善福寺公園めぐり

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秋の夜長に一気読み「老いた殺し屋の祈り」

マルコ・マルターニ「老いた殺し屋の祈り」(飯田亮介訳、ハーパーBOOKS)を読む。

詠み始めたら、たちまちページを繰る手がとまらなくなってしまった。相性というものがあるのかもしれないが、この小説の作者、あるいは訳者がよほどうまいのか、あるいは読者である私と波長が合うのか、秋の夜長におもしろくて一気読み。

 

訳者のあとがきによると――。

主人公のオルソはイタリア生まれの寡黙な殺し屋。年は60すぎで、身長195㎝、独身、好きなものは恋愛小説と大麻、苦手なものはスイーツとうるさいガキ。服の趣味にはうるさい、苦味走ったいい男。フランスはマルセイユに拠点を置く国際犯罪組織のボスの右腕としてほぼ半世紀にわたり殺戮を繰り返し、不死身の殺し屋と恐れられてきた。
しかし、今でこそ冷酷非情なプロの殺し屋として有名なオルソにも、過去にたったひとり心から愛した女性がいた。まだ24歳だったオルソは天使のような女性アマルと出会い、彼女と人生をやり直したくなった。だから「組織」を捨て、愛の逃避行に出て、一人娘のグレタにもめぐまれた。

ところが、やがてボスに潜伏先がばれ、アマルと娘の命が惜しければ2人のことは忘れて「組織」に戻れと脅される。オルソは、2人を愛するがゆえに脅しに屈し、以来、アマルたちの安全を思えばこそ、ボスの前ではひたすら忠実に振る舞い、心の中では片時もふたりのことを忘れることはなかったものの、長年、感情を持たぬ殺人マシンとして生きてきた。

年をとって老い先短いことを悟ったオルソは、死ぬ前にひと目でいいからアマルと娘のグレタに会いたいと思うようになる。オルソはふたたびボスを裏切り、ひとりイタリアへと旅立つ。だが、その行く手には数々の敵と新たな愛が待っていた・・・。

 

本書は、人生も晩年にさしかかった不器用な男の、魂の再生を描いた物語。

苦み走ったいい男でもなく、身長も195㎝なんてあるはずもなく、もちろん殺し屋でもない、ただのオヤジである私でも、ひょっとしたらオルソと同じような人生を歩き、生きようとしているのかもしれない、と、なぜか主人公に自分自身を投影し、物語の世界に入り込んでしまっていたのかもしれない。

 

原題の「COME UN PADRE」は「ひとりの父として」という意味だそうだ。ここでいう父とは、父としてのオルソを指しているのだろうが、ほかにも、父としての犯罪組織のボスや、オルソが17歳のときに死んだ、家では野獣のようで心底嫌っていた自分の父の幻影もそこに含まれているのではないだろうか。

 

作者のマルコ・マルターニは1968年生まれというから今年53歳。今日まで50本を超えるテレビドラマや映画の脚本を手がけてきたベテランの脚本家で、小説作品は本作が初めてという。

 

ハーパーBOOKSは外資系の出版社ハーパーコリンズ・ジャパンが発行している文庫レーベル。元はハーレクインだったのが社名を変更して、ラブロマンスだけでなく、海外のミステリーやサスペンスものにも手を広げるようになったらしい。