善福寺公園めぐり

善福寺公園を散歩しての発見や、旅や観劇、ワインの話など

きのうのワイン+映画「ピアニストを撃て」「柔らかい肌」

イタリア・トスカーナの赤ワイン「クエルチェゴッベ(QUERCEGOBBE)2019」

ワイナリーはペトラ。フランス・ボルドーのワインに一目惚れしたワイナリーの若いオーナーが、古代ローマの文化が色濃く残り美しい自然が溢れるこの場所で革新的なワインづくりをしようと一念発起。「イタリアで最高のボルドースタイルのワインを」と志してつくったワイン。

畑も醸造施設も、全てゼロからつくり上げられたというが、メルロ100%で熟成されたリッチな味わい。

 

ワインの友で観たのは、民放のBSで放送していたフランス映画「ピアニストを撃て」。

1960年の作品。

原題「TIREZ SUR LE PIANISTE」

監督・脚本フランソワ・トリュフォーマルセル・ムーシーとの共同脚本)、出演シャルル・アズナヴール、マリー・デュボワ、ニコル・ベルジほか。

トリュフォー監督の長編デビュー作「大人は判ってくれない」(1959年)の次の作品、つまり長編作品の第2作目で、原作はアメリカのハードボイルド作家ディビッド・グーディスの「ピアニストを撃て」(原題「DOWN THERE」、1956年)。

 

場末のカフェでひっそりと生きるピアニスト。彼には意外な過去があった・・・という物語。

主人公を演じているのが、シャンソン歌手とばっかり思っていたシャルル・アズナヴール。「ラ・ボエーム」とか「イザベル」などなどで知られるフランスを代表する歌手だが、実は彼は60本以上の映画に出演している俳優でもあった。

一人ピアノの前にたたずむアズナヴールの虚無感漂うラストシーンが印象的だった。

 

もう1つ興味深かったのが「ピアニストを撃て」というタイトルだった。

原作であるディビッド・グーディスの小説のタイトルは「DOWN THERE」。それが何で「ピアニストを撃て」となったのか?

「DOWN THERE」とは直訳すれば「そこ」とか「下の方に」といった意味だろうか。それじゃあ意味がわからんというので邦題は「ピアニストを撃て」。では、フランスの映画のほうは?というと「TIREZ SUR LE PIANISTE」となっていて、邦題と同じような意味になっている。

なぜ「DOWN THERE」が「TIREZ SUR LE PIANISTE」になってしまったのか?

 

そもそものきっかけはフランスの出版社の“パロディ心”から出発しているらしい。

グーディスの「DOWN THERE」のフランス語版が出版されたとき、フランスの出版社ガリマール社が1945年創刊の推理小説叢書「セリ・ノワール叢書」にこの本を収録するにあたり、つけた仏題が「TIREZ SUR LE PIANISTE!」だった。

この題名の元になったのが、アイルランドの詩人で作家のオスカー・ワイルドが、1882年にアメリカを講演旅行した際の見聞記に書き記した一文だ。

オスカー・ワイルドアメリカに行ったのはちょうど西部開拓時代のとき。西部の町の酒場に行くと、ピアノの上に「ピアニストを撃たないでください。彼は最前を尽くしています」という張り紙がしてあったという。酒場では、ケンカ騒ぎから殺し殺されることもしょっちゅう。しかし、ピアニストは東部からわざわざ招いていて貴重な存在だったので、どうかピアニストを巻き添えにするのだけはやめて、というわけなのだろう。

そのオスカー・ワイルドの言葉をひっくり返して、フランスの編集者のシャレ心からつけたフランス語版のタイトルが「TIREZ SUR LE PIANISTE!(ピアニストを撃て!)」だった。

 

しかも、話はそれで終わらない。トリュフォー監督はランス語版のタイトルをそのまま使い、映画が話題になると今度はそのタイトルがアメリカに逆輸入されることになる。

トリュフォー監督の映画はアメリカでは「SHOOT THE PIANO PLAYER」という英語のタイトルで公開され、アメリカの出版社が映画のアメリカ公開に合わせてペーパーバックとして出版する際、小説のタイトルも「SHOOT THE PIANO PLAYER」となった。

さらに1967年にグーディスが死去して以後、作品はアメリカでは絶版になってしまったが、フランスなどでは人気が高く、アメリカでも再評価されて1987年、ブラック・リザード社がグーディス作品の出版を開始。やはりタイトルは「DOWN THERE」ではなく「SHOOT THE PIANO PLAYER」だったという。

ちなみに、2004年にハヤカワ・ポケット・ミステリーとして日本で出版された際のタイトルも「ピアニストを撃て」。

本家本元の「DOWN THERE」はどこへいっちゃったのか?

オリジナル版は今も「DOWN THERE」だというから、熱心なグーディスの愛読者はフランスに負けじ、と思ってるかもしれない。

 

その前に見たのもトリフォー作品で、こちらはヒッチコックふうのサスペンス付きの中年男の不倫を描いた映画。

民放のBSで放送していたフランス映画「柔らかい肌」。

1964年の作品。

原題「LA PEAU DOUCE」

監督・脚本フランソワ・トリュフォージャン・ルイ・リシャールとの共同脚本)、出演ジャン・ドザイ、フランソワーズ・ドルレアックネリー・ベネデッティ、ダニエル・チェカルディ、サビーヌ・オードパンほか。

44歳の著名な文芸評論家ラシュネー(ジャン・ドサイ)は38歳の妻のフランカ(ネリー・ベネデッティ)、幼い娘とともにパリで暮らしている。

ある日、リスボンに講演旅行に行く飛行機の中で、22歳のスチュワーデスのニコル(フランソワーズ・ドルレアック)と出会い、2人はやがて恋仲になる。これまで不倫の経験などない、不器用で真面目なラシュネーの平和で何不自由ない生活に、狂いが生じ始める。

パリに帰ってからもラシュネーは妻にウソをついて頻繁にニコルと密会を重ねるようになり、田舎町での講演にも彼女を連れていき、逢瀬を楽しむ。

やがて彼は妻と離婚してニコルと暮らしたいと思うようにり、一方の妻も夫の心が自分から離れていることを知り、離婚を切り出すようになる。

だが、意外にもニコルにはラシュネーとの結婚を望まず、自由を求めて彼の元から去っていってしまう。一方、ラシュネーが撮影した彼とニコルの密会の写真を見つけた妻のフランカは、夫の情事を知って悲しみと憎しみを募らせ・・・。

 

若い女性に入れ込む中年男の末路は、まるで松本清張の犯罪小説みたいな展開。

中年男を虜にした若い恋人役のニコルを演じるのは、カトリーヌ・ドヌーヴの1歳上のお姉さんのフランソワーズ・ドルレアック。本作から3年後の1967年に自動車事故により25歳の若さで亡くなった。