは主として英語、そしてベトナム語。

タイトルの「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」は小学4年生の女の子からの質問だった。

ベトナムからの帰還後、ホームレスになっていたネルソンは、高校の同窓生の小学校教師とバッタリ会い、彼女から、自分が教えている子どもたちにベトナム戦争での体験を話してほしいと頼まれる。

ネルソンはそのときは、「相手が子どもだから」ときれいごとばかり話すが、最後にこう問われたのだ。「あなたは人を殺しましたか?」と。

本作は、ひとつにはその質問の答えにたどり着くまでの作品といえる。

映画の前半は、強烈すぎるほどのベトナムでのむごたらしい殺戮のシーンが次から次へと出てくる。

ネルソンは次々とベトナム人を殺していく。彼らが「ベトコン」と呼んだ解放戦線の兵士、そして戦争とは関係ないような農民、老人、子ども・・・。

塚本監督はインタビューで、観客にはネルソンと完全に同化してほしかったと語っている。

映像上であるけれど戦争のむごさ、悲惨さを目に焼き付けて、戦争の恐ろしさを“体験”してほしかったと語っている。

観客は前半でイヤというほど殺戮シーンを、ネルソンが人を殺すシーンを見ているので、後半でネルソンが言葉に出さないで話しているシーンを見るだけで、殺戮シーンがまぶたに甦えってくる。

小学生の質問「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」の答えはもはや明らかであり、ネルソンは長い沈黙のあと、答える。

「yes(はい、殺しました)」

それまできれいごとをいっていたネルソンは、その質問に最初、戸惑うが、やがて真実を隠してはだめだ、と悟る。のちに彼は人々の前で自分のしたことを語り始めるが、きっかけとなったのが女の子のこの質問だった。

 

だが、それだけでは彼は戦争のトラウマから逃れることはできない。

彼のカウンセリングを担当したダニエルズ医師は、カウンセリングのたびにネルソンにこう質問する。

「ネルソンさん、なぜ人を殺したのですか」

彼は答える。

「戦争だったから」

「上官に命令されたから仕方なかった」

「それが仕事だった」

だが、ダニエルズ医師はその答えにうなずきながらも、次のカウンセリングのときにも同じ問いを発する。

「ネルソンさん、なぜ人を殺したのですか」

そして、ネルソンはついに答える。

「殺したかったからだ」

 

つまり、ネルソンはそれまで、ベトナム人を殺したことを「戦争だから」「命令だから」「仕事だから」と、自分のことは棚に上げて他人のせいにしてきた。

初めて「殺したかったから」と答えて、自分が加害者であることを認めたのだ。

映画では、沖縄のキャンプ・ハンセンで訓練中の米兵たちが、基地周辺の歓楽街で遊んでも売春婦にカネを払わなかったり、タクシー運転手にタクシー料金を払わず、殴る蹴るの暴力を振るっていて、アメリカ本土で人種差別されている黒人兵士が、沖縄ではアジア人を差別し横暴の限りを尽くす様子が描かれている。

また、ベトナムでは、アメリカ兵たちはベトナム人のことを「グークス」と呼んで人間扱いしなかった実態も描かれている。

アメリカ軍がベトナムや日本で行っていることは、アジア人は自分たちより下等だという、間違った、というよりむしろ狂った価値観がそこにあったからなのではないだろうか。

強い差別意識があるものだから、人を殺しても加害者としての罪悪感はなく、ネルソンはPTSDのトラウマにさいなまれて、ダニエルズ医師からの心の治療があったおかげで、ようやく人間性を取り戻し、加害者としての罪に目覚めたのではないだろうか。

しかし、なぜアメリカの兵士はそんな、人を殺しても平気な価値観を持つようになってしまったのか?

