善福寺公園めぐり

善福寺公園を散歩しての発見や、旅や観劇、ワインの話など

きのうのワイン+映画「パピヨン」

イタリア・トスカーナの赤ワイン「サバツィオ・ロッソ・ディ・モンテプルチアーノ(SABAZIO ROSSO DI MONTEPULCIAN)2023」

ワイナリーはアンティノリが手がけるラ・ブラチェスカで、古代ローマ時代から続くトスカーナの銘醸地、コルトーナでワインづくりを行っている。

ブドウ品種はサンジョベーゼ(プルニョーロ・ジェンティーレ)とメルロ。

濃縮した果実味が特徴のワイン。

 

ワインの友で観たのは、NHKBSで放送していたフランス・アメリカの合作映画「パピヨン」。

1973年の作品。

原題「PAPILLON」

製作・監督フランクリン・J・シャフナー、製作ロベール・ドルフマン、脚本ダルトン・トランボ、ロレンゾ・センプル・ジュニア、撮影フレッド・コーネカンプ、音楽ジェリー・ゴールドスミス、出演スティーブ・マックィーン、ダスティン・ホフマン、ロバート・デマンほか。

フランス人アンリ・シャリエールの自伝的小説を映画化した脱獄を繰り返す男の執念の物語。

 

胸に蝶の入れ墨をしているところからパピヨンと呼ばれるアンリ・シャリエール(スティーブ・マックィーン)が終身刑となり、南米フランス領ギアナの流刑地にあるサン・ローラン・デュ・マローニ刑務所に送られる。そこは「最初の1年間で囚人の4割が死ぬ」といわれるほど劣悪なところだった。

無実を主張するパピヨンは、国債の偽造犯で多額の金を隠し持つドガ(ダスティン・ホフマン)のボディーガードとなって資金を得、自由を求めて脱獄に挑む。何度失敗しても脱獄を繰り返すパピヨンだったが、ついに・・・。

 

原作は、実際にサン・ローラン・デュ・マローニ刑務所で服役し、何度も脱獄に挑んで成功しては捕まるを繰り返し、13年にわたる刑務所生活を強いられたアンリ・シャリエールの実話に基づく小説。

パピヨンが収容されたのは、仏領ギアナの北西部、スリナムとの国境を流れるマロニ川沿いに位置する刑務所と、陸地から11㎞沖合にある「悪魔島」。

フランス史上最悪の監獄といわれ、1852年から閉鎖されるまでの100年間に8万人以上が収容されて、生きて出所できたのは600人程度といわれている。悪魔島はもともと政治犯などを収容するための島であり、スパイ容疑で逮捕された冤罪事件の被害者ドレフュスが終身刑を言い渡されてここに収容されたことでも知られる。

実在のアンリ・シャリエールは何度も脱獄を繰り返し、最終的には第2次世界大戦が終わったのちの1945年に釈放され、ベネズエラの市民権を手に入れ、地元の女性と結婚。ベネズエラでレストラン経営者となり、フランスに帰国して自伝的小説「パピヨン」を出版するとフランス国内で150万部以上が売れ、17か国語に翻訳されて累計1000万部のベストセラーとなったという。

 

自由を求めて脱獄を繰り返す主人公の執念がすさまじく、スティーブ・マックィーンが見事にその役を演じきっている。

クライマックスで、マックィーンが数10mもありそうな高い崖の上からから海に飛び込むシーンがあるが、脱出不可能といわれた島から脱走するため、パピヨンは島の周囲を調べたところ断崖の下の入り江には7回に1回、大波がくることを突き止め、その波に乗れば本土にたどり着けるというので、ココナッツ入り浮き袋を海に投げ込み、それに続いて海に飛び込んでいく。

このシーンはマックィーンが自分でスタントをこなすと主張して飛び込み、彼はのちに「人生で最も刺激的な体験の1つだった」と語ったとか。

 

