プラハ・ウィーンの旅7日目(9月29日)も美術と音楽三昧。
まずは地下鉄U2のミュージアム・クオーターにある「レオポルト美術館」へ。
アートコレクター、ルドルフ・レオポルト氏の個人コレクションを一般公開した美術館。いちばんの特徴は世界最大のエゴン・シーレ・コレクションを誇っていることであり、クリムトの作品なども所蔵している。
われわれが行ったときはちょうどシーレの企画展をやっていた。
アートコレクター、ルドルフ・レオポルト氏の個人コレクションを一般公開した美術館。いちばんの特徴は世界最大のエゴン・シーレ・コレクションを誇っていることであり、クリムトの作品なども所蔵している。
われわれが行ったときはちょうどシーレの企画展をやっていた。
レオポルト氏は眼科医だが美術への関心が強く、医大生だった22歳のとき、初めて美術史博物館でレンブラントやフェルメール、ブリューゲル、ベラスケスらの作品を観て、美術作品を収集することを決めたという。しかし、古典作品はあまりに高価すぎてなかなか手が届かないため、世間的にまだ認められていない作家に関心を持つようになった。
そして1950年の夏、運命的な出会いがあった。シーレの作品との出会いだ。
そして1950年の夏、運命的な出会いがあった。シーレの作品との出会いだ。
そのころ、シーレはまだローカルな評価でしかなく、多くの人は知らなかった。50年代なかばごろから、ようやくシーレは世界でも少しずつ知られるようになったというが、レオポルト氏の役割も大きかったろう。
ここはカメラOKなので写真を何枚か。シーレは人物画だけでなく風景画もすばらしい。なのにたった28年の命だったとは。
シーレの作品を見ていくと、彼が単に天才画家ではなく、したがって感性だけで絵を描いているのではなく、常に研究し、勉強し、「表現」というものと格闘しているのがよくわかる。
「手の動き」はシーレの特徴のひとつだが、「内面の表現」が実は「手の動き」であり、インドネシアのワヤンクリなんかも参考にしていたらしい。
クリムトの「生と死」も、生で見てこその迫力である。
シーレ、クリムト、ココシュカ以外にも魅力的な画家の絵がいくつもあった。Koloman Moser、Albin Egger-Lienz、Alfons Walde、Werner Bergなどの作品。これはWerner Bergの農家を描いた作品。死んだ豚がどこかユーモラスだ。
昼食は館内のレストランでビールにビーフバーガー、ラビオリ。
シーレの作品を見ていくと、彼が単に天才画家ではなく、したがって感性だけで絵を描いているのではなく、常に研究し、勉強し、「表現」というものと格闘しているのがよくわかる。
「手の動き」はシーレの特徴のひとつだが、「内面の表現」が実は「手の動き」であり、インドネシアのワヤンクリなんかも参考にしていたらしい。
クリムトの「生と死」も、生で見てこその迫力である。
シーレ、クリムト、ココシュカ以外にも魅力的な画家の絵がいくつもあった。Koloman Moser、Albin Egger-Lienz、Alfons Walde、Werner Bergなどの作品。これはWerner Bergの農家を描いた作品。死んだ豚がどこかユーモラスだ。
昼食は館内のレストランでビールにビーフバーガー、ラビオリ。
一息ついたところで今度は、道路を隔てたところにある「美術史博物館」。レオポルト氏が絵に開眼した場所だ。
たしかにレンブラントやフェルメール、ブリューゲル、ベラスケスなど、傑作が並んでいる。ここにはハプスブルグ家の膨大なコレクションが所蔵されているのだとか。特にブリューゲルのコレクションは有名。こちらも写真OK。
フェルメールを模写している人がいたが、携帯電話がかかってきておしゃべり中のため画家の姿はなし。
何しろ美術史博物館というだけあって各時代の名画がズラリ。マドンナもいろいろで、ついつい見入ってしまう。最初のはラファエロの「ベルヴェデーレの聖母(牧場の聖母)」(1506年)。
もちろん中にはこんな絵も。ジュゼッペ・アンチボルトの作品。頭が燃えている。
夜はオペラ。
ウィーンでオペラといえば「ウィーン国立歌劇場(オペラ座)」だが、たしかわれわれが滞在中はあんまりおもしろそうなのはなかった、というので、もうちょっと庶民的な「フォルクスオーパー」という劇場でのオペラを日本で予約しておいた。席は前から6列目の11番、12番。
