善福寺公園めぐり

善福寺公園を散歩しての発見や、旅や観劇、ワインの話など

きのうのワイン+映画「マダム・イン・ニューヨーク」「永遠の人」

イタリア・トスカーナの赤ワイン「サンタ・クリスティーナ・ロッソ(SANTA CRISTINA ROSSO)2022」

はるか14世紀からの歴史を持つアンティノリがトスカーナで手がけるワイン。

フィレンツェを州都に持つトスカーナは、およそ2000年にも及ぶブドウ栽培の歴史があるという。

トスカーナ原産のサンジョヴェーゼをはじめカベルネ・ソーヴィニヨン、メルロ、シラー、プティ・ヴェルドをブレンド

バランスがとれて、料理との相性もいい1本。

 

ワインの友で観たのは、民放のCSで放送していたインド映画「マダム・イン・ニューヨーク」。

2012年の作品。

原題「ENGLISH VINGLISH」

監督・脚本ガウリ・シンデー、出演シュリデヴィ、アディル・フセインアミターブ・バッチャン、メーディ・ネブー、プリヤ・アーナンドほか。

インドのごく普通の専業主婦が、英語が苦手というコンプレックスを克服することで一人の人間としての誇りと自信を持つようになる物語。

 

ムンバイの南170㎞のプネでビジネスマンの夫(アディル・フセイン)と中学生の娘、それに幼い息子と暮らす主婦のシャシ(シュリデヴィ)は、ことあるごとに家族の中で自分だけ英語ができないことを夫や娘にからかわれ、傷ついていた。

ニューヨークに暮らす姉から姪の結婚式の手伝いを頼まれ、渡米したシャシは、「4週間で英語が話せる」という英会話教室を見つけ、姉にも内緒で英会話学校に通うことを決める。

教室で世界中から集まった英語が話せない生徒たちと出会う。中でもカフェで英語がわからず失敗した際に助けてくれたフランス人男性ロラン(メーディ・ネブー)は、彼女に優しく接するうち、恋心を抱くようになる。それを知ったシャシは、長い間忘れていたときめきに戸惑いを覚える。

やがて、仲間とともに順調に英語を学ぶ中で、夫に頼るだけの主婦から1人の人間としてのプライドに目覚めた彼女は、次第に自信を持てるようになっていくが・・・。

 

映画を観おわって、山田洋次監督の「たそがれ清兵衛」のセリフを思い出した。

主人公の清兵衛の娘が、家で「論語」を読みながら「学問は何の役に立つの?」と父に聞く。清兵衛はこう答える。

「学問をすれば自分の頭でものを考えられるようになる。考える力がつく。考える力がつくと世の中どう変わっても何とかして生きていける。これは男も女も同じことだ」

たしか同じ山田監督の「男はつらいよ」でも似たようなセリフがあったが、「考える力」とは「生きる力」にほかならない。

シャシにとって英語を学ぶということは、単に相手とのコミュニケーションができるというだけでなく、考える力をつけることにつながる。それは生きる力となって、彼女は一人の人間としての誇りと自信を持つようになっていくのだ。

英会話教室では、メキシコ、パキスタン、フランスなどさまざまな国からやってきたクラスメートたちが、なぜ英語を勉強するのか熱く語る。英語を習得することは、ニューヨークで生きていく上で必須のことであり、同時に、彼らは言葉を学ぶことで自分に自信を持てるようになっていく

このなエピソードがあった。英会話教室に入っての自己紹介のとき、彼女は「お菓子づくりをして近所にケータリングしています」と話すと、先生は目を輝かせて「すばらしい!アントレプレナー(Entrepreneur)がこのクラスにいるなんて!」と称賛する。アントレプレナーとは起業家のことだと知った彼女は、言葉を通して、あらためて自分を見つめなおすのだ。

 

仲よくなったフランス人のロランとの会話で、最初は英語でしゃべっていたのが、英語の単語が出てくこなくて途中からインドの言葉でまくし立てると、ロランもフランス語をしゃべりだすところがおもしろかった。

お互い、いっている言葉の意味はわからなくても、表情やそのときの状況から、何となく「いいたいこと」は伝わるのだろう。

それが可能なのも、相手の気持ちを理解しようとする「考える力」があるからに違いない。

異文化の人たちとの交流も含めて、英語を学ぶ中で自分に自信を持てるようになったシャシは、姪の結婚式の当日、スピーチを求められ、ときどきつっかえたりしながらも英語でスピーチするが、次の言葉が印象的だった。

「人は自分のことが嫌いになると、自分のまわりも嫌いになってしまうものだけど、自分を愛することができれば、まわりが素敵なものに見えてくるはず。No body can help you better than you(自分を助ける最良の人は自分です)」

 

ついでにその前に観た映画。

民放のBSで放送していた日本映画「永遠の人」。

1961年の作品。

監督・脚本:木下恵介、出演:高峰秀子仲代達矢佐田啓二乙羽信子田村正和石濱朗加藤嘉、野々村潔、永田靖、東野英治郎ほか。

昭和を代表する女優の一人、高峰秀子の生誕100周年を記念して、彼女が出演した映画が連続して放送されており、そのひとつ。

 

1932年(昭和7年)の九州・阿蘇。一帯の大地主である小清水平左衛門(永田靖)の小作人・草二郎(加藤嘉)の娘・さだ子(高峰秀子)には隆(佐田啓二)という恋人がいた。

戦地に行っていた平左衛門の息子・平兵衛(仲代達矢)が片足を負傷して復員。さだ子を一目見るなり気に入った平兵衛は父親を通して結婚を申し込むが、やはり戦地にいる隆と結婚の約束をしていたさだ子は断る。

昔から優等生の隆にコンプレックスを抱いていたこともあって、平兵衛はさだ子を襲って犯してしまう。やがて隆も戦地から復員するが、彼はさだ子の幸せを願っていずことなく去っていく。悲観したさだ子は濁流の川に身を投げるも助けられ、嫌々ながら小清水家の嫁になる決心をするのだった。

それから30年の歳月が流れ、2人の間に3人の子どもをもうけながら、さだ子は平兵衛を憎み続け、平兵衛もまた彼女から憎まれるのを知りつつ日々を送るが・・・。

 

全体が5章に分けられていて、噴煙たなびく阿蘇のふもとを舞台に、1932年(昭和7年)から1961年(昭和36年)までのさだ子と平兵衛の憎悪の年代記

戦前の農村において、地主は“絶対権力”を持っており、小作人は何ごとにも逆らうことはできない。さだ子は、逆らえば自分だけでなく親も生きていけないことを知っているから、たとえ犯されたとしても地主のいいなりになるしかなかった。

しかし、表面的には従う素振りを見せても、心では決して平兵衛を許すことができず、彼を憎み続けるのだった。

だが、30年の歳月はただ何ごともなくすぎていくのではない。

暗くて悲しい“永遠の憎しみ”を描くのが本作だが、映画は最後の最後になって、長く抱き続けた憎しみの果ての“永遠の人”にたどりつく。

 

音楽を担当したのは木下監督の弟の木下忠司で、映画音楽を多数手がけていることで知られる。フラメンコギターが奏でられ、スペインっぽい曲がバックに流れるのかなと思いきや、少しロシア民謡っぽい実に日本的な響きの歌が挿入歌として歌われていて、そのころの時代を感じた。

助監督を吉田喜重(のちに監督となり松竹ヌーヴェルヴァーグの旗手として活躍)がつとめ、映画公開時18歳の田村正和が高校生の役で出ている(実際に当時高校生で、それまで端役での出演はあったが本作が正式デビュー)のも、時代を感じる。