善福寺公園めぐり

善福寺公園を散歩しての発見や、旅や観劇、ワインの話など

きのうのワイン+「TOVE/トーベ」他

フランス・ボルドーの赤ワイン「シャトー・ラ・モーベルト(CHATEAU LA MAUBERTE)2018」

ボルドーのアントル・ドゥ・メール地区(ガロンヌ川とドルドーニュ川が合流する手前の三角州に位置し、その地形を形容する「二つの海の間」を意味する)の高台に位置し、3世代に渡りワインを手がけるシャトー。

メルロー60%、カベルネ・ソーヴィニヨン40%をブレンドし、飲みやすいワイン。

 

ワインの友で観たのは、民放のBSで放送していたフィンランドスウェーデン合作の映画「TOVE/トーベ」。

2020年の作品。

原題「TOVE」

監督ザイダ・バリルート、出演アルマ・ポウスティ、クリスタ・コソネン、シャンティ・ローニー、ヨアンナ・ハールッティ、ロバート・エンケルほか。

 

ムーミン」の作者として知られるフィンランドの作家トーベ・ヤンソンの半生をつづった物語。

第二次世界大戦下のフィンランドヘルシンキ。激しい戦火の中、画家トーベ・ヤンソンは自分を慰めるように不思議な「ムーミントロール」の物語を描き始める。

やがて戦争が終わると、彼女は爆撃でほとんど廃墟と化したアトリエを借り、本業である絵画制作に打ち込んでいくのだが、著名な彫刻家でもある厳格な父との軋轢、保守的な美術界との葛藤の中で満たされない日々を送っていた。

それでも、若き芸術家たちとの目まぐるしいパーティーや恋愛、様々な経験を経て、自由を渇望するトーベの強い思いはムーミンの物語とともに大きく膨らんでゆく。

そんな中、彼女は舞台演出家のヴィヴィカ・バンドラーと出会い激しい恋に落ちる。それはムーミンの物語、そしてトーベ自身の運命の歯車が大きく動き始めた瞬間だった・・・。

 

同性愛がフィンランドでまだ犯罪とされていた時代、32歳だったトーベは舞台演出家のヴィヴィカと出会い、女性同士で熱烈に愛し合うようになる。トーベには男性の恋人が、ヴィヴィカには夫がいたが、2人は、自分たちのセクシャル・アイデンティティを隠そうとはしなかった。

同性愛者の権利がヨーロッパでもっとも進んでいるといわれるフィンランドだが、1971年までは同性愛は犯罪、あるいは病気と見なされていた。同性結婚が合法化されたのは2017年であり、それ以前の2014年に議会で合法化に関する法律が可決され、ようやく施行に至ったのであった。

しかし、まだ同性愛者が冷たい視線にさらされていた時代から、トーベは人を愛することに何の偏見も持たず、自由な愛を求めていた。自分の心に偽らない真っ直ぐなその眼差しによって生まれたのが「ムーミン」だったのかもしれない。

 

ちなみに、世界の先進国とされる「OECD加盟国」(36カ国)の中で、同性婚またはパートナーシップがある国は26カ国に上り、法的制度がない国は、日本のほか、エストニア、韓国、トルコ、スロバキアスロベニアポーランド、チリ、ラトビアリトアニアの10カ国にしかすぎない。

 

ついでにその前に観た映画。

民放のBSで放送していたインド映画「あなたがいてこそ」。

2010年の作品。

原題「MARYADA RAMANNA」

監督・脚本S・S・ラージャマウリ、出演スニール、サローニ・アスワーニー、ナジニードゥ、スプリートほか。

 

インド南東部にあるアーンドラ・プラデーシュ州。インド洋に面する同州の内陸部、デカン高原南端にあるラーヤラシーマで、対立する2つの家は当主同士が一騎打ちをして互いに命を落とし、兄を殺されたラミニドゥは仇のラガワ・ラオの一族への復讐を誓う。

