ジェイムズ・A・マクラフリン著「熊の皮」(ハヤカワ・オステリ、青木千鶴訳)を読む。
2019年のアメリカ探偵作家クラブ賞(エドガー賞)最優秀新人賞に輝いた作品。
ミステリーというより自然と融合したような冒険ノワール。
主人公はアパラチア山脈の一角に位置する自然保護区で管理人の職を得たライス・ムーア。
アパラチア山脈はアメリカの東北部に位置し、北東から南西方向にのびる丘陵・山脈地帯。
ライスがいる自然保護区は私有のもので、18世紀から19世紀にかけての開拓期に伐採を免れ、以来ずっと裕福な一族によって保護されてきた7000エーカーあまりの広さを持つ原生林の山々だ。
これだけの広さの保護区を彼が1人で管理していて、見回りとともに生物学的な調査も行ったりもしている。
人里はなれた山奥で、まるで世捨て人のような毎日を送っているライスだが、むろん彼はただ者ではない。実は思い返すことすらためらわれる暗い過去を持っており、まるでジャングルのような自然保護区は彼にとっての隠れ場所でもあった。
そんなある日、手(前足)と胆嚢を切りとられ、皮を剥がれた熊の死骸が禁猟区であるはずの山中で発見される。熊の手(特に左手)と胆嚢は漢方薬や珍貴なものとして高値で取引される。密猟犯を捕らえるべく調査に乗り出したライスだったが、やがて忌まわしい彼の過去もあぶり出されてきて・・・。
自然と人間との関わりの描写が見事というほかはなく、いろんな動物や植物の名前が次々と出てくる。読んでいると森の声が聞こえてきて、読者もアパラチア山脈の大自然の中にいるような気分になる。これほど五感を刺激される小説はなかった気がする。
本書の著者自身、ヴァージニア州の山地に生まれ育ったというから、彼の体験がふんだんに盛り込まれているのだろう。
まるで不死身の男のような主人公のライス・ムーアもなかなか魅力的で、保安官事務所の女性受付係の品定めによれば、映画俳優のヴィゴ・モーテンセンに似ているらしい。ただし、「ロード・オブ・ザ・リング」のアラゴルンのように格好よく決めているときではなくて、「ザ・ロード」の必死になって生きる父と子の物語の父親役のときのほうだそうだ。