善福寺公園めぐり

善福寺公園を散歩しての発見や、旅や観劇、ワインの話など

ホーホケキョの初鳴き聞く

土曜日朝の善福寺公園は晴れ。ときおり強い北風が吹く。

 

公園に着くなり、入れ代わり立ち代わり3羽の鳥。

まずはアオジがすぐそばの枝にとまった。

アオジが去ると、次はジョウビタキのメス。

やはりすぐにいなくなって、今度はハチジョウツグミ

まんまるの体が風に吹かれていた。

 

上池をめぐっていると、下池寄りの池の端っこにカワセミ

メスのヤエちゃんのようだ。

下池の方向をジッとみつめている。

やがて下池方向に飛んでいった。

こっちも下池方向に向かうが、その後、ヤエちゃんの姿はなかった。

 

公園のあちこちでカンヒザクラが咲き出していて、メジロが蜜を吸いにやってきていた。

ひとしきり蜜を吸って、次はどこに行こうかのポーズ。

 

再びアオジと遭遇。

やさしい顔しているからメスのようだ。

こちらは濃い顔をしたオスのアオジ

しきりにキョロキョロして、仲間を探してる?

頭上の枝にはシロハラがいて、ツグミと同じ胸を張るポーズ。

 

公園の隣の屋敷林の中から「ホーホケキョ」とウグイスの初鳴きが聞こえる。

いつもは初めはへたっぴいなんだが、けさはなかなかいい声で鳴いていた。

そういえばきのうから弥生三月。

 

公園を1周して帰ろうとしたら、さきほどのハチジョウツグミだろうか、エサを探して下におりてきた。

ときおり吹く強い風にあおられたところ。

それでも、負けないゾっと脚を踏ん張っていた。

カオスを描く「落下の解剖学」

東京・新宿の新宿ピカデリーでフランス映画「落下の解剖学」を観る。

2023年の作品。

原題「ANATOMIE D'UNE CHUTE」

監督・共同脚本ジュスティーヌ・トリエ、出演ザンドラ・ヒュー、スワン・アルロー、ミロ・マシャド・グラネール、アントワーヌ・レナルツほか。

フランス・グルノーブルの人里離れた雪山の山荘で、視覚障害を持つ11歳の息子ダニエル(ミロ・マシャド・グラネール)が血を流して倒れていた父親を発見。悲鳴を聞いた母親のサンドラ(ザンドラ・ヒュー)は救助を要請するが、父親はすでに息絶えていた。

当初は転落死と思われたが、その死には不審な点も多く、妻であるベストセラー作家のサンドラに夫殺しの疑いがかけられ、彼女は逮捕・起訴されて裁判が始まる。

サンドラは、旧知の弁護士ヴィンセント(スワン・アルロー)に弁護を依頼。夫は落下の際、物置の屋根に頭がぶつかったのが原因による死亡として、事故死または自殺を主張するが、裁判の中で夫婦の間にあった秘密やウソが露わになっていき、ついには前日の激しい夫婦ゲンカを記録した録音データが発見され、彼女は窮地に陥る・・・。

 

長編4作目となるフランスのジュスティーヌ・トリエ監督の作品で、2023年の第76回カンヌ国際映画祭コンペティション部門で最高賞のパルムドールを受賞。今年のアカデミー賞でも作品賞、監督賞、脚本賞、主演女優賞、編集賞の5部門にノミネートされていて、ひょっとしたらダブル受賞があるかもしれない。

もしパルムドールとアカデミー作品賞の両方を受賞したら、64年ぶりの快挙とされた2020年の「パラサイト 半地下の家族」以来となる。

 

主に法廷劇として物語は進んでいくが、ナゾ解きが本作のテーマではない。

妻の見る夫あるいは夫婦、夫の見る妻あるいは夫婦の姿というものがいかに異なっているか、主観によって物事の見え方がまるで違うことが明らかとなり、夫婦の関係とは「カオス」にほかならない、というのが映画を見たあとに抱いた感想だった。

登場人物の数だけ「真実」がある。しかし、事件の「真相」は1つしかない。

映画の中で一番の被害者であり、唯一、客観的存在として描かれるのが11歳の息子だが、彼は終始裁判を傍聴して、両親の愛が崩れていっていた様子をありありと知る。揺れ動く心の中で、少年による再証言が裁判の鍵を握ることになる。

少年はどのようにして「事件の真相」を語るか。それが映像で表現される。

父親と少年が車で移動中、父親が何を語ったかを少年は証言するのだが、映画では、父親が車を運転しながら隣の息子に語る様子が映され、それに法廷で証言する息子の音声がダブっていて、とても鮮烈な印象を残すシーンだった。