一方、ラガワ・ラオの息子ラーム(スニール)は母に連れられ村を去り、州都のハイデラバードに移り住む。月日がたち、貧乏ながらも明るく元気に働く青年となったラームのもとに、故郷のラーヤラシーマで広大な土地を相続したと連絡が入る。

過去のことなどまったく知らないラームは故郷へ向かうが、列車の中でアパルナ(サローニ・アスワーニー)という娘と出会い意気投合する。ラーヤラシーマに着いたところで彼女の家に招かれるが、彼女は、ラームの父親の宿敵の家の娘であり、彼女の父親は兄の仇としてラームの一族に復讐を誓っていた。

予想だにしなかった事態に巻き込まれたラームは・・・。

 

インド映画にお定まりの歌やダンスとともに楽しむ笑いたっぷりのラブロマンス。

S・S・ラージャマウリ監督は、1823年のバスター・キートンサイレント映画「荒武者キートン」を見て気に入り、この映画からインスピレーションを得て脚本を書いたという。

「荒武者キートン」は観たことがないが、舞台はアメリカ南部で、話の筋はかなり似ているようだ。ラージャマウリ監督も「(キートンの)映画をまねしたともいえるでしょうね、特に気にしてませんけど。この映画がとても気に入ったので、私なりのやり方で撮りたいと思った」というようなことを、いかにもインド人らしいおおらかさ?で語っている。

 

映画で使われている言語はテルグ語。映画の舞台となったアーンドラ・プラデーシュ州で使われている言葉で、同州と隣のテランガーナ州の公用語という。テルグ語を話す人はインドに約7400万人いるというから、1つの国ぐらいの人口がある。

インドの映画というと日本人にはハリウッドならぬボリウッドヒンディー語を中心としたインド・ムンバイの映画のこと)が有名だが、ボリウッドに次いで2番目の規模を誇るのがテルグ語の映画で、こちらはトリウッドという。

世界の映画産業の中で年間の映画製作本数、入場者数ともに世界トップはハリウッドではなくボリウッドであり、それに次ぐ規模だというのだからすごい。

 

14億人を超える人口のインドは多言語国家であり、少なくとも30の異なる言語があって、さらに方言はというと2000前後もあるといわれる。

そんなに言語が多くて困らないかというと、インド人にはマルチリンガルの人が多くて、インドの第一公用語とされるヒンディー語(主に北インドで話される言葉で4割超)、それに1947年までインドを植民地支配したイギリスの置き土産である英語、さらに自分が住む州の公用語の3つの言語をしゃべれる人がけっこういるそうだ。

ちなみにテルグ語を話す人はインド全体の7%超いて3番目に多いそうだ。

何よりテルグ語は、インド先住民族の言語のひとつという自負もあるだろう。

 

紀元前4000年から3500年前ごろ、インド最古の文明であるインダス文明を築いたのはインド先住民のドラヴィダ人といわれている。そのドラヴィダ人が話すのがドラヴィダ語族の言語で、タミル語テルグ語がこれに含まれる。ところがそこに、アーリア人が北西部から侵入してきた。アーリア人が持ち込んだサンスクリット語が変化したのがヒンディー語タミル語テルグ語とはまったく系統が異なる言語だ。

アーリア人は紀元前1000年ごろにはガンジス川流域まで影響力を広めて、ドラヴィダ人南インドの方に追われていったといわれる。

ドラヴィダ語族の言語の1つにタミル語があるが、国語学者大野晋氏が「日本語の起源はタミル語にある」との説を唱えたことでも知られる。

大野氏によれば、紀元前数100年のころ、南インドからタミル語を話す人たちが稲作、金属器、機織りといった当時の先端を行く文明を持ってやってきた。その文明は北九州から西日本を巻き込み、東日本へと広まり、それにつれて言語も以前からの言語の発音や単語を土台としつつ、基礎語、文法を形づくり、五七五七七の歌などとなっていった。こうして成立した言語がヤマトコトバの体系であり、その文明が弥生時代をつくった、というのだが、だとすると、アーリア人に攻められたドラヴィダ人か押し出される形で南インド、インド洋、さらには日本へとやってきたのだろうか?

