善福寺公園めぐり

善福寺公園を散歩しての発見や、旅や観劇、ワインの話など

鳥たちが「オハヨー」

日曜日朝の善福寺公園は快晴。始め空気が冷たかったが、やがてあんまり気にならなくなる。早いもので、きょうで2月も終りだ。

 

満開のウメにメジロf:id:macchi105:20210228102154j:plain

2羽が仲よく蜜を吸いにやってきた。f:id:macchi105:20210228102227j:plain

てっぺんから「どの花にしようか」、選りどり見どり。f:id:macchi105:20210228102249j:plain

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首を伸ばして・・・。f:id:macchi105:20210228102332j:plain

下からも。f:id:macchi105:20210228102353j:plain

上からも。f:id:macchi105:20210228102414j:plain

たっぷり吸って飛び去った。

 

上池のカワセミは?

メスとオス、それぞれ離れたところにいた。f:id:macchi105:20210228102441j:plain

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けさもアオジと出会う。

まずは、フェンスから顔を出したところ。「オハヨー」。f:id:macchi105:20210228102558j:plain

池のほとりでエサ探し。f:id:macchi105:20210228102624j:plain

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遊歩道のすぐそばなんだけど、平気でエサを探していた。

 

木をつつく音をたどればコゲラだった。f:id:macchi105:20210228102701j:plain

小川のほとりにもアオジ。おなかのアオ(黄緑色)が鮮やかだ。f:id:macchi105:20210228102734j:plain

すると、そのそばでウグイスが顔を出した。f:id:macchi105:20210228102759j:plain

こちらも「オハヨー」といってるみたい。

 

芽吹き始めたヤナギが朝日に照らされていた。f:id:macchi105:20210228102859j:plain

道端の可憐な花。ホトケノザf:id:macchi105:20210228102932j:plain

葉の形が、仏さまが座る台座に似ているというのでこの名がついた。

この台座に似た葉が階段状になって茎につくのでサンガイグサ(三階草)の別名もあるそうだ。

 

コブシの花から雄しべと雌しべが伸びていた。f:id:macchi105:20210228102954j:plain

よく見ると、真ん中に太い緑色の雌しべがあり、ヒゲみたいなのがたくさん伸びている。雄しべは黄色っぽくて、雌しべのまわりを取り囲むにうにしてたくさんある。

コブシは雌性先熟の両性花。先に雌しべが柱頭を突き出し、その後、雌しべの柱頭は中心にへばりつくようになって今度は雄しべが突き出して両側の隙間から花粉を出す。

してみると今は雌しべがガンバッてるころだろうか。

 

クチナシがダイダイ色の実をつけていた。f:id:macchi105:20210228103018j:plain

実がなるのは秋から冬にかけてのはずだが、その名残だろうか。

きのうのワイン+映画「博士の愛した数式」他

チリの赤ワイン「ラス・ムラス・カベルネ・ソーヴィニヨン・レゼルヴァ(LAS MULAS CABERNET SAUVIGNON RESERVA)2019」

(写真はこのあと牛ステーキ)f:id:macchi105:20210227102051j:plain

トーレスが欧州の伝統と技術を用いてチリで手がけるワイン。

生産地はチリのブドウ栽培発祥の地、セントラル・ヴァレー。雨量が年間300mm未満と非常に乾燥した土地でブドウ栽培に適しているとか。

カベルネ・ソーヴィニヨン100%

濃いルビーレッドの色合い、まろやかな味。

 

ワインの友で観たのはNHKBSで放送していた日本映画「博士の愛した数式」。

2006年公開の作品。

監督・小泉堯史、音楽・加古隆、出演・寺尾聰深津絵里斎藤隆成吉岡秀隆浅丘ルリ子、井川比佐志ほか。

 

小川洋子の同名小説の映画化。

小説では、交通事故による脳の損傷で記憶が80分しか持続しなくなってしまった数学者の「博士」と、彼の家政婦である「私」、その息子で小学生の「ルート」の心の触れ合いを描いているが、映画では、「博士」に憧れて中学校の数学教師になったルートが、クラスの最初の授業で博士との思い出を語る展開になっている。

 

