善福寺公園めぐり

善福寺公園を散歩しての発見や、旅や観劇、ワインの話など

きのうのワイン+映画「RUN/ラン」他

ニュージーランドの赤ワイン「セラー・セレクション・ピノ・ノワール(CELLAR SELECTION PINOT NOIR)2021」

ワイナリーはニュージーランド北島の東寄りの海に近い都市ホークス・ベイに位置するシレーニ・エステート。

シレーニの名は、ローマ神話に登場する酒の神バッカスの従者で「おいしいワイン、食事、そして素晴らしい仲間」との生活を楽しんだというシレーニ神に由来。

ニュージーランドピノ・ノワールは、フランスのものと比較すると果実味豊かなタイプが多いのが特徴だとか。

 

ワインの友で観たのは、民放のBSで放送していたアメリカ映画「RUN/ラン」。

2020年の作品。

監督・脚本アニーシュ・チャガンティ、出演サラ・ポールソン、キーラ・アレン、パット・ヒーリー、セーラ・ソーンほか。

 

母親の娘への歪んだ愛情の暴走を描いたサイコスリラー映画。

題名の「RUN」は「走る」だけでなく「逃げる」「(ある状態に)陥る」というときにも使われる言葉で、意外と深い意味を秘めている。

 

母ダイアン(サラ・ポールソン)に愛情深く育てられてきた娘クロエ(キーラ・アレン)は、不整脈、血色素症、喘息、糖尿病、下肢の筋無力症といった慢性の病気を抱えており、酸素吸入器やインスリン注射などの助けが必要で、毎日必ず薬を飲み、歩行がうまくできないため車椅子での生活を余儀なくされていた。それでも彼女は大学を受験し、現在はその合格通知を待つ日々。

ところがある日のこと、ダイアンが毎日飲ませてくれる緑のカプセルの薬は、実は筋弛緩作用を持つ薬であり、少なくとも下肢の筋無力症を抱えるクロエが飲んではいけない代物であることを知ってしまう。

なぜ母は最愛の娘にウソをつき、危険な薬を飲ませるのか。ひっとしてダイアンは、クロエの足を確実に動かせないようにするために薬を与えていたのでは?

恐ろしい事実を知ったクロエは、母親から逃れようと脱出を試みるが・・・。

 

母親役のサラ・ポールソンと娘役のキーラ・アレンが迫真の演技。

サラ・ポールソンはテレビシリーズの「アメリカン・ホラー・ストーリー」に出演してエミー賞に5度ノミネートされるなど演技波女優。一方のキーラ・アレンはオーディションで抜擢された新人女優。2017年に19歳でオフブロードウェイ・デビューを飾ったというからこの映画のとき22歳ぐらい。実生活でも車椅子で生活をしているという。まさに体当たりの演技だった。

 

それにしても、見ていて、いくらフィクションとはいえ相手は溺愛しているはずの車椅子の娘。そんな娘に対して母親の狂気があそこまで暴走するものなのか。よくもこんなあり得ない話を映画にしたなと思ったが、あとで実話が元になっていると知って、よけい驚いた。

2015年、アメリカ・ミズーリ州で、健康体だったわが子を無理やり病気に仕立てていた母親が殺害される事件が起こり、ディー・ディー・ブランチャード殺害事件として知られるが、母親は「代理ミュンヒハウゼン症候群(MSBP)」という精神疾患の可能性が疑われたという。

この病気は、子どもに病気をつくり、かいがいしく面倒をみることにより自らの心の安定をはかる子どもへの虐待の一種で、加害者は母親が多く、医師がその子どもにさまざまな検査や治療が必要であると誤診するような、巧妙な虚偽や症状を捏造するという。

もともと自分の体を傷つけて病気をつくり病院を渡り歩く「ミュンヒハウゼン症候群」という病気があり、子どもを自分の「代理」として行うことからこう名づけられた。最近ではより理解しやすいように「医療乱用虐待(MCA)」という呼ばれ方もしているそうだ。

必要な医療を受けさせない「医療ネグレクト」とは逆に、不要であるにも関わらず医療を求めようとする。過度な受診や医療機関を渡り歩く「ドクターショッピング」も広い意味でMCAに該当するといわれる。

歪んだ現代社会が引き起こす心の闇がますます深刻になっていることに、強い危惧を覚える。

 

ついでにその前に観た映画。

民放のBSで放送していたフランス映画「リード・マイ・リップス」。

2001年の作品。

原題「SUR MES LEVRES」

監督・脚本ジャック・オディアール、出演ヴァンサン・カッセルエマニュエル・ドゥヴォスオリヴィエ・グルメ、オリヴィエ・ペリエほか。

 

土地開発会社で働く35歳の独身女性カルラ(エマニュエル・ドゥヴォス)は、難聴というハンデを抱えていて、人の話を聞くには補聴器が欠かせない。仕事でも私生活でも孤独感を募らせながら味気ない毎日を送っていた彼女は、ストレスが募って仕事中に卒倒してしまう。

