東京・恵比寿の東京都写真美術館で開催中の「世界報道写真展2021」に行く。
1955年にオランダのアムステルダムで世界報道写真財団が発足。その翌年から始まったドキュメンター、報道写真の展覧会である。
毎年1~2月にかけて主に前年に撮影された写真を対象にした「世界報道写真コンテスト」が開かれ、そこで選ばれた入賞作品を世界中の約120の会場で展示する。
報道写真の賞といえばピューリッツアー賞が有名だが、同賞はアメリカにおける新聞、雑誌、オンライン上の報道や文学、作曲に対する賞であり、ジャーナリズム部門ではあくまでアメリカで発行された新聞等に掲載されることが第一の条件となる。
これに対して、文字通り世界中で活躍するプロ写真家の作品を対象としているのが「世界報道写真コンテスト」だ。
第64回目を迎えた今回は、130の国と地域の写真家4315人から計74470点の応募があり、展覧会では入賞した28 カ国45 人の作品約160点が紹介されている。
テーマは「現代社会の問題」「一般ニュース」「環境」「自然」「長期取材」「スポーツ」「スポットニュース」「ポートレート」の全8 部門。
入賞者の中からその年の最も優れた作品に対して世界報道写真大賞が贈られていて、今年はデンマークのマッズ・ニッセン氏の「初めての抱擁」が選ばれた。
キャプションには、2020年8月5日、ブラジルのサンパウロにあるヴィヴァ・ベム介護施設で、新型コロナウイルスの感染防止の「ハグカーテン」越しに看護師のアドリアナ・シルヴァ・ダ・コスタ・ソウザに抱きしめられるローザ・ルジア・ルナルディ(85)、とある。
苦しみ、悲しみ、喜び、希望、あらゆる思いがこの1枚の写真に凝縮している。
「私たちは生きる」と写真は訴えている。
万の言葉をしのぐ、これぞ写真のすばらしさ。
ほかにも印象に残る写真がいくつもあったが、今年は明るいハッピー写真が少ない気がした。
コロナ禍でもあり、暗い世相が世界を覆っているのだろうか。
展覧会は日本人の多くが知らない世界の現実をも教えてくれる。
たとえば、複数の写真で1つのテーマを表現す る「世界報道写真ストーリー大賞」に選ばれたのは、イタリアのアントニオ・ファンシロンゴ氏の 「ハビビ」。イスラエルで長期間拘束されているパレスチナ人とその家族を追った作品で、「ハビビ」はアラビア語で「私の愛」を意味している。
イスラエルで長期間拘束されているパレスチナ人は約4200人もいて、中には20年以上拘束され続けている人もいるという。
「リボーンベビー」という言葉もこの展覧会で初めて知った。
リボーンベビーとは、本物の赤ちゃんそっくりのシリコン製の人形のことで、1990年代にアメリカで生まれ、今や世界中で愛されているという。写真を見ると超リアルで、本当に生きているのではと思わせるほど。
リボーンベビーを求めるのは子どもを失ったり持てない人だけでなく、癒やしを求める人などにも人気という。
銃社会のアメリカを写し取った写真もあった。家庭が所持している銃火器を並べて撮影したポートレートを見ると、ごくふつうの人が何十丁もの銃を誇らしげに見せている。
アメリカの市民が平気で銃を所持しているのは、武器保有権を認めた憲法修正2条の「規律ある民兵は自由な国家の安全にとって必要であるから、人民が武器を保有し、または携帯する権利は、これを侵してはならない」という規定に基づくものだが、この条文が成立したのは1791年のこと。以来230年間、ずっと変わらずに今日に至っている。
展覧会のあとは恵比寿駅近くの板蕎麦「香り家」でそばをたぐる。
報道写真展を見て厳粛?な気持ちになっているので、せっかくのそば屋だが、酒はなし。