東京・上野の国立西洋美術館で開催中の「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」に行く。
上野駅の公園口が新しくなって、駅前は広場になり、信号もなくなった。
本展は当初3月から開催予定だったが、延期されてようやく開幕。
イギリスが誇る世界屈指の美の殿堂、ロンドン・ナショナル・ギャラリーが、200年の歴史で初めて、館外で大規模な所蔵作品展を開くというもの。61作品、すべて初来日というのだから観にいかないわけにはいかない。
ヨーロッパの著名な美術館の多くが王室のコレクションの公開から始まっているのに対し、ロンドン・ナショナル・ギャラリーは英国議会によって創設されたというから、美術品の収集方法もほかのヨーロッパの美術館とは一味違っていて、意外な傑作とも出会えるかもしれない、と期待を込めて行く。
事前予約制なので混雑することなく、じっくりと名画を鑑賞できたのは幸いだった。
以下に、印象に残った作品のいくつかを紹介しよう。
入場早々、いきなり名画と出会う。
パオロ・ウッチェロの「聖ゲオルギウスと竜」(1470年ごろ)。
聖ゲオルギウスは小アジアのカッパドキア出身の殉教聖人。「黄金伝説」によると、彼がトルコ西部のシレネを通りかかったところ、近くの湖には恐ろしい竜が棲んでいて、今まさに王女が生け贄として捧げられようとしているところだった。
たまたま通りかかったゲオルギウスは竜退治に乗り出すものの、最後まで竜をやっつけず、竜の首に紐を巻きつけてその先を持つように王女にいう。ゲオルギウスは王女とともに竜を町までひきずっていき、人々の前で竜を退治。その勇姿を見て、町の人々はキリスト教に帰依した、という故事を描いたのが本作。
ウッチェロは初期ルネサンスの画家で、遠近法を駆使する画家として知られるが、この絵は遠近法をマスターしようとしていたウッチェロの最初期の作品という。
ウッチェロは1397年の生まれだが、同時代の画家に1395年ごろの生まれのピサネロがいる。ピサネロの作品の中にも「聖ゲオルギウスと王女」と題するフレスコ画があり、1438年ごろの作品と伝えられている。イタリア・ヴェローナのサンタナスタジア聖堂の壁画として描かれていて、何年か前、ヴェローナに旅してこの絵を見て以来ピサネロのファンになったが、ウッチェロの「聖ゲオルギウスと竜」を見てあらためてピサネロを思い出した。
カルロ・クリヴェッリ「聖エミディウスを伴う受胎告知」(1486年)。
ダ・ヴィンチの「受胎告知」には大天使ガブリエルと聖母マリアしか描かれていないが、この絵には背景としてさまざまな一般人が登場している。まるでみんなに見守られながらの受胎告知のようで、厳粛というより世俗感がうかがえる。
ヤコポ・ティントレット「天の川の起源」(1575年ごろ)。
ゼウスも女神もみんな天空に浮いている!
トマス・ローレンス「シャーロット王妃」(1789年)。
王妃が左腕ににはめているのは腕時計か?
もうそのころ腕時計が登場してたんだろうか?
フランシスコ・デ・ゴヤ「ウェリントン公爵」(1812―14年)。
スペインとフランスの戦争にイギリスはスペイン側を支援するため軍隊を派遣。このとき派遣軍を率いた軍人が初代ウェリントン公爵。
1812年8月、フランス軍から解放されたマドリードに入った直後のウェリントン公爵を宮廷画家であるゴヤが描いた作品。
気取った表情ではなく、ほおは上気し、いかにも戦が終わったばかりという雰囲気で、息づかいまで聞こえそうだ。
エル・グレコ「神殿から商人を追い払うキリスト」(1600年ごろ)。
まるでカミソリのような筆致。
ルカ・ジョルダーノ「ベラスケス礼賛」(1692―1700年ごろ)。
大きさとしては本展最大で、205.2×182.2cmもある。
スペインの貴族のファミリーポートレートというが、なぜ「ベラスケス礼賛」なのか?