朝日新聞夕刊の映画紹介の欄にジュスティーヌ・トリエ監督のインタビューが載っていて、次のように語っていた。

「(息子のダニエル役を)ミロに決めた理由は声。最初のオーディションに立ち会えなくて音声だけ聞いたら、子どもなのに“成熟の響き”がある。その響きの説得力に、賭けようと思ったのです」

映画を見てその監督の言葉を思い出し、賭けは成功したなと思った。

 

本作のもう一人(いや一匹)の主役はスヌープという名の愛犬。エサといっしょにアスピリンを大量に飲まされて苦しむ姿が真に迫っていたが、まさか今は動物愛護の観点からもホントに苦しませたりはしてないはずだからCGかなと思ったら、すべて訓練のたまものによる犬の演技だったという。

この犬は、メッシという名前のボーダーコリー犬で、カンヌ映画祭では、人間のほうのパルムドール賞とともに優れた演技を披露した犬に贈られる栄誉ある「パルム・ドッグ賞」を受賞した。

ボーダーコリー犬は今もヨーロッパでは牧羊犬・牧畜犬として活躍している賢い犬種であり、フリスビーも得意で、メッシのおばあちゃんはアメリカのアリゾナ州で開催された世界フリスビー大会で優勝した世界チャンピオンなのだとか。

けさも久々ジョウビタキのメス

木曜日朝の善福寺公園は曇り。いつもより2時間ぐらい遅い散歩の出発。空は明るくなってるかと思ったら、曇り空で変わらず。

 

上池をめぐっていると、池のほとりでゴイサギが枝の上。

顔をうずめて眠ってる?

 

下池へ向かう途中にはけさもアオジの姿。

地面に落ちた木の実をさがしているようだった。

 

下池では、カイツブリが毛繕いを始めた。

くちばしを上手に使っておぐしのお手入れ。

 

下池を1周して再び上池へ。

小川(遅野井川)に久しぶりにコサギがやってきていた。

相変わらず脚をズリズリ川底で動かしてエサを探している。

 

上池のほとりのサンシュユが満開。

全体が黄色 に輝き、まさしく「ハルコガネバナ(春黄金花)」。

 

ジョウビタキの鳴き声がするので探すと、きのうルリビタキのオスがやってきたあたりにジョウビタキのメス。

オスは毎日のように出会うが、メスは久しぶり。

クリクリお目めがかわいい。

きのうはルリビタキ、けさはジョウビタキと、交代で楽しませてくれる。

エサを探しているのだろう、やがて見えなくなった。

きのうのワイン+映画「世界最速のインディアン」「長い灰色の線」

ニュージーランドの赤ワイン「セラー・セレクション・ピノ・ノワール(CELLAR SELECTION PINOT NOIR2022)」

ワイナリーのシレーネ・エステーツはニュージーランド北島、東寄りの海に近い都市、ホークス・ベイに位置。ワイナリー名はローマ神話に登場する酒の神・バッカスの従者でワインと食事、仲間との生活を楽しんだとされるシレーニ神に由来している。

ニュージーランドは北島、南島ともにワインが生産されていて、白ワイン用生産地面積がかなりを占めるものの、赤ワインはピノ・ノワールがおよそ7割を占めているのだとか。

さらっとした口当たりで飲みやすいピノ・ノワール

 

ワインの友で観たのは、ニュージーランドのワインに合わせたわけではなくたまたまだったが、民放のCSで放送していたニュージーランドアメリカ合作の映画「世界最速のインディアン」。

2005年の作品。

原題「THE WORLD'S FASTEST INDIAN」

監督ロジャー・ドナルドソン、出演アンソニー・ホプキンス、クリス・クロフォード、アーロン・マーフィ、クリス・ウィリアムズほか。

世界最速のインディアン」というから、荒野を疾駆するアメリカ先住民(インディアン)の勇姿を描く西部劇にアンソニー・ホプキンスが酋長役で出るの?と思ったらそうではなく、インディアンとはバイクのこと。

60歳をすぎてバイクの世界最速記録に挑戦した伝説のバイカーの実話を映画化。

 

ニュージーランドの南端に位置する田舎町インバーカーギル。小屋で一人暮らしをする67歳のバート・マンロー(アンソニー・ホプキンス)は、21歳のときに買ったオートバイ「1920年型インディアン・スカウト」の改造に明け暮れる日々を40年以上も続けていた。

彼の夢は、長年の憧れだったバイカーの聖地アメリカ・ユタ州の「ボンネビル・ソルトフラッツ(塩平原)」で毎年8月に開催される世界最速を競う競技会に出場して、1000㏄以下の流線型バイクの世界最速記録に挑むことだった。

何とかお金を工面して貨物船に便乗してアメリカに渡ったバート。ニージーランド訛りで苦労したりしながらも、中古車を安く買ってロサンゼルスからソルトレイクシティに向かい、ついに競技会の出場を果たす・・・。

