善福寺公園めぐり

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今のアメリカを痛烈に皮肉ってる「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」

新宿の「TOHO CINEMAS新宿」でアメリカ映画「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」を観る。

2024年の作品。

原題「FLY ME TO THE MOON」

監督グレッグ・バーランティ、出演スカーレット・ヨハンソンチャニング・テイタム、ジム・ラッシュ、アンナ・ガルシア、ウッディ・ハレルソンほか。

今から55年前の1969年7月、人類史上初めて月面着陸に成功したアメリカのアポロ11号。「実はあれはウソで、全世界に生中継された映像はフェイクだった」という“陰謀論”を信じる人はいまだに多い。

実はそのフェイク映像は、月面着陸の失敗により共産主義国ソ連に後れをとるのを恐れたアメリカ政府(当時は共和党ニクソン政権)が実際につくって全世界に流そうとしていた、というトンデモナイというか奇想天外な物語が本作で、それに現在、アメリカで流行している?フェイクの嵐(何しろアメリカ大統領選挙に立候補しているトランプ元大統領が先頭に立ってフェイク発言を連発して、アメリカ国民の半数がそれをホントと信じているというのだから、今のアメリカはどうなってるの?といいたい)と重なり合っているところがあって、興味津々で観に行ったが、ユーモラスかつ皮肉が効いた映画でおもしろかった。

 

1969年、アメリカ。ケネディ大統領が宣言した〈人類初の月面着陸を成功させるアポロ計画〉から8年――。いまだ失敗続きのNASAに対し、国民の関心は薄れ、予算は膨らむ一方。この最悪な状況を打破するため政府関係者のモー(ウディ・ハレルソン)を通してNASAに雇われたのはニューヨークで働くPRマーケティングのプロ、ケリー(スカーレット・ヨハンソン)。
アポロ計画を全世界にアピールするためなら手段を選ばないケリーは、宇宙飛行士たちを「ビートルズ以上に有名にする!」と意気込み、スタッフにそっくりな役者たちをテレビやメディアに登場させ、“偽”のイメージ戦略を仕掛けていく。

そんな彼女に対し、実直で真面目なNASAの発射責任者コール(チャニング・テイタム)は反発するが、ケリーの大胆で見事なPR作戦により月面着陸は全世界注目のトレンドになっていく。

そころが、そんなとき、モーからケリーにある衝撃的なミッションが告げられる。何と、月面着陸のフェイク映像を撮影するというのだ。

失敗は許されない月面着陸。そこで、仮に失敗してもフェイク映像を流して全世界の人々をだまそうというわけで、断ったら政府に消されてしまうという超極秘プロジェクト。ケリーは撮影監督や役者を雇い、厳戒態勢の中、NASAの内部につくられた〈嘘の月面〉での撮影準備を進めるが・・・。

果たして、世界中が見守るテレビ生中継で35億人が目撃したのは、“リアル”か“フェイク”か・・・?

 

別に本コラムの筆者はバイデンを応援しているわけではないが、共和党のトランプ前大統領のフェイク発言の数々がひどすぎる。大統領候補が平気でウソを並べ立て、何のおとがめもないどころか、みんなそれを「そうだ、そうだ」と信じているというのだから、アメリカの民主主義はどーなってるの?と首をかしげざるえない。

フェイクを並べ立てて政権を獲ろうなんて、かつてのヒトラーナチス・ドイツと同じやり方ではないか。

 

最近の例では、バイデンとトランプとの初のテレビ討論会。

ここでのバイデンの対応が悲惨だったというので選挙戦撤退の動きが強まって、結局、民主党の大統領候補はハリス副大統領になったが、この討論会でのトランプのフェイク発言もひどかったらしい。

 

たとえば、トランプは自分が大統領だった2017〜2021年は「史上最高に好調だった」と主張したが、実はこれはフェイクで、トランプ政権下の経済状況は前任のオバマ政権と基本的にあまり変わらず、就任から3年間の新規雇用はむしろオバマ政権最後の3年間を下回ったという。

トランプは「退役軍人病院での診療待ちが長すぎる場合、退役軍人が民間病院で診療を可能にする法律を自分がつくった」と主張したものの、実際にはこの法案はオバマ政権下で可決されたものだった。

トランプは、犯罪が急増しているのはバイデンのせいだとも捲くし立てた。しかし、犯罪率はトランプ政権の最後の1年でピークに達し、バイデン政権下では毎年減少しているという。

トランプは「バイデンは中国から金を受け取っている」とも主張したが、実際に中国から金を受け取っていたのはトランプで、大統領在任中に中国政府や国営企業がトランプ氏所有のホテルなどに500万ドル以上を支払っていたことが明らかになっている。

トランプは「移民が犯罪の波を引き起こしてる」とか「民主党は子殺しを支持している」とも主張しているが、こうした事実にもとづかない彼の一方的な“口撃”が、民主主義先進国といわれるアメリカで許されているのが不思議でならない。

 

あえて本作の結末をいっちゃえば、ソ連に負けてはならぬと月面着陸のフェイク映像をつくって全世界をだまそうとしたニクソン政権だったが、結局は勝ったのは「フェイク」ではなく「リアル」だった。

「フェイクを100回言い続ければそれがリアルになる」とうそぶく政府に対し、ケリーやコールたちが貫いたのは「どんなにフェイクにフェイクを重ねても、真実には勝てない」ということだった。

現実のアメリカでは、なぜかフェイクを許す空気が充満していて、つい最近も、「X」のオーナーのイーロン・マスク氏が自らルールに反するフェイク動画を拡散している、とのニュースが流れた。

そんな今のアメリカのおかしな“風土”を、本作は皮肉まじりに笑い飛ばしている気がして、溜飲の下がる思いがした。

 

ちなみにタイトルの「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」は、1954年にバート・ハワードが作詩・作曲した同名のジャズのスタンダード・ナンバーに由来している。日本語では「私を月に連れてって」といった意味だが、もともとの曲のタイトルは「In Other Words」で、直訳すれば「言い換えれば」とか「別の言葉でいえば」となり、恋人への愛をうたうロマンチックな曲。「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」は歌詞の中にあり、ちょうどアポロ計画が盛り上がり始めた1963年に、ペギー・リーが作者を説得してタイトルを変えたというエピソードがあるそうだ。

1964年にフランク・シナトラがカバーして爆発的なヒットとなったが、シナトラ・バージョンの録音テープはアポロ11号に積み込まれ、人類が月に持って行った最初の曲になったんだとか。