そういえば映画では、目隠した鬼が追いかける「鬼ごっこ」のシーンがあった。日本の鬼ごっことまったく同じやり方をしてたが、これもひょっとしてインドから渡来した?

 

NHKBSで放送していたアメリカ映画「砦のガンベルト」。

1967年の作品。

原題「CHUKA」

監督ゴードン・ダグラス、出演ロッド・テイラー、アーネスト・ボーグナイン、ジョン・ミルズ、ルチアナ・パルッツィほか。

 

辺境の砦を舞台に、騎兵隊と先住民との壮絶な戦いをさまざまな人間模様を交えて描く西部劇。

流れ者のガンマンのチャカ(ロッド・テーラー)は、昔の恋人ベロニカ(ルチアナ・パルッツィ)が乗った駅馬車に偶然出会い、騎兵隊が守るクレンデノン砦まで護衛する。砦は飢えた先住民のアラパホ族に狙われており、チャカは司令官のバロア大佐(ジョン・ミルズ)に食料を与えるよう忠告するが、大佐は聞く耳を持たず、彼に忠実なハーンスバッハ曹長アーネスト・ボーグナイン)もチャカに敵対。やがてアラパホ族の奇襲が始まる・・・。

 

この映画では2つのテーマが絡み合っている。

ひとつは、アメリカにやってきた白人たちに土地を奪われ、飢餓に苦しむ先住民たちの苦しみだ。

アラパホ族はもともと北アメリカ中部のレッドリバーバレー流域でトウモロコシやカボチャ、豆などを栽培しながら暮していたが、肥沃な土地だったためもあり白人入植者に追われて18世紀には南西に移動させられ、19世紀ごろにはさらに南下していくしかなかった。

見知らぬ土地で飢えに苦しみ、怒りの矛先は白人たちに向けられていった。

もうひとつのテーマは砦を守る白人たちの反目だ。騎兵隊の司令官のバロア大佐は、かつてインドに駐屯していたころ、酒を飲みすぎて前後不覚になり連隊を全滅させてしまった過去があり、何としても自分は卑怯者ではないところを部下たちに示したかった。しかし、彼の強引な指揮ぶりに部下たちは反感を覚え、反乱の動きが始まろうとしていた。

一方で先住民と白人の騎兵隊の間に立ったのが主人公のチャカだ。

彼は流れ者として低く扱われていて、寝床にあてがわれたのも馬小屋の藁の上だった。しかし、彼は早撃ちのガンマンである一方、人間的な心を持った人物であり、自分も貧しかったことから先住民たちの置かれた立場に同情していて、アラパホ族のキャンプ近くを通ったときには酋長らに干し肉を渡し、飢えを救ったことがあった。

そんな三者の苦悩を描いたのが本作。ハデなドンパチもあるが、単なる善玉・悪玉のワンパターンに終わらない異色の西部劇といえる。

 

本作は、チャカを演じたロッド・テーラーがプロデューサも買って出ている。

彼は本作の4年前にヒッチコック監督の「鳥」に出演していた。「鳥」は鳥たちの理由なき襲来とそこに織りなす人間心理を描いた作品だった。テーラーは「鳥」に出演したことでインスピレーションを得て、心理劇と西部劇との融合を考えたのではないだろうか。

ハナダイコンかオオアラセイトウ(諸葛菜)か

日曜日朝の善福寺公園は薄曇り。きのうと同じで、始め空気が冷たかったが、やがて暖かくなる。

 

けさのカワセミは、上池の、いつもはオスの文二がいるあたりに、サクラらしいメスのカワセミ

しかし、文二はいない。

ひょっとして交代で巣づくりに出かけているのだろうか。

亭主のいない留守を預かる恋女房?

