きのうは、9月というのに続く猛暑から抜け出そうと、思い立って北八ヶ岳へ。
八ヶ岳は南北に長~い連峰を形成しているためアクセスルートはいろいろある。
中央本線の小淵沢駅で小海線に乗り換えて、清里駅や野辺山駅下車で向かうルートもあるが、北八ヶ岳に行くには小淵沢から1つ先の茅野駅下車が便利らしい。
JR特急の朝1番の列車は新宿駅午前7時発の松本行き特急あずさ1号で、茅野駅到着は9時07分。
ところが、自宅から最寄り駅に向かう途中、ネットでチケットをゲットしようとしたら、何と満席と判明(ちなみに同列車に自由席はなく全席指定席)。朝の下り列車だから空席が多いと思ったらとんでもなかった。やむなくグリーン車で、ちょっと高いけどラクチン乗車。
茅野駅からはバスで、こちらはラクに座れて北八ヶ岳ロープウェイに向かう。
揺られること1時間ほど、10時11分にロープウェーの「山麓駅」到着。
同20分発のロープウェイで約7分。
標高2237mの「坪庭」到着は10時27分。気温は18℃ぐらいで、都会の猛暑を忘れてしまうほどの涼しさ。
めざすは北八ヶ岳の主峰のひとつ北横岳(2480m)だが、一気にケーブルカーで山頂直下までやってこれるのがこの山の魅力なのである。
そしてこの北横岳およびふもとの「坪庭」は、なかなか興味深い特徴を持ってもいるのだ。
八ヶ岳は、本州中央を縦断する大地溝帯(フォッサマグナ)に沿って噴出した火山群で、長野県中東部と山梨県北部にまたがる20以上のピークを持つ山々の総称。八ヶ岳の名称は、山麓から八つのピークが確認できるためとする説が有力だが、主峰は標高2899mの赤岳。夏沢峠を境にして北を北八ヶ岳、南を南八ヶ岳と呼んでいて、南と北とではそれぞれ表情が違う。
主峰の赤岳がそびえる南八ヶ岳は高山性で岩稜地帯が多く荒々しいイメージなのに対して、北八ヶ岳は森林や池、苔が多く、おだやかな山並みが特徴。つまり、南は険しく、北はおだやかというわけで、その北八ヶ岳を代表するのが標高2480mの北横岳。
ふもとから見ると、横幅の広い、どっしりとした山容であることからこの名がついたといわれるが、南と北の山容の違いは、火山の噴火によってつくられた八ヶ岳の成り立ちによるものという。
度重なる噴火によって高くそびえるような山が形づくられたのが南八ヶ岳。ただし、約20万年前には活動を終えた古い山ばかりで、長い年月をへて浸食が進み、それで険しい山並みとなった。
一方、約10万年~数千年前の火山活動でできた比較的新しい火山群が北八ヶ岳。このためあまり浸食が進んでおらず、なだらかな山容を維持している。
新しい火山群だけにまだ火山活動が続いていて、八ヶ岳の山々がいずれも休火山であるのに対して、唯一、活火山に指定されているのが、やさしい印象の北横岳なのだ。
遠くから見るとやさしい印象だが、溶岩で形づくられた山なので実際に歩いてみると岩ゴロゴロの岩山でもある。
その北横岳の登り口、標高2200mほどのところにあるのが「坪庭」と呼ばれる溶岩台地。自然がつくった景観がまるで坪庭のようだというのでこの名がついた。
北横岳とその南東にある縞枯山に挟まれた地点で、国定公園第一種特別保護地域に指定されている。
坪庭を形成しているのは「八丁平溶岩」と呼ばれる溶岩だが、極めて新しくできた溶岩であり、放射年代測定によると、約600~800年ぐらい前、つまり室町時代から鎌倉時代の噴火によってできた溶岩ではないかといわれている。
何万年前とか何十万年前とかいう火山噴火の歴史からいったらごく最近の出来事であり、そんな新しくできた地形であるがゆえに、坪庭には面白い現象があらわれている。
森林の分布は高度によって変わっていく。標高2500mくらいをすぎると森林限界をすぎた高山帯といって、森林はなくなり、ハイマツなどの低木類と高山性の植物の世界となる。標高1600~2500mくらいまでが亜高山帯と呼ばれ、針葉樹が主となりマツ科の常緑樹シラビソなどがあらわれる。その下が山地帯、さらに下ると丘陵帯となり、落葉・常緑の広葉樹が主となる。
坪庭は2200mほどなので、森林分布でいえば亜高山帯なのに、本来ならこの標高帯では見られない高山帯に見られるようなハイマツや、高山植物が自生している。
その理由は、溶岩流の噴出が新しいため、表土のたい積がほとんどなく、いまだ溶岩がむき出しになっていて土壌の発達が悪い。つまり地質が貧弱なため植生が十分に発達しておらず、標高がさらに高いところの高山帯の植物しか生きられなくなっているようだ。
坪庭の途中から登山道に入り、北横岳に登っていくと、今度は坪庭のハイマツ帯の上部に亜高山帯の針葉樹林が復活して、コメツガ、シラビソなどの中を歩くことになる。
つまり、ここでは高山帯と亜高山帯の逆転現象が起こっていて、地質が植生に影響を及ぼしている一例とされている。
高山植物が9月になってもまだ咲いていた。
北八ヶ岳の山には“縞枯れ”と呼ばれる現象がみられるのも特徴。大規模な縞枯れは蓼科山や縞枯山などで見られる。