数字や数式がやたらと出てくる。

たとえば、家政婦が初めて博士と会った日、靴のサイズを聞かれて「24です」と答える、「ほお、実にいさぎよい数字だ。4の階乗だ」と博士はうれしそうにつぶやく。

階乗とは1からnまでの連続する自然数の積のこと。1、2、3、4までを全部掛け合わせると24になる。

次に博士は「電話番号は何番かね」と聞く。

「576の1455です」と答えると、「すばらしいじゃないか。1億までの間に存在する素数の個数に等しいとは」と、またしても喜々として語る博士。

調べてみたら、たしかに1億までの素数の個数は5761455で、2億までなら11078937だ。

 

ほかにも、家政婦の誕生日が2月20日と知ると、博士は「220、実にチャーミングな数字だ」とまた喜々として、自分が大学時代に書いた論文で学長賞受賞のときにもらった腕時計を取り出す。

そこには284の番号が刻まれていて、博士は黒板に白墨で数式を書いていく。

それは220と284のそれぞれの約数(ある整数に対してそれを割り切れる整数のこと)で、220の約数は1、2、4、5、10、11、20、22、44、55、110。284の約数は1、2、4、71、142。博士はそれぞれの数字の間に+を書き加えていく。

 

「見てご覧、このすばらしいひと続きの数字の連なりを。220の約数の和は284。そして、284の約数の和は220。友愛数だ。フェルマーだってデカルトだって、1組ずつしか見つけられなかった、めったにない組み合わせだよ。君の誕生日と僕の手首に刻まれた数字がこれほど見事なチェーンでつながり合っているなんて、美しいは思わないかい?」

数字・数式の話はほかにも、元阪神の江夏の背番号28とか、いろいろ登場しているが、映画では博士は数式を書くときは必ず黒板に書いていた。そういえば、だいぶ前に読んだ数学者インタビューの本でも、数学者はみんな黒板を愛用していた。

以前、応用数学を使って生物の発生について研究している先生の話をうかがったことがあるが、やはり何か計算したりするときは黒板じゃないとだめだ、とおっしゃっていて、黒板に書くと発想が広がっていくというのがその理由だった。

大きな黒板に自由に数字を書いたり消したりしていくその過程こそが、大事なのかもしれない。

いずれにしろ、数学に関するウンチクが吉岡秀隆のやさしいシャベリで紹介されていて、数学(数学者も)が好きになる映画。

 

ついでにその前に観た映画。

民放テレビで放送していた「ハクソー・リッジ」。

2016年の作品。

監督メル・ギブソン、出演アンドリュー・ガーフィールドサム・ワーシントン、ルーク・ブレイシー、テリーサ・パーマーほか。

 

第2次世界大戦の沖縄戦で衛生兵として従軍したデズモンド・ドスの実体験を描いた戦争映画。

デズモンドはセブンスデー・アドベンチスト教会の敬虔な信徒であり、「皆は殺すが、僕は助けたい」と武器の所持を拒否。それでも「ハクソー・リッジ」での戦いではたった1人で戦場に倒れた75人の兵士を奇跡的に救出し、「良心的兵役拒」として初めて名誉勲章が与えられた人物という。

ハクソー・リッジ」とは、沖縄戦で日本軍とアメリカを中心とする連合軍との激戦地となった、かつて浦添城があったあたりにある「前田高地」と呼ばれた日本軍陣地のこと。北側が断崖絶壁になっていて、アメリカ軍が攻めていくにはここを登っていかなくてはならず、「弓ノコ状に隆起した細長い尾根」という意味で「HACKSAW RIDGE(ハクソー・リッジ)」と呼んだ。

 

沖縄戦で、アメリカ軍は「鉄の暴風」といわれるほどの艦砲射撃を雨あられと行い、その上で沖縄本島中部の北谷、読谷に上陸。主力部隊は当時の日本軍の指令本部があった首里城をめざしたが、そのルート上にあったのが浦添市の前田高地だった。

映画での、武器を持たないデズモンド・ドスの献身的な人命救助の物語はよくわかったが、それにしても次々と人が殺されるシーンが続く。

実際、沖縄戦では地上戦で約20万人が命を落とした。しかし、その半数以上の12万人超は沖縄県民であり、県民の4人に1人が犠牲となった。このため沖縄県民は全員が遺族であり、沖縄戦の最大の犠牲者はデズモンド同様に武器を持たない一般住民の沖縄県民だった。

メル・ギブソンにはそこのところも描いてほしかった。

 

民放のテレビで放送していたアメリカ映画「NEXT‐ネクスト」。

2007年の作品。

監督リー・タマホリ、出演ニコラス・ケイジ(製作も)、ジュリアン・ムーアジェシカ・ビールほか。

 

2分先の未来が見えるという超能力の持ち主(ニコラス・ケイジ)が、核爆発を画策するテロ集団とたたかう物語。

ニコラス・ケイジを助けるオヤジサン役で「刑事コロンボ」のピーター・フォークが出ている。

背伸びするアオジ

金曜日朝の善福寺公園は曇りのち晴れ。寒いと思ったが歩き出すとそれほどでもない。

 

けさの上池のカワセミは?