1898年に皇帝ヨーゼフ1世の即位50周年を記念して建てられた劇場。きょう観るのはヴェルディの名作「リゴレット」だが、通常はイタリア語なのにドイツ語で、しかも現代劇。
たしかにレンブラントやフェルメール、ブリューゲル、ベラスケスなど、傑作が並んでいる。ここにはハプスブルグ家の膨大なコレクションが所蔵されているのだとか。特にブリューゲルのコレクションは有名。こちらも写真OK。
フェルメールを模写している人がいたが、携帯電話がかかってきておしゃべり中のため画家の姿はなし。
何しろ美術史博物館というだけあって各時代の名画がズラリ。マドンナもいろいろで、ついつい見入ってしまう。最初のはラファエロの「ベルヴェデーレの聖母(牧場の聖母)」(1506年)。
もちろん中にはこんな絵も。ジュゼッペ・アンチボルトの作品。頭が燃えている。
夜はオペラ。
ウィーンでオペラといえば「ウィーン国立歌劇場(オペラ座)」だが、たしかわれわれが滞在中はあんまりおもしろそうなのはなかった、というので、もうちょっと庶民的な「フォルクスオーパー」という劇場でのオペラを日本で予約しておいた。席は前から6列目の11番、12番。
1898年に皇帝ヨーゼフ1世の即位50周年を記念して建てられた劇場。きょう観るのはヴェルディの名作「リゴレット」だが、通常はイタリア語なのにドイツ語で、しかも現代劇。
原作を書いたのは「レ・ミゼラブル」で知られるヴィクトル・ユーゴー。原作は16世紀の放蕩で名高いフランス国王の名を借りた反王朝、反体制的な内容で、厳しい検閲に上演不許可になるほどだったという。
ヴェルディが作曲したもともとの作品の題名も「La Maledizione(呪い)」だったが、「リゴレット」と変えられた。
ヴェルディが作曲したもともとの作品の題名も「La Maledizione(呪い)」だったが、「リゴレット」と変えられた。
で、現代版はというと、イタリア(たぶんローマ)の映画の撮影所が舞台で、マントヴァ侯爵は看板スター。だから女性に目がなく、浮名を流す、というのは原作の趣旨にピッタリ。リゴレットは撮影所の職員で、娘のジルダが看板スターにかどわかされるというのは原作と同じ。ただし、反権力のイメージはまるでなし。
そのかわり、オペラの冒頭は映画の撮影シーンで、撮っている映画の題名が「La Maledizione」。つまり、ビクトル・ユーゴーの原作への思い入れがちょっぴりは込められているところがニクイ。
不思議だったのは、お客さんの多くはドイツ語をしゃべるオーストリア人で、歌詞もドイツ語なのに、ドイツ語の字幕がついていたこと。日本でも国立劇場の文楽公演では日本語の字幕がつくが、ウィーンの歌劇でも何をいってるのか字幕を見ないとわからないのだろうか。
ジルダ役のソプラノが美しく、うっとりとして聴いた。
それにしても、最近のオペラ歌手は、女性はみんなスタイルがよくて美人(ただし、男性はあいかわらずパバロッティのように恰幅がいい)。それに大胆に太ももをあらわにしたりセクシーさも求められるようで、歌だけじゃダメみたい。芝居のはじめのころ、上半身裸になる女性の演技もあったが、まさかあれは歌手ではなく、その他大勢の役者たったと思うが。
本場ウィーンだけに、まるで原作とはかけ離れたオペラに「あんなのは邪道」と途中で帰っちゃう人がいるかと思ったが、そんな人はなく、みんな喜んでみている。オペラも変わってきているんだなと実感。
帰りは10時をとっくにすぎていて、とにかくホテルの最寄り駅、地下鉄U4のスタッドパーク下車。前日、ホテル近くの通りにテラス席のある店がオープンしていたのを見ていたから、そこに寄ってみる。
席はあいていて、ウィーン風サーロインステーキとグリーンサラダ(カリカリベーコン乗せ、ゆで卵添え)、それにビール、赤ワイン。けっこうおいしかった。
席はあいていて、ウィーン風サーロインステーキとグリーンサラダ(カリカリベーコン乗せ、ゆで卵添え)、それにビール、赤ワイン。けっこうおいしかった。
何という名前の店だったか、日本に帰って調べたら「Gmoa Keller」という店だった。Googleの地図で検索するとたちどころにわかる。便利な世の中になったものだ。