映画が終わってクレジットに「脚本ダルトン・トランボ」とあるのを見て、ナルホドそうだったのか!と得心がいった。

そこで思ったのだった。この映画はアンリ・シャリエールの実話にもとづく作品であるとともに、トランボ自身を描いた作品ではないのか、と。

 

ダルトン・トランボはハリウッドでも有名な脚本家だったが、アメリカ共産党員であったため第2次世界大戦後の冷戦下で“赤狩り”と呼ばれる弾圧キャンペーンの矢面に立たされた人。下院非米活動委員会に呼ばれたトランボは「共産主義者か否か」の証言や、仲間の密告を強要されるが、憲法に保障された表現や思想の自由を理由にこれを拒否。議会侮辱罪により1年間の実刑判決が言い渡されて刑務所に収監され、出所後は「非国民」呼ばわりされてハリウッドから追放されてしまう。

“赤狩り”の対象が拡大し、たくさんの人々が業界から排除される中、トランボは自分と家族を養うため、また言論や思想の弾圧からの自由を勝ち取るため、B級映画の脚本を匿名で書いて食いつなぎ、同様の圧力によって職にあぶれた仲間たちに仕事を回したりした。

彼が書いた脚本は高く評価され、友人名義で書いた「ローマの休日」やペンネームで書いた「黒い牡牛」はいずれもアカデミー賞を受賞するが、彼は名前を出すことはできなかった。

そののち、圧力に屈しない彼の生き方に共感したカーク・ダグラスなどの支援もあって、ようやく実名でハリウッドに復帰するようになり、晩年に書いた脚本が「パピヨン」だった。

トランボは本作の始めのほうのシーンでカメオ出演している。

パピヨンたち受刑者が整列している前で、植民地司令官が訓示する場面。司令官役はトランボで、彼はこう訓示する。

「もはやフランスはお前たちを処分した。祖国はお前たちを見捨てたのだ! お前たちも祖国を忘れろ!」

打ちひしがれる受刑者たち。そこには、アメリカの議会から、ハリウッドから見捨てられたトランボ自身の姿が投影されているではないか。

 

本作で力を入れて描かれているのが、「密告」をめぐるエピソードだ。

服役中、パピヨンはダスティン・ホフマン演じるドガを看守の暴力から守ってやったかわりに2年間の独房刑を言い渡される。ドガは、自分を守ってくれたことに感謝してパピヨンに余分な食料を密かに渡す算段をする。ところが、それが発覚して看守長は「誰の差し金だ?」と名前を明かすように迫るが、パピヨンは密告を拒む。

名前をいわなければ配給を半分に減らし、房内を真っ暗にすると脅すが、それでも口を割らないパピヨン。

ついに半死半生となってもパピヨンは仲間を守るため、密告を拒み続けるのだった。

トランボも下院非米活動委員会に召喚され、仲間の名前をいうことを強要されたが、「密告なんかできない」と拒み続けた。

その自分の体験を映画の中に折り込んだのがトランボであり、仲間を売ることを拒んだパピヨンはすなわちトランボでもあるのだ。

 

ハンセン病患者との交流のシーンも見逃せない。

2度目の脱獄を試みたパピヨンはある島に逃げ込むが、そこがハンセン病患者のコロニー(隔離地域)と知ってびっくりする。それでもリーダーのところへ行って助けを求める。するとリーダーは「俺が吸いかけている葉巻を吸えるか?」と問うので、パピヨンは黙ってリーダーの口から葉巻を取り、スパスパ吸い始める。

リーダーは驚いたようにして、「ハンセン病はうつらない病気だと知っていたか?」というとパピヨンは答える。「いや、知らなかった」。

 パピヨンは彼らを恐れず、同じ人間として接したことに、リーダーは心を許し、脱獄に必要なボートを提供するのだった。

かつてハンセン病は感染力の強い恐ろしい病気とされ、患者は強制隔離されて、ひどい差別を受けていた。

だが実際にはハンセン病は非常に感染力が弱く、日常生活でつうることはまずえり得ないし、治療法も確立しているので強制隔離なんてまるで必要のない病気。しかし、本作が公開された1973年当時は「怖い病気」という誤解が根強かった。

