善福寺公園めぐり

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ヘンデル「シッラ」日本初演@神奈川県立音楽堂

横浜・桜木町神奈川県立音楽堂で29日、音楽堂室内オペラ・プロジェクト第5弾と銘打って指揮者でヴァイオリニストのファビオ・ビオンディ率いる古楽アンサンブル「エウローパ・ガランテ」らによるヘンデルのオペラ「シッラ」全3幕の日本初演(イタリア語上演 日本語字幕付)。

神奈川県立音楽堂は1954年、公立施設としては日本で初めての本格的な音楽専用ホールとして開館。2021年には「神奈川県指定重要文化財(建造物)」の指定を受けている。

2019年に開館65周年を迎えたのを機に音楽堂室内オペラ・プロジェクトがスタートし、ヘンデルの「シッラ」は当初、2020年2月に上演されるはずだったが、コロナ禍の波をモロに受けて中止。2年余の時をへて再チャレンジにより公演が実現した。

 

演出の彌勒(みろく)忠史氏ら日本のクリエイターとの協働により、初めて完全な舞台版としての世界初演という。

この作品は1713年につくられたが、これまで奏会形式で上演されたことはあってもオペラとしては上演されたという記録がなく、「ヘンデルの最も謎につつまれたオペラ」といわれている。

古代ローマに実在した執政官シッラの暴政をテーマにしていて、同僚や部下の妻や恋人を自分のものにしようと企んだり、邪魔者を残虐な方法で殺そうとするなどの暴君ぶりを描き、最後は妻の愛にほだされて心を改め、ついには権力を手放すことを誓うという物語。

 

出演は、ソニア・プリナ、ヒラリー・サマーズ、スンヘ・イムなど、神を演じるミヒャエル・ボルスは男性だが、それ以外はすべて女性歌手。悪執行官の暴政を描くというのに全員女性で大丈夫かと思ったが、まるで違和感はなかった。

 

ヘンデル(1685-1759)はドイツ人で、ドイツで修業したあとイタリアに渡って成功をおさめ、25歳からはイギリスで長年活躍し、イギリスに帰化した作曲家。彼はイタリアではナポリ派の「オペラ・セリア」と呼ばれる系統のオペラで成功したという。オペラ・セリアとは1710年代から1770年ごろまでヨーロッパで支配的だったオペラのことで、高貴かつシリアスなイタリア・オペラを指すといわれる。

この時代、「オペラ・セリア」で主役をつとめるような男性の役はカストラート(ソプラノまたはアルトの音域が出せるように思春期前に去勢された男性歌手)がつとめ、テノールやバスなどふつうの音域の男性歌手は悪役や端役に回っていたという。

どんな英雄豪傑の役であろうと、より美しい声が求められたのだろうか。

しかし、思春期前の男性を去勢させて美しい声を保たせるなんて非人道的なことであり、やがてカストラートは消滅していった。

「シッラ」も初演のときはカストラートが歌ったが、今回、指揮者のファビオ・ビオンディは女性歌手に変えた。カウンターテノールを使う方法もあるが、女性の声のほうがファルセット(裏声)を使わない分、自然だし、カストラートの声に近いというのがその理由だった。

記録に残る最後のカストラート歌手は1922年に亡くなったアレッサンドロ・モレストで、彼の録音が残っているが、女性の声に聴こえる、とファビオ・ビオンディは語っている。

今回の「シッラ」では、バロックの最前線で活躍中の超絶技巧を持つ女性歌手が集結して、その美声を存分に披露してくれた。

なにしろ「シッラ」はヘンデル初期の美しい音楽の集大成といわれ、ソロ・アリアだけでも22のヘンデルの多彩な歌と音楽で彩られている。

1曲終わるごとに拍手喝采。いかにもバロック・オペラらしい。

とくに第2幕のレピドと妻のフラウィアの二重唱はとろけるような美しさで、うっとりと聴きほれた。

 

演奏の古楽アンサンブル「エウローパ・ガランテ」は、自身もヴァイオリンを弾く指揮者のファビオ・ビオンディ含めて20人の構成だが、チェンバロやテオルボ、ヴィオローネといった古楽器も加わり、聴く者をバロックの世界にいざなってくれた。

 

弥勒忠史による演出は、オペラといいながら、まるで歌舞伎の世界に迷い込んだみたいで、和のテイスト満載。

主役のシッラは白塗りに隈取りで、歌舞伎の「助六」と「暫」を足して2で割ったみたいな雰囲気。

女性陣も美しい着物姿で、お姫さまふう。

派手な殺陣もあり、おそらくこれも歌舞伎から学んでいると思うが逆巻く波がスペクタクルを盛り上げていた。

最後には、歌舞伎の宙乗りならぬエアリアル(空中ダンス)で舞台は最高潮に。

カーテンコールでは拍手が鳴りやまなかった。