善福寺公園めぐり

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最近読んだミステリー

遅ればせながら、ホリー・ジャクソン「自由研究には向かない殺人」(服部京子訳、創元推理文庫)を読む。

原題は「A GOOD GIRL'S GUIDE TO MURDER」。

 

17歳の女子高校生ピップは、学校の課題である自由研究のテーマとして警察の捜査とメディア報道との関係を調べようと、自分の住む町で5年前に起きた17歳の少女の失踪事件を調べている。

交際相手の少年が彼女を殺して、自殺したとされていた。その少年と親しかったピップは彼が犯人だとは信じられず、関係者にインタビューしていく。やがて少年の弟も一緒になって調査を進めていくと、身近な人物が容疑者に浮かんできて、自由研究どころではなくなっていく・・・。

 

イギリスの作家による19年刊行のデビュー作。

物語の舞台はイギリスの小さな町で、主人公のピップは17歳の女の子であり、高校生らしい話の展開。イギリスの図書館協会が選ぶ児童文学の賞であるカーネギー賞の候補になったというから高校生向けの本なのかもしれないが、大人が楽しく読めるミステリーだった(去年の「このミステーリがすごい!」の第2位になるなどしている)。

 

それにしても聡明な主人公のピップ。

本書の解説で書評家の若林踏さんは、本書は、未来の社会をになう若者たちに公平な視点でものごとを見続けることがいかに尊いことか、また、情報がオープンでフラットに行き渡る社会のあり方が人々を曇りなき真実に導いてくれることを教えてくれる、と述べているが、まさにその通りの感想を持った。

 

主人公のピップという名前がおもしろいなと思いつつ読んでいくと、ピップの愛読書としてチャールズ・ディケンズの長編小説「大いなる遺産」が出てくる。

実は「大いなる遺産」の主人公がピップという少年であり、おそらくディケンズ・ファンの作者はディケンズへのオマージュから主人公の名をピップにしたのだろうと推察。「大いなる遺産」ではピップはフィリップの短縮形だが、本書のピップは女性名のフィリッパの短縮形なのだろう。

 

もうひとつおもしろかったのがピエール・ルメートル「僕が死んだあの森」(橘明美訳、文藝春秋)。

「自由研究には向かない殺人」は17歳の女の子、こちらは12歳の男の子が主人公なので、心理描写もわかりやすくて、あっという間に読了。

 

母とともにフランスの片田舎の小さな村に暮らす12歳の少年アントワーヌは、隣家の6歳の男の子を殺した。森の中にアントワーヌが作ったツリーハウスの下で。殺すつもりなんてなかった。いつも一緒に遊んでいた犬が死んでしまったことと、心の中に積み重なってきた孤独と失望とが、一瞬の激情になっただけだった。でも幼い子どもは死んでしまった。

死体を隠して家に戻ったアントワーヌ。だが子どもの失踪に村は揺れる。警察もメディアもやってくる。やがてあの森の捜索がはじまるだろう。そしてアントワーヌは気づいた。いつも身につけていた腕時計がなくなっていることに。もしあれが死体とともに見つかってしまったら・・・。
じわりじわりとアントワーヌに恐怖が迫る。12歳の利発な少年による完全犯罪は成るのか? 殺人の朝から、村に嵐がやってくるまでの3日間――その代償がアントワーヌの人生を狂わせる。

 

殺意があったわけではなく、いわば“はずみ”で人を殺してしまったわけだが、それでも殺人は殺人。法的には過失致死となるはずだし、すぐに大人に知らせれば話は変わっていっただろうが、少年は殺した子どもを誰にも見つからないようなところに隠してしまった。さー、どうしよう。

原題の「TROIS JOURS ET UNE VIE」とは直訳すると「3日と、1つの人生」という意味だが、本書の内容に則していえば「1つの人生と引き換えになった3日間」「あの3日間の代償となった人生」というようなニュアンスになるという。

隣家の男の子を殺してしまい、それを隠そうとした3日間が、彼のその後の人生を決めてしまったというわけで、死んだのは殺された男の子だけではなく、殺人を犯してしまったアントワーヌもまた、そのときにもはや一度、死んでしまったのかもしれない。

そう考えると「僕が死んだあの森」という邦題もなかなか秀逸。

 

殺人は特殊な例としても、誰もがアントワーヌのように子どものころとか若いころに犯した何らかの“罪”に苛まれることがあるかもしれない。そうした過去とどう向き合って生きていったらいいのかを問いかけてくるような小説だった。

 

ついでにほかに読んでおもしろかった本。

エリー・グリフプス「見知らぬ人」(上條ひろみ訳、創元推理文庫

これは怪奇短編小説の見立て殺人なのか?──タルガース校の旧館は、かつてヴィクトリア朝時代の伝説的作家ホランドの邸宅だった。クレアは同校の教師をしながらホランドを研究しているが、ある日クレアの親友である同僚が殺害されてしまう。遺体のそばには“地獄はからだ”と書かれた謎のメモが・・・。MWA賞最優秀長編賞受賞作。

 

マイケル・コナリー「警告」(上下巻、古沢嘉通訳、講談社文庫)

凶悪な連続殺人犯に対峙した新聞記者のジャック・マカヴォイは、それぞれの事件を著書にしたあとLAタイムズを辞め、消費者問題を扱うニュース・サイトの記者になっていた。ある日、一度だけ面識のある女性が殺され、マカヴォイに殺人容疑がかけられる。自分が犯人ではないことを知っている彼は、被害者がデジタル・ストーキングされていたとの情報から独自に事件を調べ始めるが・・・。