 

アメリカの高級バイクメーカーというとハーレーダビッドソンが有名だが、“最古のメーカー”として100年以上の歴史を持つのがインディアン。

1901年に第1号機を製造。1920年に発売したのがV型2気筒600㏄11馬力最高速度88㎞の「インディアン・スカウト」だった。

のちに排気量1000㏄の「インディアン・チーフ」が発売されるが、「スカウト(斥候)」も「チーフ(酋長)」もいずれもアメリカ先住民に敬意を表したネーミングだろう。

実在の人物バート・マンローは、21歳のとき、地元インバーカーギルにあるガレージで、発売されたばかりの「インディアン・スカウト」に出会う。V型2気筒エンジンを舐めるように精査し、惚れ込み、働いて貯めたお金でこのバイクを買ったという。

彼の凄いところは、その後、40年かけてコツコツ改造していったことだが、裕福でないかわりに手づくりが好きだったらしく、金をかけずに知恵と努力で改造を加えていった。

改造に使うのは、ドアの把手とかそこらへんにあるもので、アルミを溶かしてピストンをつくり、フレームも自分で溶接してつくり上げていく。タイヤの溝は肉切りナイフで削ったりしていた。

そうやって改造したバイクを走らせて、ノーマルでは時速90㎞もいかないところを200㎞、300㎞と速度を上げていく。彼は63歳のときから毎年のようにボンネビル塩平原に出かけていって、最初の63歳のときに時速288㎞の世界記録を達成。その後も70すぎまで記録に挑戦し、68歳のときの67年には295・44㎞の記録を樹立している。非公式ながらこの年に出した最高時速は331㎞だったという。

 

そんな“スピードにとりつかれた男”バート・マンローを演じたのがアンソニー・ホプキンス

彼はこの映画のとき68歳。主人公の年とだいたい同じぐらいだが、冷徹な殺人鬼のレクター(「羊たちの沈黙」の主人公)にはピッタリでも、とても世界最速のスピードに挑むバイカーには見えない。しかし、本作でバイクを走らせるシーンは後半のほうで、物語の大半を占めるのは主人公が世界記録達成を思い立ってアメリカに渡り、目的地に着くまでの間に出会った人々との交流を描くロードムービー。つまり人間模様を描くのが本作であり、そう考えるとアンソニー・ホプキンスにはピッタリの役どころといえる。

彼はオスカー(アカデミー主演男優賞)を2度もとった演技派俳優であり、「羊たちの沈黙」(1991年)のときは、わずか12分の出演時間にもかかわらずアカデミー主演男優賞を受賞。これは同賞受賞者の中で最短出演時間というが、ちょっとしか出てなくても全編に出ていたような存在感があり、強いインパクトを与える演技をしたということだろう。

本作でも、ニュージーランドの隣家の少年との交流に始まり、アメリカに渡る船では船員たちと、渡米してからは税関職員やタクシー運転手、ホテルのフロント係のゲイの青年、先住民の男、砂漠で一人暮らす夫に先立たれた未亡人、目的地のボンネビル塩平原で出会った同じバイカーたちなどなど、さまざまな人々との笑いあり涙ありのエピソードが、実に愉快で爽快で、心に残る。

そして映画の後半、真っ白な塩の大平原をバイクで疾走するシーンは、スリリングで、そして美しい。

 

劇中、ニュージーランドの発音がアメリカ人にわからず苦労するという話が出てくるが、ニュージーランドアメリカも同じ英語圏ではあるものの、ニュージーランドの発音はイギリス・ロンドンのコックニー(Cockney)に似た訛りが強くてなかなか話が通じない。

日本の半分ほどの面積しかないイギリスだが、いまだ階級意識が強く、地域主義も強いためか、自分たちの地域で話す言葉の訛りにこだわりを持つ人が多いようで、クイーンズイングリッシュといわれるお坊っちゃま・お嬢ちゃま的な上流階級が話す言葉があるかと思えば、それとは真反対の、ロンドン東部の労働者階級が話す下町英語が「コックニー」と呼ばれるもの。

わかりやすい例がオードリー・ヘップバーン主演の映画「マイ・フェア・レディ」。花売りの娘イライザが話す言葉がコックニーで、それを聞いた言語学者のヒギンズ教授は「ヒドイ言葉だ」とあきれ果て、クイーンズイングリッシュを叩き込んで彼女を上流社会に送り出す。

ではなぜ、ニュージーランドの言葉は下町英語のコックニーかというと、お隣のオーストラリアがもともと流刑地であり、囚人と下層階級の人々がここに送り込まれてできた国であるのと同様、ニュージーランドもまた、ロンドンの植民地会社が集めた下層労働者の移民により始まった国であるため、彼らの言葉であるコックニーが主流になったといわれている。

