フランス・ボルドーの白ワイン「シャトー・ショーヴェ(CHATEAU CHAUVET)2016」
ボルドーの南東部に位置するサンティレール=デュ=ボワの畑のブドウから仕立てられる1本。
レモンなどの柑橘系果実のアロマと繊細な酸が調和したスッキリと口当たりのいいワイン。
ワインの友で観たのは、民放のBSで放送していたアメリカ映画「フリーガイ」。
2021年の作品。
原題「FREE GUY」
監督ショーン・レビ、出演ライアン・レイノルズ、ジョディ・カマー、ジョー・キーリー、リル・レル・ハウリー、タイカ・ワイティティほか。
ビデオゲームの中に登場するキャラと、そのゲームをつくった人間が一緒になってゲーム会社の悪徳社長と対決する物語。
はじめ「そんなバカな」と思いながら観ていくが、考えてみたら「バック・トゥ・ザ・フューチャー」だって過去や未来にタイムマシンで行って、30年前のまだ結婚する前の自分の両親に会ったりと、ありえない(少なくとも現代科学では)話なんだから、フィクションとして楽しむとなかなかおもしろかった。
ルール無用で悪事を働くことが当たり前の街「フリー・シティ」では、サングラス族と呼ばれる連中が気ままに銃をぶっ放し、ヘリコプターやクルマを破壊したり強盗を働いたり、やりたい放題。
そんな中、毎日同じ会話を交わして、毎日銀行強盗に遭って金を奪われ、それでも真面目に働く銀行員のガイ(ライアン・レイノルズ)は、サングラス族のモロトフ・ガールと呼ばれるミステリアスな女性(ジョディ・カマー)に一目惚れ。警備員の親友バディ(リル・レル・ハウリー)に「サングラスがないと相手にされない」と助言され、彼女を追うためにサングラスをかけてみると、街中にパラメーターや今まで見えなかったアイテムなどが見えるようになる。
実は、サングラス族はオンラインVRゲーム「フリー・シティ」をプレイするプレイヤーたちで、ガイはその世界の中にプログラムされた、どうでもいい存在のモブ(雑魚)キャラだった。
何とか彼女に近づこうと新しい自分に生まれ変わることを決意したガイは、ゲーム内のプログラムや設定を無視して“意思を持つキャラ”に変身し、平和を守るスーパーヒーローとなっていく・・・。
「モブキャラ」とはゲームの背景として描かれる主要人物以外の名もなき脇役やその他大勢の群集のこと。ただの「背景キャラ」なのでプレイヤーは操作しないし、会話もしない無個性の存在なので、映画の中の主人公の名前も「ガイ(男)」。
観ていておもしろかったのが、いつもやられてばかり、ゴミのように扱われるモブキャラたちが、抑圧されてばかりいることに「もうガマンならん」とみんなで一致団結して立ち上がるところ。
ユーザーがゲームを始めようと画面にお気に入りのキャラを登場させるのだが、まわりには誰もいない。モブキャラたちがストライキを始めたのだった。
抑圧され続けてきた人たちがついに立ち上がって支配者に対して反撃に出る――。まるで人間社会そっくりの展開に、思わず「モブキャラ負けるな」と声援を送った。
最後の方で、筋肉モリモリで身長が2mぐらいありそうなマッチョマンが出てきてガイと戦うのだが、何と顔はガイそっくりで、体だけはマッチョマン。実は顔はガイ役のライアン・レイノルズで、体の方はアーロン・W・リードという身長2m、体重142㎞の「もっとも身長の高いボディービルダー」としてアメリカで有名なアーロン・W・リードというボディビルダーだそうだ。
VFX技術を用いて、首から上はイアン・レイノルズ、下はアーロン・W・リードに合成したようだが、どうせVFX技術を使うのならCGで人体モデルをつくって合成してしまえば簡単なのに、顔の出ない本物のマッチョマンを使うあたり、なかなか凝ったリアルなアクションシーンとなった。
ついでにその前に観た映画。
民放のBSで放送していたアメリカ映画「波止場」。
1954年の作品。
原題「ON THE WATERFRONT」
監督エリア・カザン、出演マーロン・ブランド、エバ・マリー・セイント、カール・マルデン、リー・J・コッブ、ロッド・スタイガーほか。
ニューヨークの港を舞台に、港で働く労働者を支配するギャングのボスに立ち向かう一人の男の姿を描く。アカデミー賞で作品賞・監督賞・主演男優賞など8部門に輝いた社会派ドラマ。
元ボクサーの青年テリー(マーロン・ブランド)は、ギャングのジョニー(リー・J・コッブ)が支配するニューヨークの波止場で働く日雇い労働者。波止場では、請負師として荷役を取り仕切るギャングのボスによって仕事にありつけるかどうかが決まり、ボスは賃金をピンハネして甘い汁を吸っていた。