木陰にそっとメスのカワセミf:id:macchi105:20210227094639j:plain

上池には今のところ2羽のメスに1のオスがいて三角関係?ぎみだが、このメスは新参者で前からいるメスに遠慮しているのか?

近くにオスの姿はない。

 

池をめぐっているとエナガが群れて飛んでいた。

オハヨーといっている。f:id:macchi105:20210227094751j:plain

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下池に向かうと、広場をハクセキレイが歩いていた。

脚が速いはずだ、歩幅も大きい。f:id:macchi105:20210227094850j:plain

コゲラがエサ探し中。f:id:macchi105:20210227094940j:plain

横に伸びた太い枝の先まで行って、次どこへ行こうか迷ってるところ。f:id:macchi105:20210227095001j:plain

メジロが細い枝にぶら下がっている。

軽業師のメジロf:id:macchi105:20210227095033j:plain

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アオジの声がするので目を凝らすと、はじめ藪の中を移動していたが、ギャラリーへのサービスか?姿を見せてくれた。f:id:macchi105:20210227095122j:plain

歩きながらエサをついばんでいる。f:id:macchi105:20210227095142j:plain

何か気になるのか、首を伸ばして様子をうかがっている。f:id:macchi105:20210227095202j:plain

背伸びするアオジ。「こんなに背が高いんだぜ」とでもいってるみたい。

安心してか、今度は反対方向へ。f:id:macchi105:20210227095229j:plain

しばらく目を楽しませてくれた。

 

ふたたび上池に戻ると、またメスのカワセミ。さっきのとは違って、いつも盛んにオスにモーションをかけているほうのメスのようだ。f:id:macchi105:20210227095302j:plain

やがて姿が見えなくなったが、そのあとからオスが飛んできた。f:id:macchi105:20210227095325j:plain

ややっ、オスもやる気になってきたか?

先日めでたく結ばれた下池のカワセミは営巣を始めたらしいが・・・。

 

けさの雲。何に見える?f:id:macchi105:20210227095345j:plain

一角獣の対決・・・。

ウグイスカグラの由来は・・・?

金曜日朝の善福寺公園は曇り。風はなく、気温もさほど低くない。

 

上池では、けさもカワセミのオスとメスが盛んに鳴き交わしている。

近くに並んでいるところに遭遇。f:id:macchi105:20210226095436j:plain

積極的なのはメスのほうで、ピーピー鳴いてオスを誘っているのか?f:id:macchi105:20210226095459j:plain

オスのほうはどっちかという腰が引けていて、すぐに離れたところに行こうとする。f:id:macchi105:20210226095521j:plain

メスが追っかけていく。f:id:macchi105:20210226095545j:plain

何度か場所を変えて・・・。f:id:macchi105:20210226095605j:plain

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その後は?散歩を続けたのでわからない。

 

小川にはキセキレイf:id:macchi105:20210226095640j:plain

下池を1周してふたたび上池へ。

ウグイスカグラ(鶯神楽)の花が咲いていた。f:id:macchi105:20210226095703j:plain

日本固有種で、別名・春告花。この花が咲くと武蔵野台地では春の到来を感じるという。

ただ、気になるのはウグイスカグラという名前の由来。

カグラというからにはどこかお神楽に似たところがあるのだろうか?だったらめでたい気もするが・・・。

しかし、名前の由来は諸説あってはっきりしないらしい。

その中に「ウグイスガクレ」が転訛したものとの説がある。

警戒心の強いウグイスがよくこの植物の茂みの中に隠れるので「ウグイスガクレ」。それが転じて、語呂がいいからか、ウグイスカグラになったというのだ。

日本国語大辞典」にも、ウグイスカグラの異名としてウグイスガクレがあげられている。

 

また、ウグイスが茂みの中を移動する姿が神楽の舞いに似ているというのでこの名がついたとの説もあるらしい。

これもなかなか魅力的な説だ。

よほどウグイスはウグイスカグラが好きだったのか、江戸時代後期の1775年に刊行された「物類称呼(ぶつるいしょうこ)」にはウグイスカグラのことを「ウグイスノキ」との記載があるという。それが幕末の1856年に刊行された「草木図説」では、ウグイスノキがウグイスカグラに変わっていて、これがウグイスカグラの初出といわれる。

やはり当時の人は、ウグイスがあっちにこっちにと移動する姿を神楽に見立てたのだろうか?