ちなみに、イギリスにおいてクイーンズイングリッシュをしゃべる有名人は、イギリス王室はもちろんのこと、俳優ではヘレン・ミレンヒュー・グラントなど。コックニーをしゃべる有名人は、ディビッド・ベッカムアルフレッド・ヒッチコックなど。

では、本作で役の上ではコックニーをしゃべっているアンソニー・ホプキンスはというと、彼はイギリス・ウェールズ出身で、言葉もウェールズ訛りの「ウェルシュ」という言葉。

ウェールズグレートブリテン島の南西に位置し、アイリッシュ海を隔ててアイルランドと接している。ウェールズ人の先祖はケルト人であり、はるか紀元前5世紀ごろに鉄器文化を携えてブリテン島にやってきたといわれる。

ケルト文化の残る地域であるが、同時にウェールズは労働者階級が多く住んだ地域でもあった。かつてウェールズは石炭を代表とする豊富な地下資源を産出する一大産地であり、最盛期には600以上の炭鉱があり、イギリスの産業革命を支えた。

イギリス全土から労働者がここに集まってきて、当然、話す言葉はコックニーも多かっただろう。ひょっとしてアンソニー・ホプキンスのまわりにもコックニーを話す人が多くいて、本作の出演の際も、意外と簡単にコックニー訛りが出たのかもしれない。

 

本作では、随所に挟まるバート役のアンソニー・ホプキンスの名ゼリフがきまってる。

以下、隣家の少年トムとの会話。

トム「スピードを出して衝突したら、死ぬんじゃないかって怖くならない?」

バート「このバイクでスピードに挑むときは、たった5分が一生に勝るんだよ」

一生よりも充実した5分間というわけだ。

 

バート「忘れちゃいけないよ。夢を追わない人間は野菜と同じなんだ」

トム「どんな野菜?」

バート「さあな。キャベツだ。そう、キャベツだよ」

イギリスのスラングでは「キャベツ」は「無気力、無関心な人、ぐうたら」の意味があるそうだ。

 

庭のレモンの木に飼料になるからとしょっちゅうおしっこをかけていているバート。

バート「アメリカに行ってて私がいない間、レモンの木におしっこをしてもいいよ」

トム「(激しく首を振って)・・・」

バート「安心していいよ。何も問題ないんだから。『最高の天然飼料だ』って孔子もいってたほどだ」

トム「孔子ってだれ?」

バート「ああ、やつはたしか、ダニーデンニュージーランドの町の名)に住んでる男だよ」

 

こんなセリフもあった。

「人間の一生は草に似ている。春がくると元気に伸びて、中年を迎えて実り、秋風が吹くと枯れ尽きて、もう生き返らない。人間も草と同じさ。死んだらそれでおしまいなんだ」

 

監督のロジャー・ドナルドソンは1945年オーストラリア生まれで、20歳のときにニュージーランドに移住。テレビ番組の演出をへて32歳のときの1977年に映画監督としてデビュー。

彼はテレビ時代にバートと出会い、テレビ用のドキュメンタリーを製作。夢を持つことの大切さを説くバートの人生哲学に共鳴し、バートが亡くなった翌年、1979年に本作の企画を立ち上げたというから、四半世紀をへて念願かなっての映画化だった。

 

ついでにその前に観た映画。

NHKBSで放送していたアメリカ映画「長い灰色の線」。

1954年の作品。

原題「THE LONG GRAY LINE」

監督ジョン・フォード、出演タイロン・パワーモーリン・オハラ、ドナルド・クリスプ ほか。

アメリカ合衆国陸軍士官学校を舞台に教官として働いた実在の人物の自伝を映画化した作品。先日観た「スノーデン」がアメリカの「裏面」を描くなら、こちらはちょっぴり牧歌的な「晴れの顔」。

 

陸軍士官学校で体育教官を50年間勤めてきたマーティ ・マー軍曹(タイロン・パワー)は、辞職命令に不服で、その撤回を陸軍士官学校の卒業生でマーティの旧友でもあるアイゼンハワー大統領に頼みに行き、昔の思い出話をする――。

1903年アイルランドからやって来たマーティ青年。陸軍士官学校の給仕に雇われるが失敗ばかり。やがて兵に志願して勤務隊に配属され、体育主任に見いだされて助手として働くようになる。

体育主任の家で女中として働くアイルランドからやってきたメアリー・オドンネル(モーリン・オハラ)と結婚し、それから50年。生まれたばかりのわが子の死や、長年連れ添った妻の死なども乗り越え、教官として若き候補生たちを次々に送り出していく・・・。

 