 

本作は第83回ヴェネチア国際映画祭のコンペティション部門に出品され、金獅子賞など本賞の受賞は逃したが、「金の小獅子賞」と呼ばれる「レオンチーノ・ドーロ」を受賞した。

この賞は1989年に創設され今回で38回目だが、イタリアの高校生が選ぶ賞で、日本映画の受賞は初めてという。

イタリア全20州から選ばれた18歳の高校生20人が審査員をつとめていて、昨年はパレスチナのガザ地区で命を奪われた少女の実話をもとに描いた「ヒンド・ラジャブの声」(カウテール・ベン・ハニア監督)が受賞している。

今回、高校生たちはどんな理由で「ネルソンさん、あなたは人をころしましたか?」を選んだのか?

選考理由としてあげられたのは、戦争に共通する暴力を描き切った表現力、主人公の意識が変化していく過程へ観客を引き込む力、映像と音響を駆使して戦争と帰還兵のトラウマを告発したことなどだが、さらに「侵略戦争(guerra di aggressione)を支える帝国主義的論理(logica I perialistaを明確に拒絶するメッセージをあらゆる世代に伝える作品」というのも選考理由のひとつだった。

イタリアの高校生たちが、ベトナム戦争をベトナムに対する「侵略戦争」と位置づけ、その戦争を支えるものが「帝国主義的論理」であると喝破したのはさすがの慧眼だと思う。

 

映画の最後のほうで、リリー・ラランキーがネルソンの講演活動を支える日本人の役で出ていて、彼は自分の父親のエピソードを語っている。

自分の父親も太平洋戦争で日本軍の兵士として戦地に赴いたが、終戦後、日本に帰ってからは戦争についてひとことも語らず、無気力でいつも悲しそうで、人が変わったみたいになってしまっていて、やはり父親もPTSDを患ったのではないか、と語っていた。

日本もかつて中国などアジアに侵略戦争を行っていて、多くの人を殺した。

侵略戦争というものは、「自国の防衛・生存」を大義名分としながらも、実は他国・他民族の政治・経済・領土を自分のものにしようという帝国主義的論理で行われるものであり、その言い訳の中には、力を持つ自国の支配が遅れた地域に秩序や近代化をもたらすという優越思想のレトリックがあった。

動員される兵士もまた、帝国主義的論理に染まって人を殺してしまうのだろうか?

 

映画では描かれていないが、実在のネルソンは日本に長く滞在し、自身の体験を伝える講演活動を日本で1200回以上行ったというが、きっかけは、1995年、沖縄で米兵による少女暴行事件が起き、心を痛めていたとき、翌96年、「基地をなくす運動の一環として沖縄でベトナム戦争の話をしてくれないか」と誘われたことだったという。

彼が沖縄を訪れたのは、新兵のときにキャンプ・ハンセンで訓練を受けてから30年ぶりのことだったという。

ネルソンは日本国憲法9条にも感銘を受けていた。

戦後、日本は他国と戦争せず、他国民を一人も殺さず、また殺されもしなかった。非戦を貫けたのは戦争放棄と戦力の不保持を定めた憲法9条があったからにほかならない。日本で講演活動を始めて以来、彼はずっと、暴力に頼らない唯一の道は9条の理念にある、と訴え続けた。

ネルソンはアメリカ軍がベトナムで散布した枯葉剤の影響による多発性骨髄腫のため2009年、61歳で亡くなる。

墓は石川県加賀市の浄土真宗の寺「光闡坊(こうせんぼう)」にあり、彼はそこで眠っている。

カワセミの縄張り争い

金曜日朝の善福寺公園は晴れ。青空を見るのは久々の気もするが、風が涼しくお散歩日和。

 

上池には若造くんだろうか、オスのカワセミ。

 

いつもの定位置には池の主(ぬし)であるマルちゃんらしいのがいたが、カメラを向けるといなくなった。

 

池をめぐっていると、ふたたびカワセミ。

今度のはメスのようで、別のカワセミが近づいてきて2羽でおっかけっこをしていなくなった。

してみると、上池にはマルちゃんと若造くんのオスが2羽と、メスの1羽の、3羽で縄張り争い中?