このところしょっちゅうウグイスの姿を見ている当方としては、たしかに神楽を舞っているように見えなくはないが・・・。

 

カイツブリのペアが仲よく並んでいた。f:id:macchi105:20210226095756j:plain

珍しく池のほとりにツグミ

水でも飲みにきたのかな?f:id:macchi105:20210226095818j:plain

スックとツグミの立ち姿。f:id:macchi105:20210226095841j:plain

「脚長いでしょ」とどこか自慢げ。

 

すると、近くにカワセミのオスがとまっていて素早く小魚をゲット。f:id:macchi105:20210226095959j:plain

ひょっとしてメスに求愛行動でプレゼットするかな?と思ったら食べちゃった。f:id:macchi105:20210226100022j:plain

そばにメスがいて、先ほど同様、また近くに並んでとまった。f:id:macchi105:20210226100050j:plain

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2羽の“恋の駆け引き”はいつまで続くのか?

またあしたのお楽しみ。

心に残る料理とお酒 分とく山

日本料理の名店「分とく山」へ行く。

前々から是非とも行きたいと思っていた店。

もともと総料理長をつとめる野崎洋光さんのファンで、彼が書いた料理本を何冊か持っているが、日本料理に新風を吹き込む野崎さんの料理づくりのポリシーに共感していた。新風を吹き込むといっても、奇をてらった料理をつくるわけではない。伝統を踏まえつつ、素材本来の味を大切にした料理づくりを行っているのが野崎さんだ。

しかし、やっぱり料理はポリシーだけではだめで、味わうことこそ大事と、ようやく訪問が叶った。

 

地下鉄広尾駅から徒歩5分ほど、にぎやかな大通りに面したところにある、純和風の店構え。ここだけが別世界という感じ。f:id:macchi105:20210225110409j:plain

総料理長の野崎さんは、27歳の若さで日本料理の名店「とく山」の料理長となり、36歳で独立したが、「とく山」で学んだ恩義を忘れまいと、つけた店名が「分とく山」。

2人で行ったが、通されたのは2階の部屋。カウンターに4人が並ぶ席で、向かいに大きなまな板があり、目の前で板前さんが調理してくれる。

席に着くと、さりげなく置かれていたボケの小枝。早春に咲く花だ。花芽が出ていて、帰ってから咲かせようともらって帰った。f:id:macchi105:20210225110503j:plain

2人で行ったが、たまたま客は4人席にわれわれ2人だけで、板前さんがつきっきりで料理をつくり、供してくれた。何て贅沢(1人7万円ものタダ飯を食べた某内閣広報官には及ばないが)。

目の前で料理をつくってくれたのは阿南優貴さん。あとで知ったが、分とく山ナンバー2の本店料理長だった。

 

生ビールのあと、日本酒は、野崎さんの出身地・福島に敬意を表して福島県古殿町の「一歩己(いぶき)」。

 

料理はうろ覚えだが、まずは海老しんじょとメカブf:id:macchi105:20210225110445j:plain

メカブの食感が何ともいえない。

 

皿の上に載っているのは、赤貝とイカ、ウド。ウニとアオサ、もち米。フグの煮こごり。菜の花の生ハムまき、酒粕。タケノコの土佐風味、だったかな。f:id:macchi105:20210225110613j:plain

どれも違った味が楽しめて、酒が進む。

 

甘鯛とコゴミの吸い物。f:id:macchi105:20210225110925j:plain

何とも癒される味。散らされたネギが鮮やかで目で見ても楽しめる。

 

このあたりから酒は山形県米沢市の「日本響」。

フグの刺身白子のせ。サヨリとマグロ赤身の刺身。f:id:macchi105:20210225110954j:plain

どれも絶品の味。

 

