東京・小平市にある武蔵野美術大学美術館で開催中の3つの美術展、入場無料で、かかるのは交通費だけ、というので観に行く。
ひとつは「オムニスカルプチャーズ——彫刻となる場所」。
「オムニスカルプチャー」とは何ぞや。
「スカルプチャー」は彫刻の意味だから、「全方位の彫刻」ということか。
そもそも平面に描かれる絵画と異なり、彫刻は立体であるからして、前から後ろから横から上から、下から(は無理だが、下が透明なら可能かも)どんな角度からもながめられるから、全方位は当たり前といえば当たり間だが、今回は11人の作家たちの作品が互いに対峙し、あるいは共生する中で、彫刻の新たな可能性を探るのがねらいのようだ。
参加した作家は、戸谷成雄、舟越桂、伊藤誠、青木野枝、三沢厚彦、西尾康之、棚田康司、須田悦弘、小谷元彦、金氏徹平、長谷川さちの11人。
たしかに、1つ1つの作品はけっして1つではなく、隣の作品とときににらみ合い、ときに語り合いながら配置されている。
だから作品を理解するには会場に来てもらうしかなく、個々に紹介してもしょうがないのだが、一応いくつかを・・・。
三沢厚彦「Animal 2020‐3」(2020年)(樟、油彩)(右)と長谷川さち「nebula」(黒御影石)(2021年)(手前)。
戸谷成雄「横たわる男」(水目)(1971年)
西尾康之「磔刑」(陰刻鋳造、硬質石膏、木、鉄)(2021年)
金氏撤平「Smoke and fog」(ガラス、ガラス製品、プラスチック製品)(2015年)
小谷元彦「消失する客体」(木、鉄)(2020年)
棚田康司「h143の女性像」(樟の一木造り、オイル、樹脂、スパンコール)(2018年)
青木野枝「立山/小平」(鉄、石鹸)(2021年)
(美術館がある小平で石鹸を立てているのでこのタイトルになったんだとか)
船越桂「スフィンクスに何を問うか?」(樟に彩色、大理石、革)(2020年)
伊藤誠「星座」(鉄、油彩、画鋲)(2018年)
続いて見たのは「片山利弘 領域を超える造形の世界」。
片山利弘はグラフィック・デザイナーとして名高い人。
幾何学デザインのグラフィック作品はどれもすばらしい。
3つめは「膠を旅する──表現をつなぐ文化の源流」。
膠(にかわ)とは、動物の皮や腱、骨、結合組織などを煮出し、コラーゲンという繊維質の高タンパク排出液を濃縮し、固め、乾燥させてつくられたもの。膠の語源としては「煮皮」が「にかわ」となったとの説があり、漢字の「膠」は当て字か。
日本画の伝統的画材として膠は欠かせないもので、絵具だけでは画面に定着させることができないため、接着剤として用いられる。膠液を混ぜて筆で絵を描き、それがゆっくりと乾きながら画面と絵具が接着し、絵具そのままの色彩表現が可能となる。
主に日本画用の膠として使われたのは三千本膠と呼ばれる棒状の膠で、原料は牛の皮。牛1頭につき3千本つくられるので三千本膠と呼ばれる。しかし、牛が利用されるようになる以前は鹿が用いられていたという。
後漢(25年~220年)時代の薬学書「神農本草経(しんのうほんぞうきょう)」には「鹿膠」の記載があり、薬用として用いられたとあるが、やがて紙が登場するようになると絵画にも鹿膠が用いられるようになり、日本にも伝わってきたと考えられる。
このように連綿と日本画の歴史を支えてきた膠だが、今、伝統的な手工業による膠の生産は途絶えているという。
そこで武蔵野美術大学では共同研究として「日本画の伝統素材『膠』に関する調査研究」を行っていて、膠づくりの歴史的・社会的背景を見つめ直す現地調査の旅の成果発表展。
大崎商店の膠。
姫路は皮革産業が昔から盛んで、伝統技術による日本画用の三千本膠が長年にわたりつくられてきた。しかし、後継者不足から製造中止になっていたが、姫路の大崎商店が復活に取り組んでいる。
現行の膠。
テンペラ画などヨーロッパ絵画では、古くからウサギの膠が用いられてきたという。
膠の展覧会にあわせて、同大学美術館のコレクションの中から丸木位里、俊夫妻が描いた「原爆の図 高張提灯」が展示されていた。(写真は部分)
同図は本共同研究をきっかけに昨年同館に収蔵されることとなり、本展が初公開の場となったという。
帰りはJR西荻窪駅下車。何年ぶりかで「鞍馬」へ。
まだ緊急事態宣言下で酒は飲めないので蕎麦だけ。
久しぶりの味を楽しむ。