秋になると、春から夏にかけて巣立った幼鳥も独立して、1羽ずつ自分の狩場(縄張り)を持つようになる。

すると、元からいた自分の父親や母親の縄張りに侵入してきて、若い鳥と成長の間で激しいバトルが起きることになる。

冬場を単独で乗り切り、生き抜いていくためにはしょうがないんだろうけど、棲み分けができるといいんだがなー。

 

下池に向かう途中では交尾中のウリハムシ。

 

下池をめぐっていると、アゲハが飛んできて目の前でとまった。

 

数は少なくなったがイトトンボはまだがんばってる。

 

小型の鳥たちが混群をつくって飛んでいる。

仲間を呼んでるのか、エナガ。

エナガのほかにはコゲラの姿も。

 

下池を1周してふたたび上池へ。

途中の小川(遅野井川)には子どものカワセミ。

3番子だろうか、まだ幼さが残ってる感じ。

 

上池にもどると、オンブバッタのご夫婦。

 

トックリかな?いえコサギです。

 

サトキマダラヒカゲが葉っぱにとまって休憩中。

日陰によくいるがたまには日向ぼっこもしたいらしい。

長すぎる“鼻”の効用クヌギシギゾウムシ

木曜日朝の善福寺公園は曇り。雨続きの毎日も一段落。ただし、空は暗い。

 

上池にはマルちゃんらしいオスのカワセミ。

 

鼻がやけに長~いゾウムシ。

クヌギシギゾシウムシといって、長いのは鼻ではなく口吻。

水鳥のシギのクチバシに似ていて、ゾウの鼻のようでもあるというのでシギゾウムシの名がついたのだろう。

長い口吻はジャマくさそうにも見えるのだが、メスにとっては産卵するのに欠かせない便利アイテムのようだ。

口吻の一番先端には小さな口があってアゴの役割をしていて、これで硬いクヌギのドングリをガリガリと削って穴をあける。

穴があいたら今度はお尻の産卵管を穴に差し込み、産卵する。

中で孵化した幼虫はドングリの中身を食べて育っていく。

産卵しないオスにとってはこんな長いのはいらないような気もするが、卵を産むメスこそが大事にされる虫の世界ではそんなこといってられない。

それに長い口吻はドングリを食べるのには向いているのかもしれないし、ほかの虫にはかっこよくてオシャレに見えてるかも。

 

下池にまわると、2羽の大きめの鳥がにぎやかにしていて、ガビチョウだった。

クレオパトラふうの白いアイリングが特徴。

外国からやってきて野生化した鳥で、生態系を乱すというので特定外来生物に指定されている。

このところたまに公園で見かけるから、ここが気に入っちゃったのかな?

きのうのワイン+映画「トロイ」

イタリア・ヴェネト州の赤ワイン「コルテ・ジャーラ・リパッソ・ヴァルポリチェッラ(CORTE GIARA RIPASSO VALPOLICELLA)2023」

ワイナリーはアレグリーニ。

イタリア・ヴェネト州ヴェローナ近郊(ヴァルポリチェッラ地区)でつくられるワイン「アマローネ」の搾りかすを加えて再発酵させる「リパッソ」という伝統製法によるワイン。

ブドウ品種はコルヴィーナ・ヴェロネーゼ、ロンディネッラ。

コクと深みのある味が楽しめる1本。

 

ワインの友で観たのは、U-NEXTで配信中のアメリカ映画「トロイ」

2004年の作品。

原題「TROY」

監督ウォルフガング・ペーターゼン、脚本デヴィッド・ベニオフ、音楽ジェームズ・ホーナー、撮影ロジャー・プラット、出演ブラッド・ピット、エリック・バナ、オーランド・ブルーム、ダイアン・クルーガー、ブライアン・コックス、ショーン・ビーン、ブレンダン・グリーソン、ピーター・オトゥールほか。

巨額を投じ、ギリシア神話にあるトロイア(トロイ)戦争を壮大なスケールで再現した歴史スペクタクル大作。

 