監督のジョン・フォード、それにハリウッド黄金期のスターであるタイロン・パワーモーリン・オハラのゴールデン・コンビによる作品。

陸軍士官学校は、ニューヨーク州ウェストポイントにあるアメリカ陸軍の士官候補生養成校。トーマス・ジェファーソン大統領の時代の1802年に開校し、通称ウェストポイントとも呼ばれる。

本作は、そのウェストポイントで名教官として生き抜いたマーティの人生を、候補生や家族との触れ合いとともに描くヒューマンドラマだが、第一次大戦、第二次大戦と2度の世界大戦を経験し、教え子の中には戦死した者もいる中で、士官候補生たちの育成に尽力したマーティの働きはまさしくアメリカという国の礎になるもの、というので、“アメリカ讃歌”“ウェストポイント讃歌”をうたい上げて国民の士気を鼓舞するような映画だった。

それは無理もない話で、本作はアメリカでは1955年2月に劇場公開されたが、その当時、東西の対立が深まってアメリカは世界のあちこちに軍隊を送って新たな戦争に備えていた。ベトナムでは1954年のディエンビエンフーの戦いでフランスが敗れ、代わってアメリカが「共産化阻止」を名目に介入を始めていたし、中東でもイスラエルアラブ諸国との戦争が繰り返されていた。第2次世界大戦が終わって平和が訪れたのではなく、冷戦という新しい“戦争”の時代を迎え、アメリカにとって戦争は終わらないまま続いていたのだ。

 

アメリカは偉大だ”みたいな感じがして鼻のつくところもあったが、ラストはなかなか感動的。

大統領に「自分をやめさせないでくれ」と直訴して、マーティがウェストポイントに戻ると、さすがに高齢の老教官にそのまま仕事を続けさせるわけにはいかないが、退職の記念として長年の功績に感謝する特別のイベントが用意されていた。

それは、ウェストポイントの候補生たち全員による分列行進だった。

何も知らされていないマーティは横で見守る学校長に聞く。

「誰のための分列行進です?」

「君だよ。候補生たちが君のために行進をしたいと申し出たんだよ」

感無量のマーティ。彼の視線の先には、にこやかに笑う戦争で死んだ教え子たち、そして妻のメアリーの姿が浮かぶ。

勇ましい行進曲とともに、いつまでも続き、どこまでものびる行進の列。

映画のタイトルの「THE LONG GRAY LINE(長い灰色の線)」とは、陸軍士官学校の象徴である灰色の制服を着た士官候補生たちが行進する姿であり、それは、どこまでも続く長い灰色の線なのだった。

マーティの教官としての人生、さらにはウェストポイントの歴史と伝統がそこにダブっているのだった。

久々“幸運”の青い鳥

水曜日朝の善福寺公園は快晴。きのうほどではないが、けさもときおり強めの風が吹く。

 

上池のミツマタの花が満開になっていた。

1月の中旬ごろに咲き始めてから1カ月以上たってようやく小さな花をボンボリのようにたくさん咲かせた。

よく見ると黄色ばかりじゃなくて白い花も咲いていてとてもカラフル。

 

上池を半周して下池に向かう。

途中にはアオジがエサ探し中。

 

下池では、けさもきのうと同じカワヅザクラの木にメジロが蜜を吸いにやってきていた。

4日連続して、同じ木、同じ時刻にメジロがやってきているのを見た。

よほどこの木の蜜がおいしいのか。

一心不乱にいろんなポーズで蜜を吸っている。

見ていると楽しくて時を忘れる。

 

北の方を見上げて、望郷の?ツグミ

そろそろ北の国へ帰るころかな?

 

下池を1周して再び上池へ。

途中には、今度はジョウビタキのオス。

地面におりてエサを探していた。

 

アオジも、ジョウビタキに負けじと地面におりてエサ探し。

おいしいものゲットしたよ!

 

再び上池に戻って残りを半周。

公園から帰ろうとしたら、けさは何てラッキー、久しく姿を見なかったルリビタキのオスがやってきていた。

2月12日に見て以来だから、16日ぶりのお目もじ。

地面におりてエサを探している。

しかし、姿を見せてくれたのは数分で、やがて飛び去っていった。

ちょっとしか姿を見せないなんて、まさしく“幸運”を運んでくれる青い鳥。

 

足元でカラスノエンドウが咲いていた。

マメ科の植物で、原産地は地中海東部沿岸地方。古代オリエントの時代は小麦と一緒に栽培されていたといわれる。なぜかというと、根にはバクテリアが共生し、窒素栄養分を固定して土壌を改良する働きがあったためという。

カラスノエンドウ(烏野豌豆)という和名の由来は、豆果の果皮が黒く熟すのをカラスに例えたとか、近縁のスズメノエンドウに比べて大きいことに由来している、といわれている。

