善福寺公園めぐり

善福寺公園を散歩しての発見や、旅や観劇、ワインの話など

ダン・フェスパーマン 隠れ家の女

ダン・フェスパーマン「隠れ家の女 」(訳・東野さやか、集英社文庫

原題の「SAFE HOUSES」とは、直訳すれば「安全な家」だが、スパイなどが使う「隠れ家」を意味するんだとか。

 

まさしくスパイ小説とナゾ解きミステリを掛け合わせたような小説。文庫本660ページを超える長編だが、少しも飽きることがなく、読んでるとついつい時間を忘れてしまう。

 

2つの時間軸と2つの都市で物語は進められる。

まずは冷戦下の1979年のベルリン。末端の若いCIA女性職員ヘレンは、工作員たちの隠れ家で聞いてはならない極秘の会話を録音してしまう。また、同じ家でレイプの現場を目撃し、上層部への告発を試みるのだが、逆に口封じのため組織を追われてしまう。

もう一つの舞台は2014年のボストン。35年後、ヘレンが夫ともに殺されたところから話は始まり、ヘレンの娘らによるナゾ解きが始まる。

 

ナゾも2つあって、1つはヘレンが目撃したレイプ事件。レイプの犯人はCIA工作員の立場を利用したレイプの常習犯であり、告発しようとした被害者を事故と見せかけて殺してしまう冷血漢。ところが優秀な工作員であるとの理由で不問に付されてしまうだけでなく、男はどんどん出世していってホワイトハウスの高官、もしかしたらCIA長官にまで出世するようになるというので、ヘレンは同じように怒りを持つかつての仲間の女性CIA工作員とともにその男の罪状を暴こうとするのだが、このあたりは現代の「Me Too運動」にもつながる話だ。

 

もう1つが、ヘレンが同じ隠れ家で聞いた極秘の会話。

小説では「ザ・ポンド」なるナゾの民間諜報機関の話が出てくるが、これは本当のことで、「著者あとがき」によれば、グロンバックなる人物が1942年、陸軍諜報部将校の依頼を受けて設立したが、より規模の大きい中央情報部との権力闘争に敗れて1955年に消滅したという。しかし、秘密裏に生き長らえることが画策され、それを示す証拠がヘレンが聞いた極秘の会話だった。

長らく行方がわからなかったグロンバックの文書が2001年に発見され、CIAによって機密文書とされていたが、2010年に機密指定が解除され、現在はメリーランド州カレッジ・パークにある国立公文書館で閲覧が可能という。全部で83箱というから相当な分量。ひょっとしたら日本での諜報活動についても何か記載があるかもしれない。

 

ヘレンが目撃したレイプ事件だって、あながちフィクションとはいえない。諜報機関に限らず、権力におもねる人間が平気で悪いことをして、それを咎められるどころかおかげで出世するという例は日本だってある。許せない話だ。