東京・初台の東京オペラシティ・リサイタルホールで、上野通明のチェロを聴く。
1998年に始まり、毎年、各ジャンルの演奏家10人が登場してバッハの作品と現代作品を軸に演奏家が自由にプログラムを組んでリサイタルを行う「B→C(ビートゥーシー):バッハからコンテンポラリーヘ」シリーズの第247回目。
上野は、2021年ジュネーヴ国際コンクールチェロ部門で日本人初となる優勝を果たした若きチェリスト。
東京オペラシティ・リサイタルホールは客席数265席の小さなホールだが、おかげで音が近くから聞こえてきて、演奏する上野の鼻息や唸り声まで耳に届く。生演奏ならではのライブ感が半端ない。
途中休憩を挟んで、演奏曲目は次の6曲。
ヤニス・クセナキス「コットス」(1977年)
J.S.バッハ「無伴奏チェロ組曲第6番 ニ長調 BWV1012」(1717~23年ごろ)
森円花「不死鳥 ── 独奏チェロのための」(2022年、上野通明委嘱作品、世界初演)
ハインリヒ・イグナツ・フランツ・フォン・ビーバー「《ロザリオのソナタ》から『パッサカリア』」(1670年代ごろ)
ベンジャミン・ブリテン「無伴奏チェロ組曲第3番 op.87」(1971/74年)
バッハから現代音楽まで、奏法も違う多彩なチェロ曲を堪能できた夜だった。
.バッハの「無伴奏チェロ」はチェロの醍醐味が満載の曲で聴きほれるが、最後に弾いたブリテンの「無伴奏チェロ組曲第3番」もとても耳にやさしく味わいの深い曲だった。
彼は平和主義者で、戦後の東西冷戦の時代、旧ソ連のリヒテルやロストロポーヴィチと親交を深め、ロストロポーヴィチに触発されて作曲したのがこの作品だったという。
クセナキスの「コットス」は、ジュネーヴ国際コンクールで上野が弾いた曲の1つ。
クセナキスは、大学では建築と数学を学んだという異色の経歴の持ち主で、数学や物理の理論を作曲に応用したというので知られる前衛作曲家。
きのうのコンサートで配られた「曲目解説」の中に、クセナキスの言葉として「音は、ハーモニクスを除いて、『美しい』ものであってはならず、粗野で、ゴツゴツとした、ノイズに満ちあふれていなければならない」と述べていたと紹介されていたが、ノイズとは騒音にあらず、音の表現の1つなのだろう。
クセナキスは音楽を学ぶ一方で、ル・コルビュジエのもとで建築家として活躍していた時期もあったというから、数学的発想さらには建築家的発想もプラスして音楽をとらえていたのかもしれない。
ビーバーの「《ロザリオのソナタ》から『パッサカリア』」も美しい曲だった。原曲はヴァイオリンの独奏曲で、それをチェロ用に編曲したという。だからなのか、とても新しいチェロの響きを感じた。
森円花の「不死鳥 ── 独奏チェロのための」はなかなか実験的な曲。
聴覚芸術の音楽と視覚芸術の美術を融合することで空間芸術として再構成するのがねらい、と作曲者は語っていて、演奏する上野の後ろには、曲線で描いた線画が映し出されていた。足を踏みならす打撃音から始まった演奏は、ときに力強く迫ってきて、背後の線画も少しずつ変わっていく。
最後には不死鳥の顔のようになってきて、いかなる困難や破滅があっても、決して屈することなくよみがえる命の輝きが表現されていた。
東京オペラシティの冬の風物詩、クリスマスツリーのイルミネーション装飾。
冬に聴くチェロ。心温まる気がするのは、寒さに耐えるゆえになおさらなのだろうか。