ところが、不思議なことにカラスノエンドウにはもう1つ別の和名があって、それはヤハズエンドウ(矢筈豌豆)。植物学で標準的に和名として用いられるのはこちらという。

ヤハズの由来は、葉っぱの先端がくぼんでいて、それが「矢筈」という矢の尾端の形に似ているというのでこの名がついたという。

なるほど、葉っぱをよーく見ると、たしかに弓矢の羽に似ている。

メジロは蜜たっぷりの木を知っている

火曜日朝の善福寺公園は快晴。きのうに増して風が強い。

 

きのう一瞬だけ姿を見せたジョウビタキのメスはどこかいな?と探していると、ユキヤナギ(雪柳)が咲いていた。

バラ科シモツケ属で日本原産だとか。

 

ジョウビタキはいなかったが、メジロが1羽だけ、枝にとまってジッとしていた。

考え事でもしてるのか?

 

上池を半周してそのまま下池に向かうと、池のほとりのカワヅザクラ河津桜)にけさもメジロが蜜を吸いにきていた。

花に囲まれて、吸い放題。

公園内のカワヅザクラで今、一番花がたくさん咲いているのがこの木。

メジロは蜜がたっぷりの木を知っている。

 

けさも小鳥の群れと遭遇。

まずは虫探しに忙しいコゲラ

エナガは細い枝をめぐっていく。

 

下池を1周して上池に向かう途中には、さきほどのメジロ同様、動くことなくジ~ッとしているアオジ

しばらくの間ジ~ッとしていたが、優しげな顔してるからメスかな?

鳥たちだってひとりになりたいときがある。

 

上池のほとりのカンヒザクラ(寒緋桜)が咲き出した。

旧暦の正月あたりに咲くので「ガンジツザクラ(元日桜)」と呼ばれることもあり、別名ヒカンザクラ(緋寒桜)とも。

語呂が似ていて間違えやすいのにヒガンザクラ(彼岸桜)があるが、これは別種で、ソメイヨシノに先駆けて彼岸のころに咲くのでこの名がある。

カンヒザクラは台湾や中国が原産で、東京ではふつう3月ごろに咲くが、沖縄では1月には咲き出す。

公園にはいろんなサクラが植えてあって、咲くのが楽しみだ。

 

上池をめぐっていると、再びエナガの群れ。

おちょぼ口がかわいい。

このところ毎日のようにエナガと出会う朝。

 

きのうのワイン+映画「コレクター 暴かれたナチスの真実」「スノーデン」

イタリア・トスカーナの赤ワイン「ジンガリ(ZINGARI)2018」

トスカーナでワインづくりを行っているペトラのワイン。

「ジンガリ」とはイタリア語で「ジプシー(ロマ)」のこと。歌劇「カルメン」のジプシーの歌と踊りのように、歌って踊り出したくなるようなワインという意味が込められているのだろうか。

メルロ、シラー、プティ・ヴェルド、サンジョベーゼをブレンド

 

ワインの友で観たのは、民放のCSで放送していたオランダ映画「コレクター 暴かれたナチスの真実」。

2016年の作品。

原題「DE ZAAK MENTEN」

監督ティム・オリウーク、出演ガイ・クレメンス、アウス・グライダヌス、ノーチェ・ヘルラール、カリーヌ・クルツェン、アリアン・フォッペンほか。

オランダ屈指の大富豪は実はかつてナチスと結託してユダヤ人虐殺を働いた戦犯だった――。執念の調査報道で真実を明らかにしようとするジャーナリストの姿を描く。

 

1976年、オランダ・アムステルダムの雑誌記者ハンス・クノープ(ガイ・クレメンス)のもとに1本の電話が入る。話の内容は、アートコレクターとしても知られる大富豪のピーター・メンテン(アウス・グライダヌス)が第2次世界大戦中、ナチスドイツの将校らと結託し、ユダヤ人たちを大量虐殺してその財宝を巻き上げた、という驚くべきものだった。

当初は半信半疑だったクノープだが、当時の証人たちを探し出して取材を進めるうち、紛れもない真実だと確信。次第にメンテンを追い詰めていく。

戦後約30年、巨大な富と名声を手に入れ「自分は多くのユダヤ人たちを救った」と語るメンテン。温厚そうな白髪の男は、はたして残忍な大虐殺を行ったその人物なのか・・・。

 

原題の「DE ZAAK MENTEN」とは「メンテン事件」という意味。日本人は知らないがオランダでは有名な事件であり、テレビのミニシリーズで放送され人気となり映画化された作品。

 

メンテンはオランダでも指折りの大富豪として知られた人物。ビジネスで成功し広大な不動産を所有する実業家であるとともに、美術品収集家としても有名で、20部屋もある彼の邸宅は貴重な芸術作品で満たされていたという。

そんな彼が、第2次世界大戦中、ユダヤ人を大量虐殺する恥ずべき犯罪を犯していたという。彼はドンツ人でもなくナチスの一員でもなくオランダの商人にぎなかったはずなのに、なぜそんなことになったのか?