 

あとで聞いた話では、同じ上池の反対側をテリトリーにしていたオスの三郎は、ここ1週間ほど姿をみなかったが、けさは現れたという。

けさは下池でも、鳴きながら飛んでいく姿を見たが、どうやらあれはオスの小四郎のようだ。

三郎、小四郎の彼女はいつ現れるのだろうか?

 

相変わらず仲のよさそうなオオバンカップル。

 

川辺にはキセキレイ

 

今、公園では春の花が次々に咲いている。

春は黄色い花が多いのか、レンギョウ(連翹)。

中国原産で、江戸時代に渡来したといわれる。

 

ハナニラ花韮)は南アメリカ原産の白い花。

葉っぱを千切るとニラの匂いがするという。

ハナニラもニラも同じネギ科の植物だから、共通するところがあるのだろう。

あしたは匂いをかいでみよう。

 

今、公園のあちこちで咲いている紫色のこの花は、ハナダイコン?それともオオアラセイトウ

ハナダイコン(花大根)は菜の花と同じアブラナ科の植物で、シベリアから西アジア・ヨーロッパにかけてが原産地とされる。見た目が大根の花に似ているところから、日本では和名でこう呼ばれる。

ヨーロッパ原産ということもあってかシューベルトの歌曲にもハナダイコンが登場している。

ハナダイコンのドイツ語名は「Nachtviole(意味は夜のスミレ。夜に香るスミレのような花ということだろうか)」で、シューベルト作曲の歌曲「Nachtviolen, D.752」の日本語タイトルは「ハナダイコン」だとか。

一方、オオアラセイトウ(大紫羅欄花)も同じアブラナ科で、こちらは中国原産。別名ハナダイコンと呼ばれることもあるが、これは間違い。

ただし、どちらも似たような花を咲かせるので、とても紛らわしい。

別名「諸葛菜」(しょかっさい)とも呼ばれるのが中国原産のオオアラセイトウだ。

三国志」の諸葛孔明が、出陣していく先々でこの植物のタネをまき、兵士の食糧としたことからこう呼ばれるという。

果たしてハナダイコンオオアラセイトウ諸葛菜)か、今度、植物に詳しい人に聞いてみよう。

ソメイヨシノのつぼみ膨らむ

土曜日朝の善福寺公園は快晴。始めはきのうよりちっぴり空気がヒンヤリしていたが、歩くうちにポカポカに。

池の畔にシジュウカラエナガなど小鳥の群れがやってきていた。

クチバシにいっぱいほおばっているのは、虫だろうか。

エナガは新芽をついばんでいるのかな?

 

アセビの小さなベル型の花が鈴なりになって咲いている。

別名をアシビ。

和名のアセビ(馬酔木)は、葉に有毒成分が含まれていて、馬が食べると毒に当たって苦しみ、酔っぱらったようにふらつくというのでこの名がついたといわれる。アシビは古名で、有毒成分は実にも含まれているので「悪し実」に由来しているともいわれる。

日本の固有種で、東北地方南部〜九州の主に山地によく群生して生えているという。

 

東京のサクラ(ソメイヨシノ)の開花予想は16日となっているが、善福寺公園で毎年一番最初に咲く木はどうなっているかな?とみてみると、かなりつぼみが膨らんで、赤みを帯びていた。

このままだと来週はじめごろには咲きそうだ。

 

先日1輪だけ咲いていたボケも、いつの間にかたくさんの花をつけていた。

 

タンポポも咲き出している。

 

カンヒザクラの蜜を吸っているルはヒヨドリ

 

上池のカワセミカップルのその後の進展はというと、サクラらしいメスがとまっていたので近づいてみる。

盛んに鳴きはじめた。

すると、近くにやってきた文二らしいオスのカワセミの方に飛んで行った。

何と文二はエサの小魚をゲットしていて、やってきたサクラにエサをプレゼントするとすぐに遠くに飛び去っていった。

エサをもらってご満悦のサクラ。

どうやら順調に愛を育んでようだ。

 

きのう見つけたカイツブリの浮き巣はどうなったかというと、けさ見たときは巣はあったもののカイツブリはいなかった。

別の時間に見た人にれば、そのときは巣の上にカイツブリがいたというから、まだ巣づくりの途中なのだろうか。

カイツブリの“愛の巣”

金曜日朝の善福寺公園は、始め曇り、のち晴れ。春のうららかさ。

 

上池では、文二らしきオスのカワセミが、いつものお気に入りの場所にいないで少し離れたところにとまっている。

いつものお気に入りの枝にはサクラらしいメスがいた。

ひょっとしてオスの文二よりサクラのほうがツヨイ?

