善福寺公園めぐり

善福寺公園を散歩しての発見や、旅や観劇、ワインの話など

きのうのワイン+映画「希望の灯り」

南アフリカの赤ワイン「ピノタージュ・シラーズ(PINOTAGE SHIRAZ)2022」

南アフリカのワイナリー、レオパーズ・リープの赤ワイン。

レオパーズとはケープ山脈に生息する野生のヤマヒョウ「ケープマウンテンレオパード」のことで、ラベルにも3頭のヤマヒョウが描かれている。

ピノタージュとシラーズをブレンド

 

ワイン飲みながら、ではなく、別の日に銀座メゾンエルメス10階のミニシアター「ル・ステュディオ」で観たドイツ映画「希望の灯り」。

2018年の作品。

原題「IN DEN GANGEN」

監督・脚本トーマス・ステューバー、原作・脚本・出演クレメンス・マイヤー、撮影ペーター・マティアスコ、音楽ミレナ・フェスマン、出演フランツ・ロゴフスキ、ザンドラ・ヒュラー、ペーター・クルト、アンドレアス・ロイポルトほか。

旧東ドイツの巨大スーパーを舞台に、社会の片隅で助け合う人々の日常を穏やかにつづったヒューマンドラマ。

 

ドイツ東部のライプツィヒ近郊に建つ巨大スーパーマーケットに、腕や首の後ろにタトゥーを入れた無口な27歳の青年クリスティアン(フランツ・ロゴフスキ)が飲料コーナーの在庫管理係として働き始める。

働き始めて早々、お菓子コーナー担当で39歳になる女性マリオン(ザンドラ・ヒュラー)に一目惚れし、恋心を抱く。仕事を教えてくれる飲料コーナー責任者のブルーノ(ペーター・クルト)は、そんなクリスティアンを静かに見守ってくれ、クリスティアンは仕事に必要なフォークリフトの免許を取得すべく練習に励む。

一緒に働く従業員たちは、少し風変わりで、それぞれの心の痛みを抱えながらも、素朴で心優しい。クリスティアンとマリオンの2人も少しずつ距離を縮めていくが・・・。

 

原題の「IN DEN GANGEN」とは「通路にて」といった意味らしい。

1989年にベルリンの壁が崩壊し、翌1990年には東西ドイツの統合が実現した。

しかし、いざ再統一してみると、すでに経済大国だった旧西ドイツと社会主義下で経済発展が遅れていた旧東ドイツとの違いは明らかで、「対等統一」とは名ばかりの「西による東の吸収合併」という現実が待ち受けていた。

再統一してみると旧東ドイツは厄介者扱いされ、いろんな面で取り残されるようになり、人々は過ぎ去った昔の時代への郷愁を抱くようになる。

そんな時代背景をもとに描かれたのが本作で、監督のトーマス・ステューバーは1981年ライプツィヒ生まれ、原作者のクレメンス・マイヤーは1977年ハレ生まれでどちらも旧東ドイツ出身。少年期にベルリンの壁の崩壊、ドイツ再統一を経験した世代であり、挫折の中で生きる旧東ドイツの人々に寄り添った作品となっている。

人々の心の痛みを象徴しているのが、クリスティアンが仕事の前に制服に着替えるとき、首と手首のタトゥーを制服で隠そうとするシーンだろう。

彼はもっと若いころ不良仲間と付き合っていて、小さな犯罪で刑務所(あるいは少年院か)に入っていた経験もあり、体にタトゥーを入れていた。そのタトゥーは彼の過去の名残であり、不良から足を洗った今は、日々それを人に見せないように隠して今を生きていこうとしている。

それは、かつての東ドイツの、遅れてはいたが懐かしい思い出を遮断して生きようとしている人々と、どこか重なっているようにも思えた。

 

映画の中では、繰り返しドドーンという海の波の音が挿入される。

なぜ波の音が?と思ってみていたら、その謎が最後のシーンで解けた。

クリスティアンを優しく見守る飲料コーナーの責任者のブルーノも孤独な男で、彼はみんなには妻がいるといっていたのだが、実は一人で暮していた。彼は東ドイツ時代は長距離トラックの運転手をしていて、しきりにその時代のことを懐かしんでいる。

スーパーには生きた魚を水槽で泳がしている「鮮魚室」があり、ブルーノはここを「海」と呼んでいた。水槽の中でギュウギュウ詰めになっている魚の群れを見ながら「買われるまではここにいるんだ」とクリスティアンに説明するが、彼は、囚われた魚は孤独に生きる自分の姿なのだと思っているのかもしれない。

そんなブルーノはある日、首をつって自殺してしまう。

ラストシーン。彼がいなくなったスーパーでクリスティアンフォークリフトを運転していると、マリオンがやってきて、「リフトを一番上まで上げて、そこから静かに下げてみて」という。

「ブルーノから聞いたの。リフトを下げるとき、波の音が聞こえるって」

クリスティアンがやってみると、たしかにさざ波のような小さな波の音が聞こえる。

やがてそれはドドーンと力強く響く巨大な波の音となる。

死んだブルーノは魚となって海に帰っていったのだった。

 

社会の片隅で、あえぐように生きる人々を描いているが、彼らは決して孤独ではなく、心の奥底でつながっていることを教えてくれる、心穏やかに終わる映画だった。

フランツ・ロゴフスキ、ザンドラ・ヒュラー、ペーター・クルトの3人が好演。ザンドラ・ヒュラーは本作のあと「落下の解剖学」「関心領域」(いずれも2024年)でも主役を演じていた。