この店の名物というアワビの料理。

アワビとフキノトウの揚げ物。このままでもおいしいが、アワビのワタ+わかめのタレにつけるとまた違った味わい。このタレだけでもおいしい。f:id:macchi105:20210225111023j:plain

酒は宮城県仙台市の「勝山」。

タケノコと牛肉のしゃぶしゃぶ。お好みでエゴマソース。f:id:macchi105:20210225111048j:plain

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サワラとフキ炊き込みご飯。f:id:macchi105:20210225111128j:plain

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とても全部は食べきれず、おみやげに持たせてもらった。

 

デザート。f:id:macchi105:20210225111204j:plain


ヒョイと見上げると、店の壁にかかっていた掛け軸に「看脚下」とある。f:id:macchi105:20210225111230j:plain

足元を見よ、ということか。描かれているのはゴボウ(牛蒡)という。

なるほど、ゴボウは地中に深く埋まっている根を食べる。「足元を見よ」は「足元の食を忘れるな」ということかもしれない。

 

どれもおいしく、春の気分を味わえて、心に残る料理の数々。

帰りには玄関までみなさんに送っていただき、うれしい気分で店を出るが、表に出たとたん「また行きたいな」と思ってしまったのはなぜ?

この店も夜は8時までという。

コロナ禍できっと大変だろうが、「分とく山」ならではの味を守っていってほしいものだ。

三角関係に悩む?カワセミ

木曜日朝の善福寺公園は快晴。きのう同様に気温は低いが風は穏やか。

 

けさも上池にメスのカワセミf:id:macchi105:20210225092310j:plain

オスを呼んでいるのか、しきりに鳴いている。

近くにオスは?と探すが見当たらない。

 

池をめぐっていると、ふたたびメスのカワセミf:id:macchi105:20210225092339j:plain

今度は近くにオスがいたが、すぐに飛び去っていった。

 

うーむ、2羽の関係はどーなってるんだろうと首をひねっていると、善福寺公園の熱心なカワセミ・ウオッチャーから、オスのそばにいたメスは新参者で、最初に見たのは前からいるメスのカワセミだと教えていただいた。

何しろこの人、克明にカワセミを観察していて、個体認識もして名前までつけている。

もともとここには2羽のオス・メスがいたが、あとから別のオス・メスがやってきた。ところが、新参者のうちオスのほうは死んでしまったか、いなくなってしまった。その結果、上池には現在、1羽のオスと2羽のメスがいるんだそうだ。

 

なるほど、それで合点がいく。

オスは前からいるメスと添え遂げたいのは山々だが、新たにやってきたメスもモーションをかけてくるものだから、サテどうしょうと逡巡しているのでは?と人間に比定した勝手な解釈。

とすると三角関係?

 

公園はウメが満開で、ウメの木が並ぶ“ウメロード”は、紅白のウメ、それに早咲きのカワヅザクラスイセンと、早春の花々を楽しむことができる。

ウメの花の蜜を吸おうとメジロがやってきていた。f:id:macchi105:20210225092611j:plain

メジロの場合、吸うというより舌でなめとるといったほうが正しいのだが、無心に花の中にクチバシをつっこんでいた。f:id:macchi105:20210225092631j:plain

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エナガが2羽で梢をめぐっていた。f:id:macchi105:20210225092729j:plain

さきほどのメジロもそうだが、そろそろ鳥たちの繁殖期で、2羽のペアで飛んでることが多い。

 

シロハラが地面に降りてエサ探し中。f:id:macchi105:20210225092802j:plain

 

 

知らなかった言葉と出会う 「雪旅籠」

戸田義長「雪旅籠」(創元推理文庫)を読む。

 

江戸末期から明治へと移り変わる時代を舞台にした話に、現代風のミステリーの手法をほどこしての謎解き小説。

主人公は、若き日より“八丁堀の鷹”と謳われてきた北町奉行所定町廻り同心の戸田惣左衛門と、その跡目を継いだ息子清之介、そして惣左衛門の後妻となった元花魁のお糸。

全8編の連作短編集で、江戸市中で起こる数々の難事件を解決していく。中には「ちょっと謎解きにムリがあるな」というのもあるが、おもしろく読んだ。

作者の戸田義長は1963年生まれというから今年58歳。

若いとはいえないが年寄りでもない。それなのに、かなり古い日本語の言い回しが随所に出てきて、なかなか滋味あふれる内容となっている。

 

たとえばこんな箇所。

 

「母屋の方に高句麗(こくり)もくり逃げていった」

 