これは、等高線方向に帯状に樹木が集団枯死する現象で、遠景では立枯れた樹木の幹が白い縞のように見える。この現象は北八ヶ岳のほかに北は八甲田山系、南は大峰山系などでも見られるが、亜高山帯の針葉樹であるシラビソ、オオシラビソの優占林に限って見られるという。
その原因としては、斜面を吹き抜ける風向が一定した卓越風の存在が考えられていて、樹木が揺れることで枝葉や根が損傷を受けたり、乾燥したり、あるいは樹木の枯死による日射が強くなることなど、さまざまなストレスが複合して枯死に至ると考えられている。
一方で、立枯れた跡には新たな木が芽生えて成長していくので、山の自浄作用によるものなのかもしれない。
坪庭から1時間ほどで北横岳ヒュッテに到着。
北横岳の南峰直下、標高約2400mに立地する山小屋だが、今ごろの時期、平日は閉まっているようだ。
ここから15分ほどで南峰到着。
何と、ふもとから山頂まで1時間ちょっとで行けるのだから、八ヶ岳で一番ラクなコースかもしれない。
北横岳は南峰と北峰があって、南峰は標高2471・6m。ここから尾根を歩いて数分で標高2480mの北峰。
修那羅大天武(しゅならだいてんぶ)の石碑。
江戸時代末の修験者という。
ところが、ここで天気急変。急にあたりがガスに包まれてきて、眺望がなくなる。
ありゃありゃと思ったらポツリポツリと雨が降ってきた。
朝、家を出るとき、午後は大気の状態が不安定になるので要注意とのアナウンスがあったが、こんなに早く降り出すとは。
あわててNHKニュース・防災のサイトを開き、雨雲のマップを見ると、北横岳と坪庭周辺だけに雨雲がかかっていて、やがて通りすぎるとの予報。
待っていると10分ほどで雨はやみ、青空も見えてきたが、遠くの景色はかすんでいて見えない。
遠くの景色が何となく見えるようになってきたところで、下山開始。
しかし、天はわれを見捨ててはいなかった!
下山途中、鳥の声が聞こえてきたが、「チュリリリリリリ」と、まるで鈴の音みたいに美しい響き。
やがて、にわかに降った雨のおかげで登山道にはところどころで水たまりができていて、水を飲みにきた鳥を発見。
何と、世界中で日本にしかいないというカヤクグリではないか。
日本国内では広い範囲に分布しながらも、日本列島以外には生息しない日本固有種で、イワヒバリ科カヤクグリ属に分類される鳥だ。
ちょうどにわか雨が降った直後で、みなさん雨を避けたのだろう登ってくる人はいない。それで山は静かで、カヤクグリも安心して姿をあらわしたのだろう。
水を飲んだあと岩の上に少しとどまっただけで、すぐに背中を向けて飛び立っていった。
全身こげ茶色に見える目立たない感じの鳥だったが、愛らしさは格別だった。
都会で暮らすわれわれにとって、カヤクグリなんて絶対に見ない鳥だ。冬になると標高の低い山にまで降りてきたり、ときには丘陵地や平地にもやってくるというが、ふだんは高い山の針葉樹林や、その上のハイマツ帯で繁殖している。
カヤクグリは「遺存固有」の種類、という話も聞く。
かつては広く分布してたが、競争相手となる鳥の出現によって追いやられ、高い山などに移っていってそこで何とか生き残っているというのだ。
何より印象的なのはその名前。
カヤクグリとは、漢字で書くと「茅潜」あるいは「萱潜」。
「カヤ」とは何かというと、漢字では「茅」あるいは「萱」の字を当てられているが、本来は違う意味なんだとか。
「茅」にしても「萱」にしても、もともとは「カヤ」を意味してなくて、「茅」は「チガヤ」、「萱」はススキノキ科のカンゾウ、別名ワスレグサのこと。ではもともとの「カヤ」はというと、屋根を葺くのに用いるイネ科、カヤツリグサ科の草木の総称で、早い話が「草」のことなのだという。
つまり、そうしたススキやチガヤ、スゲなどが生い茂っているのが「カヤ」であり、生い茂ったカヤの下に隠れるようにして移動する鳥を見た昔の人は「カヤの中をくぐり抜けている」というのでつけたのが「カヤクグリ」という名前なのだろう。
室町時代にまとめられた国語辞典の一種(文明本節用集)に「かやくぐり 小鳥なり」との記述があるから、すでにそのころからカヤクグリと呼ばれていたようだ。
昔の人は風流だなー。
下山後は、坪庭を散策。
だいぶ青空が見えてきた。
遠くには山が連なっている。アルプスの山並みか。
ロープウェーで山麓へ。
14時45分発のバスで茅野駅へ(8月まではもっと遅いバスもあったが、9月になるとこれが最終便)。
茅野駅到着は15時35分ごろ。
同42分発のあずさ42号新宿行きにギリギリ間に合う。
18時すぎ、JR西荻窪駅で下車して、ビストロ「山下食堂」でおいしいワインとおいしい料理に舌鼓。
ワインはイタリア・シチリアの赤ワイン。
海老と茸のサラダ、ゴルゴンゾーラソース
秋刀魚と茸のスパデッティ、ディルバターの香り
涼を求めての充実した山とグルメの1日となった。