善福寺公園めぐり

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きのうのワイン+映画「悲しみは空の彼方に」

オーストラリアの赤ワイン「ベンチマークカベルネ・ソーヴィニヨン(BENCHMARK CABERNET SAUVIGNON)2019」

(写真はこのあとメインの牛ステーキ)f:id:macchi105:20220123160110j:plain

南オーストラリアのバロッサ・ヴァレーで5世代続くワイナリー・グラント・バージが手がける、カベルネ・ソーヴシィニヨン100%の引き締まったタンニンが魅力の赤ワイン。

 

ワインの友で観たのはNHKBSで放送していたアメリカ映画「悲しみは空の彼方に」。

1959年の映画。

原題「IMITATION OF LIFE」

監督ダグラス・サーク、出演ラナ・ターナージョン・ギャヴィン、サンドラ・ディー、スーザン・コーナー、ファニタ・ムーアほか。

 

人種差別の問題を盛り込み、愛と憎しみ、別れをきめ細やかな演出で描く感動作、というより悲しい悲しいドラマ。

1940年代、夫を亡くした女優志願のローラ(ラナ・ターナー)は、ニューヨークのコニーアイランドで、白人の夫に捨てられた黒人女性アニー(ファニタ・ムーア)と出会う。同じ年ごろの娘を持つ2人は、互いに同情しあい一緒に暮らすことになる。

白人のローラは、その美貌と演技力で女優として成功を収めていくが、その一方でアニーの娘サラ(スーザン・コーナー)は白人と黒人の母の間に生まれ白人に見えるため、18歳になると白人になりすまして生きることを決意し、母アニーの存在を否定して家を出ていってしまう。

白人の夫に捨てられ、娘からも嫌悪されながら、それでも娘のため日陰の身のまま生きる黒人の母・・・。

原題の「IMITATION OF LIFE」とは「まやかしの人生」という意味らしいが、マヘリア・ジャクソンのゴスペルが胸に迫る。

 

映画は時代の鏡という。

この映画がつくられたのは1959年で、あの時代はいくら黒人に同情的でも、結局、悲しい結末でしか描けなかったんだなと思う。

それで思い出したのが今年1月6日に亡くなった黒人初のアカデミー賞主演男優賞に輝いたシドニー・ポワチエの訃報だった。

新聞に載った追悼記事を読むと、ポワチエの出演で多くの人の印象に残るのは「野のユリ」「招かざる客」「夜の大捜査線」といった作品だが、いずれもリベラルな白人のつくり手たちが求めた理想の黒人像であり、映画の中の彼はいつも白人社会の中の“たった一人の黒人”として描かれていた、というようなことが書かれていた。

ということは、あのころはまだ「人種の壁」は歴然としてあり、その範囲内で白人が理想とする黒人像を演じるしかなかったのかもしれない。

ポワチエが本当に自分がやりたい役を演ずるようになったのは、彼が自分で監督をするようになって、人種のこだわりを突き崩すようになってからからという気もする。

 

1959年の段階では、アメリカの黒人の基本的人権は依然として認められておらず、公民権運動の高まりの中で、奴隷解放宣言から100年がたった1964年になってようやく人種差別を禁止する公民権法が成立した。

それでもまだ黒人差別の風潮は根強く残っているのが現実のようだ。