対抗するように?近くに飛んできたが、サクラとは少し距離を置いている。

黄色い丸の左がサクラで、右が文二。

文二は、背を高くみせて、尾っぽまで広げている。

「そこはボクの場所だから、どいてよ」とでも言ってるのか。

それでも動かないサクラ。やがて文二は遠くへ飛んでいってしまった。

 

カイツブリが水面に浮いた巣のようなものに座っていて、近くにもう1羽が寄り添っている。

おそらく繁殖期を迎えて、産卵のためにつくった浮き巣だろう。

ひょっとして早くも抱卵を始めた?

すると、座り込んでいたのが巣から離れて、2羽でさらに水草かなんかを集め始めた。

いったん座り込んだものの、もうちょっと丈夫にしたほうがいいというので補強を始めたのだろうか。

カイツブリは陸に上がらずに休むときも水上にいるし、巣も浮き巣といって水面につくる。

水上に垂れた木の枝かなんかをうまく利用して、水辺に生える草などを集めて巣を作り、そこで卵を産み、子育てをする。

ただし、水上に巣をつくれば、陸上からの外敵には安全だが、水面を巧みに泳いでやってくるヘビとか、空からやってくる猛禽系の鳥やカラスなんかには無防備となってしまう。そこでカイツブリは、抱卵中にエサとりのため外出するときは、上に水草をかぶせて見えないようにする習性があるのだとか。

無事に巣が完成して、卵を産んでヒナが生まれるといいなー。

 

一方こちらでは、バンが1羽でエサ探し。

あれ?たしか冬の間は1羽だったけど、春先になってもう1羽があらわれて、2羽で仲よくしてたはずだけど。

フラれちゃったのたな?

 

カワヅザクラの花の蜜を吸いにメジロが1羽でやってきていた。

満開の花の蜜を独り占め。

甘いものはなぜかみんなをシアワセにする。

至福のひととき。

お久しぶりのジョビ子ちゃん

木曜日朝の善福寺公園は快晴。けさも春の陽気。

 

きのうアオジが“恋の歌”を歌っていたウメの木に、けさはメジロがやってきていた。

メジロはもちろんウメの花の蜜がねらい。

メジロを下から見たところ。

目が横についているから、2つのお目々パッチリ。

 

黄色いスイセンが咲いていた。

スイセンは花びらの集合体である「花冠」の内側に「副花冠」と呼ばれるものがあって二重構造になっているが、その「副花冠」がラッパのように突き出ているので、「ラッパスイセン」だろうか。

ふつうスイセンは冬に咲くが、ラッパスイセンは3、4月ごろの春に咲くという。

 

池をめぐっているとウグイスの地鳴きがするので、藪の中を注目。

一瞬だけ姿を見せてすぐに奥に消えた。

あまりにも素早いのでカメラもブレブレだ。

 

ウグイスを追いかけていたら、今度は池のほうからカワセミの声。

オスらしいのが飛んできたが、三郎のテリトリーにいるから三郎か?

