チリの赤ワイン「モンテス・アルファ・カベルネ・ソーヴィニヨン(MONTES ALPHA CABERNET SAUVIGNON)2020」
(写真はこのあとサーロインステーキ)
「チリ発、チリ人だけのチリワインカンパニー」として1988年に創業したモンテスのワイン。
ブドウの栽培地はチリでも特にカベルネ・ソーヴィニヨンに適しているといわれるコルチャグア・ヴァレー。アンデス山脈よりも海岸山脈に近いため、適度に冷たい潮風の恩恵を受けて昼夜の気温差が大きく、カベルネ・ソーヴィニヨンらしい、清涼感と酸をしっかり備えた上質なブドウが収穫されるのだとか。
ワインの友で観たのは、NHKBSで放送していたアメリカ映画「小説家を見つけたら」。
2000年の作品。
原題「FINDING FORRESTER」
監督ガス・ヴァン・サント、出演ショーン・コネリー、ロブ・ブラウン、F・マーレー・エイブラハム、アンナ・パキンほか。
ショーン・コネリー演じる世間と隔絶した偏屈な老作家と、文才豊かな16歳の黒人高校生との友情を描く人間ドラマ。
ニューヨークのブロンクスに住む高校生ジャマール・ウォレス(ロブ・ブラウン)は、プロのバスケットボール選手を夢見つつも、実は大変な文学少年だった。
ある日、ジャマールはバスケ仲間にそそのかされて、長年、アパートの部屋に引きこもっている謎の老人の部屋に忍び込む。
ところが、慌てて逃げて老人の部屋にリュックを置き忘れてしまう。リュックの中には彼が秘密にしていた自分の創作ノートが入ってた。やがて、彼のもとに戻ってきたリュックの中のノートには、赤字で老人の批評がびっしりと書かれていた。
実は老人は、40年前にピュリツァー賞に輝いた処女作一冊だけを残して文壇から消えた幻の小説家、ウィリアム・フォレスター(ショーン・コネリー)だった。
2人の間にはやがて師弟関係のような友情が生まれ、ジャマールは文学の才能を開花し、フォレスターは長年閉ざしていた心を開いていくが・・・。
ショーン・コネリーが脚本に惚れ込んでプロデューサーを買って出たという。
音楽は「虹の彼方に」(Over the Rainbow)が心地よくアレンジされて流れていた。
高校生役のロブ・ブラウンは実年齢の16歳で出演。演技経験のない全くの素人だったそうで、彼は最初、携帯料金に必要な300ドルをもらえればいいやぐらいの感覚でエキストラのオーディションを受けたが、監督のガス・ヴァン・サントの目に留まって主役の高校生役に抜擢されたという。
その後「コーチカーター」(2005年)「レッスン!」(2006年)「エクスプレス/負けざる男たち」(2008年)「クリミナル・ミッション」(2015年)などに出演している。
映画の最後に、マット・デイモンが小さな役でサプライズ出演(ノンクレジットのカメオ出演)していた。監督のガス・ヴァン・サントは、マット・デイモンが主演とともに脚本も書いて一躍脚光を浴びた「グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち」(1997年)の監督でもあるから、恩返しの出演だろうか。あるいは、本作は「グッド・ウィル・・・」のストーリーにどことなく似ている。ひょっとして「グッド・ウィル・・・」からアイデアをいただき、そのお礼に監督のほうから声をかけたのか。
原作はジェームス・W・エリソン作の「小説家を見つけたら」で、日本ではソニー・マガジン文庫から出ているが、発行日は2001年3月。日本の映画公開と同じ時期だから映画とのタイアップで出版されたのかも。
原題は「FINDING FORRESTER」だが、邦題では「フォレスター」が「小説家」となっている。これはこれでわかりやすいタイトル。
ついでにその前に観た映画。
かなり昔にNHKBSで放送していた日本映画「秋刀魚の味」。
1962年公開。
監督・小津安二郎、脚本・野田高梧、小津安二郎、出演・岩下志麻、笠智衆、佐田啓二、岡田茉莉子、中村伸郎、東野英治郎、北竜二、岸田今日子、杉村春子、加東大介ほか。
がんのため60歳の誕生日に亡くなった小津安二郎監督の遺作となった作品。
老いと孤独をテーマに、妻に先立たれた初老男性と結婚適齢期を迎えた娘の心情を細やかに描き出す。2013年に松竹と東京国立近代美術館フィルムセンターの共同作業によってつくられたデジタル修復版で視聴。
サラリーマンの平山周平(笠智衆)は妻に先立たれ、24歳になる長女・路子(岩下志麻)に家事の一切を任せて暮らしている。友人に路子の縁談を持ちかけられても、結婚はまだ早いと聞き流してしまう。