ロッテルダムに生まれたメンテンは、父親のビジネスのコネでポーランドに興味を持つようになり、24歳のとき、現在のウクライナに近いポーランドの東ガリツィアに移り住んでオランダ製品をポーランドに輸出する事業を始めたという。その地で事業を拡大して裕福な地主兼実業家となる。

熱心にビジネスを展開した彼だったが、ビジネス上の問題で近隣のユダヤ人と衝突を起こし、深い恨みを抱くようになったという。さらに、ここの住民はもともとウクライナ人で多くが農民であり、少数のポーランド人貴族が大半の土地を所有していたという歴史的経緯もあり、ロシア革命後、ソ連軍が攻めてきて一時ソ連の領土となり、彼の財産は没収されてしまう。そのことにも彼は恨みを募らせていったようだ。

その後、ナチスドイツがソ連への攻撃の一環としてソ連の占領下にあったポーランド東部に侵攻を開始。最終的にナチスドイツはポーランド全土を占領するが、この地域に土地勘があり、言葉も堪能で知己も多いメンテンは通訳として同行するようになる。

そればかりではない。ソ連への恨み、ユダヤ人への恨みを持つ彼はナチ親衛隊の一員となってユダヤ人虐殺と財産の強奪に関与する。彼は以前から恨みを抱いていたユダヤ人家族を処刑し、その残忍さはほかのユダヤ人にも向けられていって、何百人ものユダヤ人と共産主義者の虐殺を自ら監督したといわれている。

 

ところがメンテンは戦後になって、おぞましい戦争犯罪を問われることはなかった。それはなぜか?

彼が大量虐殺に関与した地域は、戦後はソ連領になったり社会主義化して西側からの犯罪捜査や追及が難しかったこともあるようだ。

メンテン自身も狡猾で、奪った美術品を3両の貨車に乗せてオランダに向かう途中、オランダのレジスタンスに捕まり裁判にかけられるが、オランダの国会議員で下院議長でもある弁護士を立てて、ほとんどの告発から免れることに成功。その当時は大量殺戮への関与については何も知られていなかったため、ナチスの通訳として制服を着て働いたとして8カ月の禁固刑をいい渡されだけですむ。8カ月というのは公判前の留置期間と同じぐらいだったので間もなく釈放され、自由の身となっている。

免罪された彼はその後、実業家として成功し、大富豪へとのし上がっていく。

 

そんなメンテンを追い詰めたのが、一人のジャーナリストの執念だった。

雑誌の記者だったハンス・クノープはユダヤ系のオランダ人で、ほとんど孤軍奮闘という感じでメンテンの戦争犯罪を暴いた。地道な調査報道の過程が克明に描かれているのが本作でもある。

彼は、メンテンの富と名声をチラつかせての甘い言葉や、さらには恫喝にもめげず調査を進めていく。カメラマンとともに今はソ連領となっている虐殺の現場に赴き、遺骨の発掘に立ち会ったり、当時の目撃者の証言を得ることに成功。帰国して証拠を集め、メンテンを少しずつ追い詰めていくが、いよいよ逮捕という段になってメンテンが国外に逃亡すると、ドイツの雑誌社に協力を求めて潜伏先を突き止め、逮捕につなげる。

裁判になってからも、仲間の裏切りや、重要証人からの証言拒否にあいながらも、動かぬ証拠を探し出したりして、追及をやめない。最後には雑誌社を辞めざるを得なくなるが、自分のキャリアを捨ててでも「真実」を明かそうとするのだった。

調査報道をちゃんとやってるの?と最近とみに心配な日本のジャーナリストたちに見せたいような映画だった。

 

ついでにその前に観た映画。

NHKBSで放送していたアメリカ・ドイツ・フランス合作の映画「スノーデン」。

2016年の作品。

原題「SNOWDEN」

監督・脚本オリバー・ストーン、出演ジョセフ・ゴードン・レビット、シャイリーン・ウッドリー、メリッサ・レオ、ザッカリー・クイント、ニコラス・ケイジほか。

アメリカ政府による個人情報監視の実態を暴いた元アメリカ国家安全保障局NSA)の職員、エドワード・スノーデンの実話を描いた作品。監督・脚本は「プラトーン」「JFK」なども手がけたオリバー・ストーン

 

2013年6月、イギリスの新聞ガーディアンが報じたスクープにより、アメリカ政府が秘密裏に構築した国際的監視プログラムの存在が発覚する。ガーディアンにその情報を提供したのは、NSAの職員である29歳の青年エドワード・スノーデン(ジョセフ・ゴードン・レビット)だった。