やがて池を飛び出て陸地の方に飛び去っていった。

飛んで行った先は井の頭公園方向なんだが・・・。

 

下池をめぐっているとヨシの中からあらわれたのはジョウビタキのメス。

オスの方は毎日のように見るが、メスは久しぶりだ。

何度も地面におりてはエサを探している。

しかし、地面に下りたか思ったら、よく見たら刈り取られたヨシの切り株の上にとまっていた。

ヨシは池の湿地の部分に生えているので、地面といっても沼地みたいになっている。

それで水に濡れないよう切り株にとまってエサはないかと探しているのだろう。

 

公園からの帰りには、高い木の枝にアオジがいた。

 

きのうのワイン+「フリーガイ」「波止場」

フランス・ボルドーの白ワイン「シャトー・ショーヴェ(CHATEAU CHAUVET)2016」

ボルドーの南東部に位置するサンティレール=デュ=ボワの畑のブドウから仕立てられる1本。

レモンなどの柑橘系果実のアロマと繊細な酸が調和したスッキリと口当たりのいいワイン。

 

ワインの友で観たのは、民放のBSで放送していたアメリカ映画「フリーガイ」。

2021年の作品。

原題「FREE GUY」

監督ショーン・レビ、出演ライアン・レイノルズ、ジョディ・カマー、ジョー・キーリー、リル・レル・ハウリー、タイカ・ワイティティほか。

 

ビデオゲームの中に登場するキャラと、そのゲームをつくった人間が一緒になってゲーム会社の悪徳社長と対決する物語。

はじめ「そんなバカな」と思いながら観ていくが、考えてみたら「バック・トゥ・ザ・フューチャー」だって過去や未来にタイムマシンで行って、30年前のまだ結婚する前の自分の両親に会ったりと、ありえない(少なくとも現代科学では)話なんだから、フィクションとして楽しむとなかなかおもしろかった。

 

ルール無用で悪事を働くことが当たり前の街「フリー・シティ」では、サングラス族と呼ばれる連中が気ままに銃をぶっ放し、ヘリコプターやクルマを破壊したり強盗を働いたり、やりたい放題。

そんな中、毎日同じ会話を交わして、毎日銀行強盗に遭って金を奪われ、それでも真面目に働く銀行員のガイ(ライアン・レイノルズ)は、サングラス族のモロトフ・ガールと呼ばれるミステリアスな女性(ジョディ・カマー)に一目惚れ。警備員の親友バディ(リル・レル・ハウリー)に「サングラスがないと相手にされない」と助言され、彼女を追うためにサングラスをかけてみると、街中にパラメーターや今まで見えなかったアイテムなどが見えるようになる。

実は、サングラス族はオンラインVRゲーム「フリー・シティ」をプレイするプレイヤーたちで、ガイはその世界の中にプログラムされた、どうでもいい存在のモブ(雑魚)キャラだった。

何とか彼女に近づこうと新しい自分に生まれ変わることを決意したガイは、ゲーム内のプログラムや設定を無視して“意思を持つキャラ”に変身し、平和を守るスーパーヒーローとなっていく・・・。

 

「モブキャラ」とはゲームの背景として描かれる主要人物以外の名もなき脇役やその他大勢の群集のこと。ただの「背景キャラ」なのでプレイヤーは操作しないし、会話もしない無個性の存在なので、映画の中の主人公の名前も「ガイ(男)」。

観ていておもしろかったのが、いつもやられてばかり、ゴミのように扱われるモブキャラたちが、抑圧されてばかりいることに「もうガマンならん」とみんなで一致団結して立ち上がるところ。

ユーザーがゲームを始めようと画面にお気に入りのキャラを登場させるのだが、まわりには誰もいない。モブキャラたちがストライキを始めたのだった。

抑圧され続けてきた人たちがついに立ち上がって支配者に対して反撃に出る――。まるで人間社会そっくりの展開に、思わず「モブキャラ負けるな」と声援を送った。

 

最後の方で、筋肉モリモリで身長が2mぐらいありそうなマッチョマンが出てきてガイと戦うのだが、何と顔はガイそっくりで、体だけはマッチョマン。実は顔はガイ役のライアン・レイノルズで、体の方はアーロン・W・リードという身長2m、体重142㎞の「もっとも身長の高いボディービルダー」としてアメリカで有名なアーロン・W・リードというボディビルダーだそうだ。