紀元前12世紀。繁栄を極めた小アジア(現在のトルコ)の都市国家トロイと強国スパルタを始めギリシャの連合軍との戦いを描く。

トロイの王子パリス(オーランド・ブルーム)が、スパルタ王の妻ヘレン(ダイアン・クルーガー)と恋に落ちて彼女を略奪。スパルタ王の兄アガメムノン(ブライアン・コックス)は、それを口実にトロイを征服するべく、ギリシャ諸国の戦士からなる大軍団を率いてトロイに向かう。

その戦の中でギリシャ軍最強の戦士アキレス(ブラッド・ピット)は、パリスの兄ヘクトル王子(エリック・バナ)と対決することになる。

戦いは長きにわたり、ギリシャ軍は勝機を見いだせなかったが、オデュッセウス(ショーン・ビーン)は起死回生の作戦を思いつく。トロイの木馬に精鋭の兵士を隠し城内に潜入させる作戦だった・・・。

 

古代ギリシャの詩人ホメロスの叙事詩「イリアス」を「U・ボート」「パーフェクト・ストーム」のウォルフガング・ペーターゼン監督により映画化。

先日、封切り中のクリストファー・ノーラン監督の「オデュッセイア」を観たばかりなので、「オデュッセイア」の前編にあたる本作を見ることにした。

「オデュッセイア」はなるべくCGを使わずリアルに徹していたが、こちらはCG満載。

製作に1億8500万ドルの巨費が投じられたというが、スペクタクルあり、ロマンスあり、家族の物語ありと見せ場はたっぷり。

「ロード・オブ・ザ・リング」を彷彿させるようなSFXを駆使した戦闘シーンで度肝を抜く一方、本作の主人公であるアキレス役のブラッド・ピットが、筋トレに半年を費やしたとかいうギリシャ彫刻のように磨きあげた肉体を披露する。

枯れた感じながらも凛とした威厳を示したピーター・オトゥールがトロイの王プリアモスを好演。

 

本作でも、注目すべきはやはり、ノーラン監督の「オデュッセイア」同様、女系社会の名残と、迫りくる男系社会との葛藤が描かれていることだ。

すでに本ブログでも書いた「オデュッセイア」では、戦争のためイタケ(ギリシャ西部イオニア海に浮かぶ島)の王オデッセウスが不在となって20年、王妃ペネロペを娶った者が次の王に就くというので100人を超える求婚者が集まってくる。

王妃ペネロペを娶らなければ王になれないというのは、まさしく女性が権力を持っているゆえであり、その当時、ギリシャでは女系社会の名残がまだ残っていたことになる。

では、映画「トロイ」では女系社会の名残がどのように描かれているのか?

映画では、トロイの王子パリスが、スパルタ王の妻ヘレンと恋に落ちて彼女を略奪し、これが原因で戦争が始まった、となっているが、むろん原因はただの“略奪愛”ではない。

トロイとギリシャの戦争の引き金となったヘレン(ヘレネ)はたしかに絶世の美女だったようだが、実父であるゼウスと母レダ(またはネメシス)との間に生まれ、表向きスパルタの王女だった。

古代スパルタやエーゲ海諸国では、土地や王権の正当性は女性の血統(母方)によって受け継がれる習慣、すなわち母系社会の名残があった。

彼女の夫となったメネラオスはもともとミケーネの王であり、よそ者だ。スパルタの王女であるヘレンと結婚したことで、晴れてスパルタの王位につくことができたのだった。

彼女が王女のころ、ギリシャ中の名だたる英雄たちがこぞって夫の座を狙ってやってきたため、「誰がヘレンの夫となっても、その夫に危機が訪れたときは全員で助け合う」という誓い(デュンダレオスの誓い)が立てられた。

最終的にスパルタの王位はヘレンを妻に娶ったメネラオスが継承したのだが、女神アプロディーテの加護を受けたトロイの王子パリスがスパルタを訪れ、ヘレンと駆け落ちしてトロイに彼女を連れ去るというのは、メネラオスにとっては大変な事態となる。