国を愛する平凡な若者だったスノーデンが、なぜ輝かしいキャリアと幸せな人生を捨ててまで、世界最強の情報機関に反旗を翻すまでに至ったのか。テロリストのみならず全世界の個人情報が監視されている事実に危機感を募らせていく過程を、パートナーとしてスノーデンを支え続けたリンゼイ・ミルズ(シャイリーン・ウッドリー)との関係も交えながら描き出す・・・。

 

アメリカ政府は、世界中で電話を盗聴し、メールやSNSなどの通信を傍受。それを諜報活動に利用していた――。何とも背筋の凍るような話だが、この事実を告発したのが、NSAやCIA(中央情報局)の一員として実際にその秘密の諜報活動に携わった当人であるスノーデンだった。

彼は自分や恋人までもが監視対象になっていて、すべての個人情報が盗み見られているのを知り、その行きすぎた行為に疑問を抱くようになってついには内部告発に踏み切る。

もともと彼は、対テロ戦争によりアメリカ軍が人員増加をしている中、軍隊に志願入隊するほどの愛国者だった。しかも、個人情報収集の活動に自ら加わり、システム開発にも携わっていたのに、そんな彼がなぜ内部告発するに至ったのか。

映画の中で彼はいっている。

アメリカ政府は、テロ対策のために極秘の諜報活動をしているといっているが、そんなのはウソだ。テロ対策はあくまで口実で、世界を支配しようとするのが目的なんだ」

国を愛する気持ちがあるからこそ、自分の国の政府が世界中で行っている覇権主義的な不正行為が許せなかったのだろう。

 

ほかの映画なら主役を演じるニコラス・ケイジがチョイ役で出演していた。スノーデンを後押しする“オタク”っぽいエンジニア役だ。オリバー・ストーンが監督するというので“友情出演”を買って出たのだろうか。

 

映画を見ていて驚いたのは、彼は日本でも諜報活動を行っていたことだ。

彼はNSAの仕事を請け負うコンピュータ会社のデルの社員として来日し、東京・福生市で2年間暮していた。

勤務先は米空軍横田基地内にある日本のNSA本部。NSAアメリカ国防総省の情報機関であり、国防長官が直轄する組織。CIAが主にスパイなど人間を使って諜報活動を行うのに対して、電子機器を使った情報収集・諜報活動を行うのがNSAであり、デルを下請けにしてスパイ活動の隠れ蓑として使っている。

映画では、日本の通信網を支配し、送電網やダム、交通機関などインフラ組織をコントロールする「スリーバー・プログラム」を仕かけていた、という本人の告白場面がある。日本列島の南から街の灯が次々と消えていき、すべてが真っ暗になる映像にダブるスノーデンのセリフ。

「日本が同盟国でなくなる日がきたら、消灯・・・」

本作を監督したオリバー・ストーンが映画の公開前に来日してインタビューで答えたところによると、このセリフはどこまで真実かの質問に「ぼくは彼(スノーデン)が語ったことはすべて真実だと考えている」と語っている。

そしてストーン監督はこうも述べている。

NSAは当初、すべてを監視したいと日本政府に申し入れたが、日本政府は拒絶したという。しかし、それでもかまわず盗聴・監視し、民間のさまざまなネットワークにプログラムを仕込んでいた、と彼は語っていた」

さらにストーン監督は続ける。

「日本を含めアメリカの同盟国といわれる国々は、ぼくは現実には同盟国ではなく、『アメリカに人質をとられた国』だと思っている」

 

スノーデンが日本から去ったあと、2013年12月には、安倍首相のもと、アメリカとの軍事情報の共有を進めるため国家安全保障会議(日本版NSC)が発足。特定秘密を指定して漏洩を厳罰にするとした特定秘密保護法が国会で強行採決される。

この法律はアメリカ政府の強い意向を受けて制定されたといわれている。この法律を後ろ楯にすれば諜報活動はやりやすくなり、より機密性の高い情報を共有できるようになるというのだが、その結果、国家秘密ばかりが増殖していって民主主義はおざなりになっていく。

ちなみにスノーデンの内部告発に対する日本の政府の反応はどうだったか?

当時の安倍政権下の菅官房長官「米国内の問題なので米国内で処理されるべきだ」

2015年7月には、内部告発サイト「ウィキリークス」が、NSAが少なくとも2006年ごろから日本の内閣、日本銀行財務省などの幹部の盗聴を試みていたとしてアメリカ政府の文書を公開。同様にしてNSCに盗聴されていることを知ったドイツのメルケル首相はアメリカのオバマ大統領に抗議したが、日本の安倍首相は抗議ひとつしない。これでは「日本はアメリカに人質をとられた国」と語るオリバー・ストーン監督の言葉どおりではないかと、ガッカリするばかりだ。