VFX技術を用いて、首から上はイアン・レイノルズ、下はアーロン・W・リードに合成したようだが、どうせVFX技術を使うのならCGで人体モデルをつくって合成してしまえば簡単なのに、顔の出ない本物のマッチョマンを使うあたり、なかなか凝ったリアルなアクションシーンとなった。

 

ついでにその前に観た映画。

民放のBSで放送していたアメリカ映画「波止場」。

1954年の作品。

原題「ON THE WATERFRONT」

監督エリア・カザン、出演マーロン・ブランドエバ・マリー・セイント、カール・マルデンリー・J・コッブロッド・スタイガーほか。

 

 ニューヨークの港を舞台に、港で働く労働者を支配するギャングのボスに立ち向かう一人の男の姿を描く。アカデミー賞で作品賞・監督賞・主演男優賞など8部門に輝いた社会派ドラマ。

 

元ボクサーの青年テリー(マーロン・ブランド)は、ギャングのジョニー(リー・J・コッブ)が支配するニューヨークの波止場で働く日雇い労働者。波止場では、請負師として荷役を取り仕切るギャングのボスによって仕事にありつけるかどうかが決まり、ボスは賃金をピンハネして甘い汁を吸っていた。

ある日、テリーはジョニーに命じられて兄とともに殺人事件に関わってしまう。やがて殺された男の妹イディ(エバ・マリー・セイント)と知り合ったテリーは、兄の死の真相を追及しようとする彼女に心惹かれていく。

イディに感化され、テリーは不正とたたかうことに目覚める。検事の説得に応じてテリーは殺人事件について法廷で証言しようとするが、ギャングたちは執拗な妨害工作を仕掛けてきて、ついにはテリーの兄までもが殺されてしまう。ボスからは「裏切り者」のレッテルを張られ、労働者たちからの冷たい目にさらされ、思い悩むテリーだったが・・・。

 

モノクロの陰影が美しい、いかにもエリア・カザンらしい映像表現で、名匠がつくる作品には「この人ならでは」という味わいがある。

音楽はレナード・バーンスタインで、これも「いかにもバーンスタインらしい」音楽。3年後の1957年にブロードウェーで初演した「ウエスト・サイド物語」の音楽にダブって聴こえるところがあり、この映画はひょっとしてミュージカル?と一瞬思うようなシーンもあった。

 

苦悩するマーロン・ブランドの演技がすばらしく、彼は本作でアカデミー主演男優賞を受賞しているが、彼の苦悩する演技は、監督のエリア・カザンとの“確執”から生まれているのではないかとも思ってしまう。

エリア・カザンはたしかに名監督だが、1948年ごろから50年代前半に吹き荒れた共産主義に加担しているとの理由で進歩的人物を放逐しようとする“赤狩り”に協力した監督だった。

赤狩り”は、特定の思想・信条を持っていることを罪として裁くものであり、思想・信条の自由に反し、民主主義とは相いれないと、心ある映画人は強く反発していた。

1952年、アメリカ下院非米活動委員会によって元共産党員だったカザンに共産主義者の嫌疑がかけられると、カザンはこれを否定するために司法取引により、共産主義思想の疑いのある者として友人の劇作家・演出家・映画監督・俳優らの名前を明らかにした。

赤狩り”によりこの当時300人以上の映画人が“非国民”のレッテルを張られてハリウッドから追放されたといわれるが、変節してそれに加担したのがカザンであり、彼は「権力に屈して保身のために仲間を売った男」といわれた映画人の一人だった。

カザンはのちの1998年にアカデミー協会から「名誉賞」を与えられたが、受賞式当日、オスカー像を受けるカザンに、慣例として会場ではスタンディング・オベーションが行われることになっていたが、エド・ハリスニック・ノルティイアン・マッケランらは椅子に座って無表情のままで、会場の外では、「裏切り者」「密告者」のプラカードを掲げてシュプレヒコールを叫ぶ人たちの姿があったという。

 