ヘレンがスパルタを出てトロイに行ってしまうというのは何を意味するか。彼女に受け継がれたスパルタの王権そのものがトロイに移ってしまうことを意味する。メネラオスは彼女なしには支配権を主張できなくなるのだ。

そこでメネラオスはデュンダレオスの誓いを発動し、ヘレンを奪回してスパルタの正当な統治権と領土を守るため、ギリシャの英雄を集めて大軍をトロイに向けて進軍させたのだった。

 

だとするなら、ギリシャ軍がヘレン奪還のために軍を送ったのは母性社会の習慣を貫くためだったということになるはずだが、必ずしもそうでないところが、その時代を反映している。

表向きヘレン奪還が目的でも、真のねらいは別のところにあった。

あの時代、ギリシャ文明は転換期を迎えていて、トロイとの戦争が起こったのはミケーネ文明のころといわれているが、その前はクレタ文明の時代だった。

クレタ文明は平和的な海洋文化を発展させていて、女性が社会の中心的な役割を果たしていたと考えられている。

そこへ、ギリシャ本土から経済力も武力も勝るミケーネ人が南下してきた。平和だったクレタ文明は乗っ取られ、男性優位の社会へと変わっていった。こうして成立したのが戦闘的な王政によるミケーネ文明だった。

トロイとの戦争は奪われた王妃を取り返すのが目的と思わせておいて、真のねらいは、それを口実にトロイを征服することであり、総大将となったのはスパルタ王の兄アガメムノンで、彼は男性中心の家父長制社会を押し進めるミケーネの王だった。

そのころのトロイは、母系的な要素や女性の地位の高さが残されていたとの説があり、事実、トロイを始めとするアナトリア地方では、大地の生産力や生命力を司る神として地母神を祀る信仰が根強く存在していた。

ミケーネの王であるアガメムノンが、自分の領土的野心のためトロイを征服しようとするのは、それはそのまま母系の風土を根絶し、自分たちが押し進めてきた父系(男系)的な秩序の確立につながっていく。

ギリシャとトロイの戦争をジェンダー的視点で見て、社会秩序の衝突が引きおこしたものととらえるなら、また違った目で歴史を見ることができるかもしれない。

今がピークかイトトンボの繁殖

水曜日朝の善福寺公園は小雨。このところ雨の日が続いていて、小雨なので傘を差して出かける。雨が降ったりやんだり。

 

上池にはいつもの定位置にマルちゃんだろうか。

オスのカワセミがポツンと1羽。

 

池のほとりではイトトンボが交尾中。

もう9月も半ばというにまだ繁殖期みたい。

トンボの多く、特に大型のトンボは1年~数年かけて1世代を交代するのに対して、イトトンボの中には成長スピードがとても速いのがいて、1年のうちに複数回世代を重ねるのもいるらしい。

イトトンボの多くは11月ごろまで産卵するというから、むしろ秋の今ごろが繁殖の最盛期なのかもしれない。

 

下池にまわると、2羽のカワセミが飛んでいるのを目撃。

そのうちの1羽は大人のカワセミか?

 

下池を1周してふたたび上池に向かう。

葉っぱの上にいたミノムシ。

まだ見すぼらしい感じだが、冬に備えて蓑づくりの途中なのかも。

 

ヨツボシケシキスイそっくりの虫が移動中。

クヌギやコナラなどの樹液が好物のはずだが、まわりにそんなのはないはず。

不思議に思って帰って調べたら、ヒメオビオオキノコというキノコを食べる虫のようだ。

黒い体に上下2対(計4つ)の朱色の模様があるのはヨツボシケシキスイそっくりだが、よく見ると体型が明らかに違う。

ヒメオビオオキノコはオオキノコムシ科で、ヨクボシケシキスイはケシキスイ科。

キノコを食べるのと樹液を吸うのとの違いがあり、このところの高温多湿で公園内にはあちこちでキノコが生えているので、ヒメオビオオキノコはキノコ探しに忙しいのかもしれない。

 

上池に戻ると、ふたたびカワセミ。

秋の今ごろになると今年生まれたカワセミも立派になってるから、大人か子どもか区別がつかない。

交尾中?のオンブバッタ

月曜日朝の善福寺公園は快晴。このところずっと雨続きで、雨がやんでも曇り空の日が多かったから、久々の青い空。

 

上池にはいつもの定位置にマルちゃんらしいオスのカワセミ。

ほかのカワセミは見当たらないが、どこかに隠れてるのかな?