実はジョルダーノが晩年に描いたベラスケスをオマージュした作品だという。
オマージュしたのはベラスケスの「ラス・メニーナス」だろうか。
当初、本作が1895年にナショナルギャラリーに寄贈されたとき、この作品はベラスケスの作品で、ベラスケスの娘か孫の婚約の場面を描いたものとされ、のちになってジョルダーノの作品とわかったらしい。
バルトロメ・エステバン・ムリーリョ「幼い洗礼者聖ヨハネと子羊」(1660―65年)
幼いヨハネのかわいくて愛らしいこと!
ジョン・コンスタブル「コルオートン・ホールのレノルズ記念碑」(1833―36年)。
一頭の鹿がミケランジェロの胸像を見上げているところが印象深い。
ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ ターナー「ポリュフェモスを嘲るオデュッセウス」(1829年)。
本展で一番よかった作品。まさに歴史画と風景画の融合だ!
いや、自然の風景の中に神話の世界が飲み込まれているというべきか。
ホメロスの「オデュッセイア」のエピソードにもとづく作品。トロイア戦争からの帰途、ひとつ目の巨人ポリュフェモスの棲む火山島に漂着したオデュッセウス一行は、ポリュフェモスに襲われ洞窟に閉じ込められるも、計略により巨人の眼を潰し、火山島から脱出した場面が描かれている。
しかし、人物は豆粒ぐらいでしか描かれていなくて、圧倒的に自然が主人公になっている。
船に乗ったオデュッセウスが巨人を嘲っているところも、よほど目を近づけないとわからないし、悔しがる巨人はちっちゃくシルエットで描かれている。
つまり神話の物語は絵の中に溶け込んでしまっていて、主役はあくまで太陽の光であり、大自然なのだ。
ほかにもゴッホの「ひまわり」、フェルメールの「ヴァージナルの前に座る若い女性」、レンブラントの「34歳の自画像」などなど、展示された絵はどれもこれも名画だった。
それでも、全部で61点なので比較的早く見終わり、時間があったので常設展も見て回る。
こちらは写真撮影もオーケーなので、パチリ。
カルロ・ドルチの「悲しみの聖母」(1655年ごろ)。
17世紀半ばのフィレンツェの画家カルロ・ドルチ39歳の作。ラピスラズリで描かれた青のマント。暗い背景に浮かぶ聖母マリアの美しくも悲痛な表情が見るものに訴えかける。
ウィリアム・アドルフ・ブーグロー「クピドの懲罰」(1855-56年ごろ)。
2015年購入で初展示作品という。
ミレー「春(ダフニスとクロエ)」(1865年)。
ギリシャ神話をもとにした若い2人の恋物語。身近な自然や農民などを描いたミレーも、こういう古典的なテーマで絵を描いていたんだ。でも登場人物はやっぱり素朴な感じ。
ギュスターヴ・ドレ「ラ・シェスタ、スペインの思い出」(1868年ごろ)。
クロード・モネ「睡蓮、柳の反映」(1916年)。
縦199.3×横424.4㎝という巨大な油彩画で、2016年にパリで発見されるまで不明なままだった。国立西洋美術館の礎となる美術品コレクションを築いた松方幸次郎がモネ本人から直々に購入し、フランスで保管してもらっていた作品だったが、第二次世界大戦が勃発してそのゴタゴタの中で行方不明に。約60年たってようやく見つかったものの、作品の上半分は欠損した状態だった。
作品の全体像が確認できるのは欠損前に撮影された白黒写真のみという中で、国立西洋美術館では修復作業を約1年間かけて実施し、2019年6月にお披露目となった。
修復では、欠損部分は歴史的資料としての価値を重視して、補われることなくそのままにされたという。
ケル=グザヴィエ・ルセール「小道の聖母マリア」(1890-92年ごろ)。
2018年購入の作品。
ロヴィス・コリント「樫の木」(1907年)。
これも2018年購入の作品。
藤田嗣治「坐る女」(1929年)。
昼食は、上野駅の新しい公園口の2階にできた和カフェでスダチうどんのセット。