マーロン・ブランドはもともとブロードウェーの舞台でデビューし、彼がスタンリー・コワルスキー役で出演した1947年初演の「欲望という名の電車」は2年に及ぶロングランの大ヒットとなった。この芝居を演出したのがエリア・カザンだった。

舞台での当たり役を銀幕で再び演じたのが1951年の映画「欲望という名の電車」で、監督はやはりエリア・カザン。ブランドはこの映画の演技でアカデミー賞主演男優賞に初ノミネートされる。

いわば、ブランドの師匠といっていい人物がカザンだった。ブランドは1952年のカザン監督による「革命児サパタ」でも主演し、再びアカデミー賞主演男優賞にノミネート。

しかし、“赤狩り”協力するカザンの行為は「圧力に屈し、保身のために仲間を売った」として周囲から批判されるのだが、その批判者の中にはマーロン・ブランドもいた。

一説によれば、「波止場」の製作にあたり、カザンは主役のテリーにポール・ニューマンを望んだが断られ、次にフランク・シナトラにも断られたが、2人とも「“赤狩り”で仲間を売った人物」としてカザンに批判的だったという。

結局、ブランドに白羽の矢が当たったが、彼もまたカザンに腹を立てていて難色を示したが、すったもんだの末に出演を決めたといわれる。

ブランドはのちに自身の回顧録で次のように書いている。

「ガッジ(カザンのこと)は他人を傷つけたが、一番傷ついたのは彼自身だ」

そんな経過をたどった上での演技だっただけに、苦悩の演技が出色だったのではないかとも思う。

ブランドは、カザン監督による1955年公開の「エデンの東」でも主役のオファーを受ける。しかし、このときはカザン監督が変節したとして断っていて、代わって当時無名だったジェームズ・ディーンが主役に抜擢され、スターとなる。しかし、映画公開からわずか半年後、自動車事故により24歳の若さでこの世を去った。

アオジが歌う愛の歌

水曜日朝の善福寺公園は快晴。春の陽気。

 

公園に着くと、さっそくアオジを発見。

オスのようだ。

ウメの木に移って、蜜を吸うのではなく、鳴き始めた。

以下、ちょっとブレブレですけどさえずりの映像です。

https://youtu.be/78jmskNvcLU

盛んにクチバシを開いてうたっているのはメスへの愛の歌か。

ふだん、地面におりてエサをついばんだりするときはチッ、チッと小さな声で鳴くが、これは地鳴きといって仲間同士のコミュニケーションとか警戒の合図。

一方、さえずりは繁殖期のオス特有のもので、縄張りを主張したりメスへのラブコールとなって美しい声で鳴く。

 

上池を1周するがカワセミの姿はなし。

ジンチョウゲがいっぱいの花を咲かせていた。

 

ユキヤナギも咲き出していて、やっぱり春だ。

 

下池に向かう途中にはジョウビタキのオス。

 

近くでは、やはり後ろ姿のツグミ

 

シジュウカラが仲よく2羽でエサ探し。

 

ボケの花が1輪だけ咲いていた。

ますますやっぱり春だ。

 

ウメの木にメジロがやってきて、しきりに蜜を吸っている。

こうして見るとスズメより小さくて尾も短い。色もサイズも葉っぱみたいで、緑の茂みの中に入ると見つけにくいし、本人も自由自在に飛び回れる利点があるのだろう。

おやおや、目が寄ってる?

公園から帰るとき、遠くにカワセミが1羽でとまっているのが見えた。

 

いつも公園で野鳥の美しい写真を撮っている写真家さんから、金沢に行ってきたというのでお土産のおすそ分けをいただいた。

「たろうの おひるねピーどら」と「竹内の みそまんじゅう」。

「おひるねピーどら」は金沢市の茶菓工房たろうの和菓子。ふんわりとした生地に粒々入りのピーナツ餡のどら焼き。

「みそまんじゅう」は能登の名物だそうで、能登産の味噌と醤油を練りこんだ皮の中にはフレッシュミルクを使用した白あんが包まれている。石川県民なら知らない人のいない銘菓だとか。

いずれもおいしくいただきました。