社長からアシスタントを雇うよう命じられたカルラは、年下の男性を募集する。応募してきたのは、刑務所帰りで保護観察中のポール(ヴァンサン・カッセル)という男だった。

粗野でワイルドなポールに興味を抱くようになるカルラ。一方、ヤクザのボスが経営するバーで夜はバーテンダーとして働くようになったポールは、彼女が読唇術の持ち主であることを知り、それを利用して闇の組織からまんまと大金をせしめる計画を思いつく・・・。

 

いかにもフランス映画らしい映画の終わり方。

アメリカ映画だったら、ヤクザから金を奪い、なおかつ恋も成就して一挙両得でメデタシメデタシと終わるところだが、フランス映画はそうはならない。金なんてどうでもよくて、あくまで真実の愛を求めてFINとなる。

登場するヒロインは、人を愛したい気持ちは強いのに難聴というハンデから引っ込み思案になり、まわりの男も地味な彼女には寄ってはこない。孤独な人生を送っているところにワイルドな若い男がやってきて、まんまと犯罪に利用されようとする。

孤独に生きてきて捨て鉢になっている彼女は、人生なんてどうせおもしろくないんだから、一緒に悪いことをしたっていいわ、とアナーキーな気持ちになって、男のいわれるままにする。ところが、運命に身を任せようとするそんな彼女の生き方が、男にとってはたまらない魅力となる。

最後のラブシーンが濃厚だ。

 

NHKBSで放送していたアメリカ映画「夕陽に向かって走れ」。

1969年の作品。

原題「TELL THEM WILLIE BOY IS HERE」

監督・脚本エイブラハム・ポロンスキー、出演ロバート・レッドフォードキャサリン・ロス、ロバート・ブレーク、スーザン・クラークほか。

 

1909年にアメリカで実際に起こった事件を元にした異色の西部劇。

出稼ぎから故郷の先住民居留地に戻ってきたパイユート族の青年ウィリー・ボーイ(ロバート・ブレーク)は、恋人ローラ(キャサリン・ロス)との結婚承諾を彼女の父親に求めるが断られてしまう。それならばと2人は駆け落ちしようとしたとき、ウィリーは誤って彼女の父親を殺してしまい、2人の逃避行が始まる。

保安官補のクーパー(ロバート・レッドフォード)は追跡隊を組織して2人を追う。遊説中の大統領護衛の任を兼ねていたクーパーが一時、追跡隊を離れているとき、2人に追いついた追跡隊の男たちが銃を発射し、応戦したウィリーの銃により1人が死んでしまう。

2人も殺してしまったというのでウィリーは凶悪犯となり、やがて追い詰められた2人は・・・。

 

監督のエイブラハム・ポロンスキーは才能あふれる監督でありながら1950年代初頭に吹き荒れた“赤狩り”によってハリウッドから追放され、60年代後半にようやく復帰。追放以来21年ぶりの監督作品となった。

ちなみにこのとき、言論や表現の自由を奪う“赤狩り”に抗してグレゴリー・ペックヘンリー・フォンダバート・ランカスタージュディ・ガーランドハンフリー・ボガートローレン・バコールダニー・ケイカーク・ダグラスベニー・グッドマンキャサリン・ヘプバーンジーン・ケリービリー・ワイルダーフランク・シナトラらは弾圧に反対。一方、当時映画人だったロナルド・レーガンや、ウォルト・ディズニーゲーリー・クーパーロバート・テイラーエリア・カザンジョン・ウェインクラーク・ゲーブルなどは“赤狩り”に協力したり賛同したりしたという。

 

逃げなくてもいい若い男女が逃亡生活を送らざるをえず、追う保安官役のロバート・レッドフォードも虚しい気持ちで追いかけるしかない。多民族国家でありありながら、先住民を蔑む意識が根強いことをあらためて浮き彫りにしていて、今日に通じる問題を50年以上前にすでにクローズアップしている。

 

ロバート・レッドフォードが出るだけで、彼の都会的風貌からして旧来の西部劇とは異質なニューシネマ西部劇となっているが、邦題の「夕陽に向かって走れ」がいかにもダサイ。

この映画が公開されたのと同じ年の少し前に「明日に向かって撃て!」が公開されている。ポール・ニューマンロバート・レッドフォードキャサリン・ロス共演の「明日に向かって撃て!」は製作費1200万ドルの大作。一方の「夕陽に向かって走れ」は製作費が一ケタ少ない240万ドル。「明日に向かって撃て!」の人気に紛れて、おこぼれを頂戴しようと情けない邦題となった。

原題の「TELL THEM WILLIE BOY IS HERE」は、直訳すれば「ウィリー・ボーイがここにいると伝えてください」となり、何と気高い題名だろうか。