善福寺公園めぐり

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石田泰尚スペシャル・熱狂の夜 第1夜

JR川崎駅前のミューザ川崎シンフォニーホールで石田泰尚スペシャル・熱狂の夜第二章の第1夜「無伴奏」を聴く。

神奈川フィルハーモニー管弦楽団の首席ソロ・コンサートマスターをつとめていて、今やカリスマ的な人気で知られるヴァイオリニスト、石田泰尚のスペシャルコンサート。

石田によるヴァイオリンだけの無伴奏に始まって、第2夜デュオ、第3夜トリオ、第4夜カルテット、第5夜アンサンブル、第6夜コンチェルトと、6月から毎月1夜ずつの11月まで、だんだん演奏者の人数が増えていく「熱狂の夜」シリーズは、おととしの第1回目が好評だったので、今年は「第2章」として企画され、きのう3日がその第1夜。

会場は満員御礼。10月の第5夜、石田組によるアンサンブルは即完売したため追加公演が決まったそうだが、「熱狂の夜」だけに人気も熱狂的だ。


それにしても、たった一人の無伴奏ヴァイオリンコンサート(最後の曲だけはゲストのヴァイオリン奏者とデュオ)に約2000席もある広い会場が満席になるなんて、石田の人気のすごさがわかる。

そこまで人を引き寄せる彼の魅力とは何だろうか?

プログラムを工夫していることももちろんあるだろう。クラシックの曲だけでなく、ロックや映画音楽を取り入れたりして、それまでクラシックに興味がなかったような人でも気軽に聴きに行ける工夫をしている。

が、それだけではない。クラシックそのものもわかりやすく聴かせてくれていて、そこには石田という人物の人間的魅力も加味されているのではないか。

きのうの客席の雰囲気も、N響の会場とはまるで違う。何より圧倒的に女性が多い。しかもみなさん演奏が終わると熱狂的な拍手を送っていて、まるでアイドルに声援を送るが如しとなる。

なぜ石田はそこまで人を熱狂させるのか、そのヒントは、彼のいかつい風貌にあるなのではないだろうか。

入口のポスターでもわかる通り、剃り込みを入れたソフトモヒカンに色つきメガネ。黒づくめのダボダボ服。見た目はヤクザの親分という感じなのに、いざヴァイオリンを弾き始めるととろけるように甘く繊細なその音色。そのギャップが意外性を生んで、人の心をほぐし、クラシックを身近なものにし、わかりやすくさせているのではないか、と思うのだ。

おそらく彼自身は、別段ヤクザが好きだったわけでもなく、ヤクザに憧れたわけでもなかっただろう。見るからにそんな風貌でしか見られなかった過去があり、それならと開き直って、あえてヤクザ度を増すファッションにしたら、むしろ人々に好意的に受け入れられ、そのうち自分自身も気に入るようになっていったのではないだろうか。

 

きのうの曲目は、

ピアソラ(アグリ編曲)「アディオス・ノニーノ変奏曲」

イザイ「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第4番 ホ短調

プロコフィエフ無伴奏ヴァイオリン・ソナタ ニ長調 op.115」

ブロッホ無伴奏ヴァイオリン組曲第2番」

イザイ「2つのヴァイオリンのためのソナタ」(共演・佐久間聡一)

 

ピアソラはアルゼンチンの作曲家でバンドネオン奏者。

キャリアの始めのころは経済的に困窮し、故郷のブエノスアイレスを離れてニューヨークに移住。しかし、約束された仕事はなく、食べるためにナイトクラブでタンゴダンスショーの伴奏をしていた1959年、プエルトリコ巡業中に父親(愛称ノニーノ)が故郷で亡くなった知らせを受ける。アルゼンチンに帰る旅費がなかったピアソラが失意の中で亡き父に捧げるために作曲したのが「アディオス・ノニーノ」だった。

まさしく鎮魂の曲だった。

 

イザイの「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第4番 ホ短調」は代表作の1つ。彼は6つの「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ」を作曲してそれぞれ特定のヴァイオリニストに捧げていて、第4番はフリッツ・クライスラーに献呈している。

ヴァイオリンの名手だったイザイだけに、高度の技巧が求められる難曲でもある。

 

プロコフィエフの「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ」は元来は大人数のヴァイオリン奏者による斉奏(ユニゾン)のための作品という。この作品が作曲された1947年当時、モスクワのボリショイ劇場で2000人ものヴァイオリン奏者が集まってバッハやヘンデルなどのヴァイオリン曲をユニゾンで演奏していて、それを聴いたプロコフィエフがこの形態による楽曲の創作を思い立ち、短期間で作品を書き上げた。

だから本来は2000人で弾くはずのものだが、学生たちによるユニゾンの演奏は、プロコフィエフの死から7年後の1960年にモスクワ音楽院のホールでおこなわれたという。

 

ブロッホはスイス出身のユダヤ人作曲家で、ブリュッセル音楽院でウジェーネ・イザイに師事した人物だ。

 

しかし、何といってもきのうの圧巻は、石田が率いる弦楽合奏団「石田組」のメンバーの一人でもある佐久間聡一と奏でたイザイの「2つのヴァイオリンのためのソナタ」。

全体で30分に及ぶ大作であり、超絶技巧の難曲でもあるが、2つのヴァイオリンの響きがときに溶け合い、ときに重なり合う。2人の個性の違いというか、音色の違いを楽しめる曲でもあった。

 

アンケート曲は、ガルデル(ハイドリッヒ編)「首の差で」、ハルヴォルセン「ノルウェーの旋律による演奏会用カプリース」、アイルランド民謡(クライスラー編)「ロンドンデリーの歌」。

 

石田の呼びかけで結成された男だけの“硬派”弦楽合奏団「石田組」は今年が結成10周年。11月には石田組による日本武道館公演が予定されているという。