そんなある日、中学の同窓会に出席した周平は、酔い潰れた元恩師・佐久間(東野英治郎)を自宅に送り届ける。そこで彼らを迎えたのは、父の世話に追われて婚期を逃した佐久間の娘・伴子(杉村春子)だった。
それ以来、周平は路子の結婚を真剣に考えるようになるが・・・。
題名は「秋刀魚の味」だが、周平がかつての学友で今は互いに出世した友人たちと料理屋で酒を飲んだり料理を食べるシーンは繰り返し出てきても、サンマは一度も出てこない。それでも小津監督はどうしても題名を「秋刀魚の味」にしたかったようだ。
彼は20歳で松竹キネマ蒲田撮影所に入社。24歳で監督としてデビューするが、日中戦争さなかの1937年、33歳のときに召集され、毒ガス兵器を扱う部隊に配属されて中国を転戦。中国大陸5000キロを踏破したという。
2年後に帰還し、いったんは召集解除となるが、太平洋戦争が始まると今度は軍の報道部映画班員として南方に派遣され、シンガポールで終戦を迎える。
彼は戦地で日記や陣中日誌をつけていて、その中には日本での思い出が繰り返し出ており、中でもサンマの味が忘れられなかったようで、サンマを食べたいという文章もあるほど。
戦後、日本に戻ってから監督に復帰。次々と作品をつくるが、生涯独身を通し長く共に暮らした母あさゑさんが1962年2月に亡くなったときには、葬儀のあと、日記にこう書いている。
「もう下界はらんまんの春、りょうらんのさくら、此処にいてさんまんの僕は『さんまの味』に思いわずらう。さくらはぼろのごとく憂鬱にして、酒はせんぶりのごとくはらわたににがい」
そして、同年11月に公開したのが本作だった。
愛する人を失ったときによみがえるサンマの味。それは旨さよりも苦さだったようだ。
同時にそれは、自分が体験した“戦争というはらわた”の苦さでもあったのではないか。
映画の中で、周平は亡くなった自分の妻にちょっと面差しが似ているというママ(岸田今日子)がいるトリスバーで、かつて海軍にいたときの部下(加東大介)とバッタリ出会う。
部下のリクエストによる「軍艦マーチ」が流れる中、その部下は「戦争に負けてアメリカの真似ばかりする日本が情けない」と憤慨するが、周平は微笑みながらこうもらす。
「負けてよかったじゃないか」
映画の終りの方では、とうとう娘を嫁にやり、結婚式の帰りにふたたびトリスバーにやってきた周平。ママが気を利かして軍艦マーチを流すと、周平のとなりに座っていた2人の客が浮かれてこんなやりとりをする。
「大本営発表! 帝国海軍は今暁5時30分、南鳥島東方海上において・・・負けました」
「そう、負けました!」
大笑いする2人を、苦笑いとも悲しみともつかない表情で見る周平。
そこには、娘の結婚による寂しさもあるだろうが、戦争中に自分が体験した苦難、戦後の混乱での苦難が二重三重写しになっている気がした。
民放のBSで放送していたアメリカ映画「マイ・ルーム」。
1996年の作品。
原題「MARVIN'S ROOM」
監督ジェリー・ザックス、出演ダイアン・キートン、メリル・ストリープ、レオナルド・ディカプリオ、ロバート・デ・ニーロほか。
白血病と診断された女性、そして認知症の父をめぐり、長年絶縁状態だった妹とその家族の再会と新しい絆を描くヒューマン・ドラマ。
母子家庭で手に職をつけるため、美容師をめざして美容学校に通うリー(メリル・ストリープ)。レーサーだった夫と離婚後、女手ひとつで2人の子どもを育てているが、ある日、もうすぐ18歳で反抗期の長男ハンク(レオナルド・ディカプリオ)が家に火をつけてしまう。住む家を失ったリーはハンクと次男のチャーリーを連れて、20年ぶりにフロリダの実家へ帰る。
姉のベッシー(ダイアン・キートン)は、寝たきりで認知症の父マーヴィンと叔母ルースの面倒をみていて、結婚もしていない。彼女は体調不良を感じて主治医のウォーリー(ロバート・デ・ニーロ)の診察を受けるが、骨髄性白血病と診断される。そんなところへ帰って来たリーとその息子たち。
他人のために自分の人生を犠牲にするなんてまっぴらだとドライに考えるリーと、父親と叔母に献身的に尽くすベッシーでは全く考えが相容れず、20年、音信不通だった2人の溝はなかなか埋まらない。
ベッシーの心を動かしたのは、寝たきりの父親に付き添うベッシーが鏡に日の光を反射させて部屋中に映し出してできる光の景色を、父と娘で目を輝かせて見る姿だった・・・。
原作の戯曲に惚れ込んだロバート・デ・ニーロがプロデューサを買って出て、自身も脇役で出演。
レオナルド・ディカプリオはこの映画のとき22歳、メリル・ストリープ47歳でみんな若い。
原題は姉妹2人の父親で寝たきりのマーヴィンが寝起きする部屋を意味する「マーヴィンの部屋」。それが邦題では「マイ・ルーム」。
「マ」で始まるだけは一緒なんだが・・・。