日本でも国の誤った隔離政策が1996年の「らい予防法」の廃止まで続いた。患者や家族が長年にわたり深刻な偏見・差別と人権侵害を受け続けたことを国が謝罪したのは2001年になってからだった。

パピヨンがハンセン病患者と心を通わせるシーンは、“赤狩り”により社会から「非国民」呼ばわりされて爪弾きされた人たちを含め、いわれなき偏見の中で生きる人々へのオマージュにほかならない。

 

それにしても、トランボによるメッセージ性の強い脚本を、フランクリン・J・シャフナー監督はよくも映画にしたものだと思うが、シャフナー監督は“赤狩り”の矢面に立ったトランボに共感する気持ちを抱いていたようなのだ。

心ある映画人たちは、“赤狩り”で行われた個人の思想調査や、政治的立場を理由にした職場からの追放、仲間の名前を明らかにすることの強要などは、明らかな人権侵害であり、良心の自由の侵害であると許せない気持ちでいたのだった。

シャフナー監督は本作の5年前の1968年に「猿の惑星」を監督していて、この作品の根底には“赤狩り”への怒りのメッセージが込められている。

「猿の惑星」はチャールトン・ヘストン主演のSF大作で、猿が支配し人間が奴隷とされる世界を描くことで当時の人種差別や冷戦下での核戦争の恐怖を寓意的に表現しているといわれるが、“赤狩り”に代表されるような言論・表現の自由を奪う行為をも暗に批判している。

元々この作品の脚本はロッド・サーリングという脚本家が書いた。しかし、シャフナー監督は満足してなくて、もっと政治風刺が必要と考えていた。そこで新たに任されたのがマイケル・ウィルソンという脚本家だった。

彼はトランボ同様、“赤狩り”のブラックリストに載った人物。共産主義者の疑いで下院非米活動委員会に召喚され尋問を受けたが、権力の乱用から個人を守る憲法の条項を盾に、共産党員の疑いや同僚の名前を明かすことを拒否したため、ハリウッドから追放された。

その後13年間、ブラックリストに載ったままハリウッドの仕事はなくなり、仕事をするためには名前を隠して別名で仕事をするしかないという不遇の中ですごす。

「アラビアのロレンス」や「戦場にかける橋」の脚本も彼が担当したが、長くノンクレジットのままだった。

ようやく名前が出せるようになって、監督からもらった仕事が「猿の惑星」の脚本執筆だった。

ウィルソンはサーリングの脚本のセリフを完全に書き直し、“赤狩り”で被った迫害の実相をセリフに盛り込んだという。

例えば、映画では支配者である猿による「聴聞会(裁判・審問)」が開かれ、主人公のテイラー(チャールトン・ヘストン)は自分たちは知性を持つ人間であることを証明しようとするが、猿の検察官たちは“赤狩り”のときの下院の聴聞会同様、問答無用の異端裁判に変えようとする。

そこでテイラーは叫ぶ。「これは裁判ではない!(最初から結末が決まっている)見世物だ!」
まさしくウィルソンが体験した一方的な自由の蹂躙を糾弾する叫びではないだろうか。

ちなみに、人間に同情的で科学的な判断ができるチンパンジーの医師役で出演していたキム・ハンターは、「欲望という名の電車」(1951年)でアカデミー助演女優賞を受賞した実力派だったが、ウィルソンと同じくブラックリスト入りしたことから、10年近くもハリウッドで干されていたという。

 

脱獄を繰り返す男の実録物語も、猿が支配者となる近未来のSF物語も、視点を変えてみると別の物語が浮かび上がってくるから、映画っておもしろい。