高句麗もくり」なんて、そんな言葉があるのかと「日本国語大辞典」を調べたら、たしかにあった。

「こくり(高句麗)」は「こうくり(高句麗)」の変化した語で、恐ろしいもの、無情・非道なことなどのたとえ。元寇の役のときに、蒙古とともに襲来した高句麗の兵士が、北九州地方を侵害したところからいう。多く「むくり」「もくり」などとともに用いられる、と「日本国語大辞典」にある。

これに「逃げる」がついた「高句麗(こくり)もくり逃げるは」とは、「もくり」は「蒙古」のことで、元寇のときの蒙古と高句麗との連合軍のように、さんざんのありさまで逃げていく、ほうほうのていで逃げる、という意味となる。

なるほど、歴史に裏打ちされた言葉のようだ。

 

こんな表現もあった。

 

「とんだ栃麵棒のお方」

 

これも現代人は「ハテ?」と首をひねるしかないが、「日本国語大辞典」によれば「橡(栃)麵棒のお方」とは、「うろたえ、あわてる人」を指しているらしい。

「栃麺」とは、栃の実を粉にし、これに小麦粉、そば粉などと混ぜてこね、棒で薄く打ち延ばし、切りそばのようにした食べもののこと。栃麺をつくるときに使う棒が「栃麺棒」だが、奈良県南大和、広島県高田郡など一部地方の方言で「栃麵棒」は「ひどくあわてること」の意味に使われているし、滋賀県甲賀郡では「栃麺」だけで「ひどくあわてること」となるという。

ではなぜ「「栃麵棒」や「栃麵」が「ひどくあわてること」になるか?

日本国語大辞典」では「とちめく坊の変化したものか」と注釈をつけている。

「とちめく」の出典は古く室町中期の「文明本節用集」に「あわて惑う、うろたえる、狼狽する」の意味で「トチメク」が載っていて、1593年(天正20年)の「天草本伊曽保物語(イソップの生涯の物語)」の中に「顔ウチ赤メテ、トチメクニヨッテ」との文言がある。

語源について「日本国語大辞典」は、トチはトリチガエ(取違)の略か。あるいは、栃の実で作るトチメン(栃麺)を延ばすときに、非常に手早く行わないと麺が収縮してしまうところから、あわてるさまをいったものか、と「大言海」の説を紹介している。

 

美人を表現するこんな箇所もあった。

 

「図抜けた尤物(ゆうぶつ)であり、臈長けて優美な気品に満ちている」

 

「尤物」とは「すぐれたもの」の意味で「優れて美しい女性、美女」の意味ともなる。

なぜ「すぐれたもの」が「美女」なのか。そこには「美女」以外の意味合いも込められているのではないだろうか。

何でこんなことをいうかというと、白川静の「字通」によれば、もともと「尤」とは象形文字では呪霊を持つ獣の形を表しているという。とすると、「尤」には男心を惑わす“妖しい”意味合いも含まれているのではないだろうか。

世界三大美人の一人とされる楊貴妃について、白居易や陳鴻は「国を傾けた尤物」と評していて、ここでの「尤物」とは男を惑わし道を誤らせる存在としての美女、という意味合いが強いという。

でも、男心としては、惑わされてもいいから美女は美女でいいのかもしれない。

 

それはともかく、「臈(ろう)長けて」というのも、普通なら「年功を積む」とか「長年の経験を積んで物事に巧みになる」の意味だが、これも昔は「洗練された美しさ」「気品のある美しさ」と、特に女性の美しさをほめる言葉として使われていたようだ。

ここで使われる「臈」とは仏教用語で、僧侶が受戒のあと、一夏(いちげ)90日の安居(あんご=外出しないで修行に専念すること)を行い終えること。また、この安居を区切りとして数えた僧侶の出家後の年数。その多少によって位次が定まる、と「日本国語大辞典」にある。

よく時代劇に出てくる江戸城大奥の役職に、上臈とか中臈というのがあった。これも元は仏教用語で、1000人とも3000人ともいわれる大奥女中の中から選ばれた「図抜けた尤物(つまりは飛び切りの美人)」が中臈となり、将軍は主に将軍付きの中臈の中から側室を選んだという。

将軍のお手はつかなかったもののさらに年功を積むと、大奥の最高位である上臈御年寄となるのだろう。

 

いずれにしろ言葉はおもしろい。