善福寺公園めぐり

善福寺公園を散歩しての発見や、旅や観劇、ワインの話など

ジュリア・ダール「インヴィジブル・シティ」

「インヴィジブル・シティ」(ジュリア・ダール、訳・真崎義博、ハヤカワ・ミステリ文庫)を読む。

作者のデビュー作で、エドガー賞アメリカ探偵作家クラブ賞)の最優秀新人賞にノミネートされ、その後、アメリカ私立探偵作家クラブのシェイマス賞や、マカヴィティ賞、バリー賞などのミステリ賞で最優秀新人賞を受賞したという。

舞台はニューヨーク・ブルックリン。クズ鉄捨て場から全裸の女性の遺体が見つかり、駆けつけた新米記者のレベッカは遺体が検死もされずにユダヤ人組織に引き渡されるのを見て驚く。
彼らはユダヤ教の戒律を厳格に守る正統派ユダヤ教徒だった。閉鎖的なユダヤ社会の中で事件が隠蔽されそうになるのに気づいたレベッカは、真相を探ろうとするが・・・。

ニューヨークのユダヤ人社会の実相を知る。アメリカではユダヤ系の人々が政治・経済などさまざまな分野で隠然たる力を持っていて、ユダヤ人社会の中で何か事件が起こっても、もみ消しになることがあるという。

それに一口にユダヤ教といっても、超正統派、正統派、伝統派、世俗派などに分かれていて、超正統派ともなると独特の黒くて長い服を着た人々であり、正統派は普通の服装だが戒律を守る、などそれぞれ違いがあるようだ。
戒律も厳しくて、安息日には、傘をさしてはいけない、テレビをみちゃいけないし、インターネット等の通信機器の使用(電話機も含めて)もダメ、電化製品を使用する(ガスや石炭も含めて)のもいけない、写真撮影禁止、クルマの運転もダメ、決められた歩数を超える歩行はいけない、金銭について話したり、買い物をしてはいけない、料理もしちゃだめと、ないないづくし。

それはともかく、本書を読んでおもしろかったのはニューヨークの新米記者の日常だった。
主人公のレベッカはニューヨークで新聞記者になろうと、「ザ・ニューヨーク・スター」という新聞の記者となる。しかし、同紙は廃刊。彼女は失業者となる。ある週刊誌がライターを募集していると知るが、記事1本につき25ドルしかもらえないというので、やめる。
紆余曲折ののち、地方通信員を常時募集しているという「ニューヨーク・トリビューン」紙に応募して採用される。
まずは試用期間として週3日の勤務。出社する必要はなく、朝9時に電話して、編集部の担当者の指示で10時から夕方6時までのシフトで働く。所属する部署は地域報道部というところで、要するにニューヨークの地域ニュースを扱う部署だろう。試用期間中の日給は150ドルというから、まあまあだ。
曜日ごとの担当編集者の指示で、その日のニュースを追っかけるのだが、日本だったら支局とか記者クラブなりに詰めるところを、彼女は自宅から現場に直行し、見聞きしたことをメモしてその内容を電話で送り、原稿にするのはオフィスにいるアンカーマンが書くらしい。
それでも、どんな短い記事でも彼女の名前が出るから、記者としてのそれなりの満足度もえられるし、同時に責任も負わされる。

やがて彼女は取材上のミスをおかし、ついには編集部に呼びつけられ、ピューリッツアー賞を受賞したという編集長に詰問されるのだが、彼女の記者としての才能を見抜いた編集長は、さらなる取材を指示し、ついに彼女は特ダネ記事をモノにする。

本書は、駆け出し記者の成長物語だともいえる。

ちなみに筆者はカリフォルニア州フレズノ生まれ。1994年にハイスクールの坑内新聞の仕事に就いたのをきっかけに執筆活動を始め、その後は「ニューヨーク・ポスト」紙や「CBSニュース(電子版)」で事件記者をつとめたという。本書は2014年の作品。

なお「「インヴィジブル・シティ」とは「見えない都市」という意味か。