ある日、テリーはジョニーに命じられて兄とともに殺人事件に関わってしまう。やがて殺された男の妹イディ(エバ・マリー・セイント)と知り合ったテリーは、兄の死の真相を追及しようとする彼女に心惹かれていく。
イディに感化され、テリーは不正とたたかうことに目覚める。検事の説得に応じてテリーは殺人事件について法廷で証言しようとするが、ギャングたちは執拗な妨害工作を仕掛けてきて、ついにはテリーの兄までもが殺されてしまう。ボスからは「裏切り者」のレッテルを張られ、労働者たちからの冷たい目にさらされ、思い悩むテリーだったが・・・。
モノクロの陰影が美しい、いかにもエリア・カザンらしい映像表現で、名匠がつくる作品には「この人ならでは」という味わいがある。
音楽はレナード・バーンスタインで、これも「いかにもバーンスタインらしい」音楽。3年後の1957年にブロードウェーで初演した「ウエスト・サイド物語」の音楽にダブって聴こえるところがあり、この映画はひょっとしてミュージカル?と一瞬思うようなシーンもあった。
苦悩するマーロン・ブランドの演技がすばらしく、彼は本作でアカデミー主演男優賞を受賞しているが、彼の苦悩する演技は、監督のエリア・カザンとの“確執”から生まれているのではないかとも思ってしまう。
エリア・カザンはたしかに名監督だが、1948年ごろから50年代前半に吹き荒れた共産主義に加担しているとの理由で進歩的人物を放逐しようとする“赤狩り”に協力した監督だった。
“赤狩り”は、特定の思想・信条を持っていることを罪として裁くものであり、思想・信条の自由に反し、民主主義とは相いれないと、心ある映画人は強く反発していた。
1952年、アメリカ下院非米活動委員会によって元共産党員だったカザンに共産主義者の嫌疑がかけられると、カザンはこれを否定するために司法取引により、共産主義思想の疑いのある者として友人の劇作家・演出家・映画監督・俳優らの名前を明らかにした。
“赤狩り”によりこの当時300人以上の映画人が“非国民”のレッテルを張られてハリウッドから追放されたといわれるが、変節してそれに加担したのがカザンであり、彼は「権力に屈して保身のために仲間を売った男」といわれた映画人の一人だった。
カザンはのちの1998年にアカデミー協会から「名誉賞」を与えられたが、受賞式当日、オスカー像を受けるカザンに、慣例として会場ではスタンディング・オベーションが行われることになっていたが、エド・ハリス、ニック・ノルティ、イアン・マッケランらは椅子に座って無表情のままで、会場の外では、「裏切り者」「密告者」のプラカードを掲げてシュプレヒコールを叫ぶ人たちの姿があったという。
マーロン・ブランドはもともとブロードウェーの舞台でデビューし、彼がスタンリー・コワルスキー役で出演した1947年初演の「欲望という名の電車」は2年に及ぶロングランの大ヒットとなった。この芝居を演出したのがエリア・カザンだった。
舞台での当たり役を銀幕で再び演じたのが1951年の映画「欲望という名の電車」で、監督はやはりエリア・カザン。ブランドはこの映画の演技でアカデミー賞主演男優賞に初ノミネートされる。
いわば、ブランドの師匠といっていい人物がカザンだった。ブランドは1952年のカザン監督による「革命児サパタ」でも主演し、再びアカデミー賞主演男優賞にノミネート。
しかし、“赤狩り”協力するカザンの行為は「圧力に屈し、保身のために仲間を売った」として周囲から批判されるのだが、その批判者の中にはマーロン・ブランドもいた。
一説によれば、「波止場」の製作にあたり、カザンは主役のテリーにポール・ニューマンを望んだが断られ、次にフランク・シナトラにも断られたが、2人とも「“赤狩り”で仲間を売った人物」としてカザンに批判的だったという。
結局、ブランドに白羽の矢が当たったが、彼もまたカザンに腹を立てていて難色を示したが、すったもんだの末に出演を決めたといわれる。
ブランドはのちに自身の回顧録で次のように書いている。
「ガッジ(カザンのこと)は他人を傷つけたが、一番傷ついたのは彼自身だ」
そんな経過をたどった上での演技だっただけに、苦悩の演技が出色だったのではないかとも思う。
ブランドは、カザン監督による1955年公開の「エデンの東」でも主役のオファーを受ける。しかし、このときはカザン監督が変節したとして断っていて、代わって当時無名だったジェームズ・ディーンが主役に抜擢され、スターとなる。しかし、映画公開からわずか半年後、自動車事故により24歳の若さでこの世を去った。