善福寺公園めぐり

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劇団黒テント 青べか物語

きのうは劇団黒テントの『青べか物語』を観る。

10年ほど前から黒テントの芝居を観ているが、きのうのは今まで観た中でも出色の芝居だった。
原作は山本周五郎、上演台本・演出は元黒テントメンバーで『焼肉ドラゴン』で数々の賞をもらった鄭義信

はじめのころは「いつもの黒テントでつまんないなー」と思いつつ観た。何が気に入らないかというと、黒テントの芝居の多くがそうであり、今回もそうなのだが、朗読劇ふうに芝居が進んでいく。その朗読がちっとも演劇的じゃなくておもしろくないのである。

ところが、片岡哲也、平田三奈子演じるところの「五色揚げ」屋のシーンがメッチャおもしろい。ここにも朗読が差し挟まれるが、芝居に溶け込み、違和感がない。戯画化した2人の演技がすばらしい。思わず腹を抱えて笑ってしまった。
(ちなみに『青べか物語』は映画にもなっていて(1962年、川島雄三監督、脚本・新藤兼人山本周五郎の分身とみられる蒸気河岸の先生は森繁久彌、五色揚げ屋のおやじは桂小金治、女房は市原悦子。当然みんな若い)、見てるはずだが記憶になし。

なぜ前半つまんなくて途中からガゼンおもしろくなったかは不明だが、そのあとの蒸気河岸先生に子どもたちがフナを売りつけるエピソードもおもしろい。

そして圧巻は、蒸気河岸先生と廃船に住む老船長との語らいのシーン。先生役の斎藤晴彦と老船長役の服部吉次とが絶妙のやりとり。服部のセリフに目頭が熱くなる。老船長が想いを寄せる女性(岡薫)の無言の演技も秀逸だった。子持ちの女なのに、でも男をひきつける何かを持っている、心のふくよかさとでもいおうか。

それにつけても思うのは「貧しさ」ということだ。
今年のはじめに富山の五箇山に行ったときも感じたが、「貧しさが合掌造の家を残した」といったタクシーの運転手の言葉である。

青べか物語』でも、描かれているのは貧しさである。貧しさの中でも、いや貧しいからこそ、人びとは肩を寄せ合って生きていて、人情に厚く、くったくなく、エネルギッシュでもある。

そのころの浦安(芝居では浦粕)は漁村といっても労働者の町でもあったようだ。東京とを結ぶ蒸気船の発着場でもあり、大勢の水夫が住んでいた。工場もあったみたいだ。交通の要衝として、人の往来も多かったろう。だから食べ物屋や宿屋が繁盛し、芝居小屋から売春宿もあった。
当時の交通網とは、いまでいえばインターネットみたいな役割を果たしていて、最新の情報が行き交う場でもあった。
蒸気船の水夫や工場の職工たちは組織化された労働者のはしりであり、貧しくはあっても、生きるための知恵を「働く」という中で身につけていく。

貧しいから人情に厚く、エネルギッシュに、奔放に生きているのではなく、組織化された仕事を通じて得た知恵を武器にして、一生懸命働いているのに貧しい、その理不尽さに気づくようになり、それで貧しい者同士の団結は厚くなり、エネルギッシュに生きようとしているのではないか。

それは漁民にしてもそうで、貧しいだけではない、彼らは自然を相手に仕事をし、自然に立ち向かっている。だからあんなにたくましく、明るいのだ。

芝居がはねたのは10時近く。一緒に観に行った仲間と神楽坂のなんとかいう店(名前を失念)。狭い階段をおりていくと、まるで地底の城のように別世界が広がっていて、粋な感じの障子の小部屋で盃を重ねたのであった。

[観劇データ]
劇団黒テント第73回公演
青べか物語
平成24年1月21日ソワレ公演
イワト劇場 前から4列目のあたり