 

下池にまわると、メスがオスをおんぶしたオンブバッタ。

よく見ると、オスが尻尾をメスのおなかに差し入れている。

ひょっとしたら交尾してるところかな?

交尾前も交尾のあとも、オスはメスの背中に乗ったまま離れない。

 

カナヘビが這い出してきて、日光浴中。

かなり小さめなので、子どものカナヘビか。

おなかが黄色いからメスである可能性も。

 

ミスジチョウがヒラヒラ舞っていて地面におりた。

白い帯の模様からコミスジかも?

 

池の水が善福寺川に落ちるあたりでは、けさもカワセミとコサギ。

カワセミは何度もダイブを繰り返して小さな獲物をゲットしていた。

 

スイレンの群生地ではアオサギとコサギのツーショット。

 

カワセミのメスらしいのもエサ獲り中。

ジッとすることなく移動を繰り返していた。

 

咲き始めたアザミの花には、きのうはセセリチョウ、けさはハチ。

ウェストがくびれていて、ツチバチの仲間だろうか。

成虫の主食は花の蜜や花粉。

大きな巣を作らず、メスは地中にいるコガネムシの幼虫などに卵を産み付け、孵化した幼虫はその幼虫を食べて育つ。

コガネムシの幼虫は植物の根を食べて枯らしたりするから害虫ということになっていて、とするとツチバチは益虫というわけだ。

ヒガンバナ咲く

日曜日朝の善福寺公園は曇り。きのう、おとといは雨で散歩に出られず。やっと雨がやみ、公園1周。

 

公園に着くと、真っ先に見つけたのが咲いたばかりのヒガンバナ。

 

上池では、マルちゃんらしきオスのカワセミ。

いつもの定位置に鎮座ましましている。

 

オンブバッタが同じような顔でこっちを見てる。

横から見ると、オスのお尻の上側が赤い。

いつでも繁殖オーケーの成熟のしるしらしい。

 

池をめぐっていると、さきほどのマルちゃんかな?

背伸びしたり、身を低くしたりしている。

近くに別のカワセミがいて、2羽が並んでいる。

メスのカワセミのようで、こちらも威嚇?のポーズ。

まだ繁殖期には早いから、なわばりに侵入してきたメスをマルちゃんは撃退しようとしているのか。

ニラメッコが続いていた。

 

下池にまわると、サンコウチョウがやってきているというので探す。

かわってアカボシゴマダラが飛んできた。

 

池の水が善福寺川に落ちるあたりではカワセミの姿。

23日前も同じところにいた。

 

葉っぱの上にはテングスケバ。

 

下池を1周してふたたび上池へ。

ツリバナがぶら下がった実をつけていた。

 

アザミの花にはイチモンジセセリ。

細い口吻をのばして蜜をチューチュー吸ってるのがよくわかる。

 

上池では、縦になってもオンブをやめないオンブバッタ。

 

池の淵あたりでシロバナサクラタデが咲いていた。

花の色や形がサクラ(桜)に似ているサクラタデに似ているものの、花の色が白いのでシロバナサクラタデ。

 

白色のヒガンバナも咲き始めた。

こちらはシロバナヒガンバナではなく、和名はシロバナマンジュシャゲ。

赤いヒガンバナと黄色いショウキズイセンの自然交雑種(かけあわせたもの)だとか。

 

ヒメエグリバの幼虫は元気かな?

黒い体にとても目立つ黄色や赤のドット模様が並んでいる。

いかにも毒々しい目立つ色(警戒色)をまとうことで、天敵を驚かしているらしいが、人間の目にはただただ美しい。