善福寺公園めぐり

善福寺公園を散歩しての発見や、旅や観劇、ワインの話など

歴史小説&ミステリー 狼たちの城

アレックス・ベール「狼たちの城」(小津薫訳、扶桑社ミステリー)を読む。

 

1942年のナチス政権下のドイツを舞台にした歴史小説にしてミステリー。

前代未聞?の設定で、読む意欲をそそられる。

何と、ユダヤ人が徹底的に嫌われ、差別を受け、それどころか民族ごと抹殺されようとしているナチス政権下のドイツで、そのユダヤ人が、ユダヤ人を弾圧しようとする秘密国家警察ゲシュタポの特別捜査官でナチス親衛隊少佐になりすまして犯罪捜査にあたり、事件を解決してレジスタンスのメンバーやユダヤ人家族を救い出そうとする物語。

ハラハラ・ドキドキしつつ、ときに痛快な気分に浸れる秋の読書となった。

 

第二次世界大戦さなかの1942年(前年に太平洋戦争が始まり、ヨーロッパではドイツ軍がスターリングラードへの突入を開始)、ニュルンベルクユダヤ古書店イザークと家族のもとにポーランド移送の通達が届く。彼はそのときはまだ知らないが、それはアウシュビッツなどの強制収容所に向かう絶望の道だった。

不安を抱いたイザークは、レジスタンスに関わっていると聞いたかつての恋人でドイツ人のクララを頼るが、彼女が彼に知らさないまま用意してくれたのは、ゲシュタポの特別犯罪捜査官アドルフ・ヴァイスマンとしてのニセの身分証だった。

イザークはヴァイスマンに間違われたまま、ゲシュタポニュルンベルク本部に乗り込み、ナチスに接収されたニュルンベルク城で起きた女優殺人事件の捜査に臨むことになる。

ゲシュタポの深奥部で彼は無事生き抜き、事件を解明できるのか・・・?

 

本の中で、ユダヤ人や、ナチズムに抵抗しようとドイツ国内でレジスタンスに立ち上がった人たちに対する弾圧の様子が詳しく描かれていて、戦慄するが、ユダヤ人の古書店主がゲシュタポに成りすますのはもちろんフィクションだが、弾圧の描写は真実にできるだけ近づけるようにした、と著者のアレックス・ベールは「著者あとがき」の中で述べている。

 

ナチスによるユダヤ人迫害はナチスが政権をとって以後、次第にエスカレートしていった。

ナチス時代、ドイツは“優生思想”に基づいたさまざまな政策を押し進め、障害のある人や病人などを殺害する極秘指令まで出されたというが、その最たるものがユダヤ人迫害だっただろう。

ちなみに、ナチスドイツの優生思想を正当化する研究の影響を受けて日本ではやった(今もはやってるかもしれないが)のが血液型性格診断で、要するにABOの血液型で人を差別しようとするインチキ診断だ。

それはともかく、ドイツではついに1942年1月、「最終的解決」としてユダヤ人の物理的な絶滅が決定されて「絶滅収容所」が建設されることになったという。

ナチス勢力下の各地から列車により輸送されたユダヤ人の多くは収容所に到着するとすぐに毒ガス室に送られ、殺されたといわれる。そこから逃れたとしても劣悪な生活環境下での強制労働が課せられ、多くの人が飢餓と病気で亡くなっていった。最終的には約600万もの人々が殺害されるに至ったという。

そうした蛮行の先頭に立ったのがナチスの秘密国家警察ゲシュタポだった。

筆者は「あとがき」でこう書いている。

「無法の領域でのゲシュタポの任務はいわゆる国家の敵を探し出し、追跡し、制圧することで、対象は政敵(たとえば共産主義者社会民主主義者)のほか、社会的少数派(たとえばエホバの証人、ロマ、同性愛者・・・そして、とりわけユダヤ人)だった」

ゲシュタポに目をつけられることは監獄行きか死を意味し、拷問によって殺される人も多かったという。

しかも、ナチスによるプロパガンダの結果なのだろう、国民の多くは共産主義者社会民主主義者らを国賊と呼び、ユダヤ人を劣悪民族と蔑み、抹殺行為を支持したという。

特高警察が思うがままにのさばって、「反共」の名のもとに人々が本を読んだり映画を見たり、さらには「考えること」までも取り締まり、“お国のため”と国民の多くが全体主義思想に染まってしまった戦前の日本とまったく同じだ。

 

筆者のアレックス・ベールはオーストリア出身で、1977年生まれというから今年44歳。

ユダヤ古書店主のイザークはついに本書の終りまでゲシュタポに成りすましたまま。本書の続編が予定されているというから、次はいったいどんな展開になるのか。