フランス・ボルドーの赤ワイン「シャトー・ラ・モーベルト(CHATEAU LA MAUBERTE)2018」
ボルドーのアントル・ドゥ・メール地区(ガロンヌ川とドルドーニュ川が合流する手前の三角州に位置し、その地形を形容する「二つの海の間」を意味する)の高台に位置し、3世代に渡りワインを手がけるシャトー。
メルロー60%、カベルネ・ソーヴィニヨン40%をブレンドし、飲みやすいワイン。
ワインの友で観たのは、民放のBSで放送していたフィンランド・スウェーデン合作の映画「TOVE/トーベ」。
2020年の作品。
原題「TOVE」
監督ザイダ・バリルート、出演アルマ・ポウスティ、クリスタ・コソネン、シャンティ・ローニー、ヨアンナ・ハールッティ、ロバート・エンケルほか。
「ムーミン」の作者として知られるフィンランドの作家トーベ・ヤンソンの半生をつづった物語。
第二次世界大戦下のフィンランド・ヘルシンキ。激しい戦火の中、画家トーベ・ヤンソンは自分を慰めるように不思議な「ムーミントロール」の物語を描き始める。
やがて戦争が終わると、彼女は爆撃でほとんど廃墟と化したアトリエを借り、本業である絵画制作に打ち込んでいくのだが、著名な彫刻家でもある厳格な父との軋轢、保守的な美術界との葛藤の中で満たされない日々を送っていた。
それでも、若き芸術家たちとの目まぐるしいパーティーや恋愛、様々な経験を経て、自由を渇望するトーベの強い思いはムーミンの物語とともに大きく膨らんでゆく。
そんな中、彼女は舞台演出家のヴィヴィカ・バンドラーと出会い激しい恋に落ちる。それはムーミンの物語、そしてトーベ自身の運命の歯車が大きく動き始めた瞬間だった・・・。
同性愛がフィンランドでまだ犯罪とされていた時代、32歳だったトーベは舞台演出家のヴィヴィカと出会い、女性同士で熱烈に愛し合うようになる。トーベには男性の恋人が、ヴィヴィカには夫がいたが、2人は、自分たちのセクシャル・アイデンティティを隠そうとはしなかった。
同性愛者の権利がヨーロッパでもっとも進んでいるといわれるフィンランドだが、1971年までは同性愛は犯罪、あるいは病気と見なされていた。同性結婚が合法化されたのは2017年であり、それ以前の2014年に議会で合法化に関する法律が可決され、ようやく施行に至ったのであった。
しかし、まだ同性愛者が冷たい視線にさらされていた時代から、トーベは人を愛することに何の偏見も持たず、自由な愛を求めていた。自分の心に偽らない真っ直ぐなその眼差しによって生まれたのが「ムーミン」だったのかもしれない。
ちなみに、世界の先進国とされる「OECD加盟国」(36カ国)の中で、同性婚またはパートナーシップがある国は26カ国に上り、法的制度がない国は、日本のほか、エストニア、韓国、トルコ、スロバキア、スロベニア、ポーランド、チリ、ラトビア、リトアニアの10カ国にしかすぎない。
ついでにその前に観た映画。
民放のBSで放送していたインド映画「あなたがいてこそ」。
2010年の作品。
原題「MARYADA RAMANNA」
監督・脚本S・S・ラージャマウリ、出演スニール、サローニ・アスワーニー、ナジニードゥ、スプリートほか。
インド南東部にあるアーンドラ・プラデーシュ州。インド洋に面する同州の内陸部、デカン高原南端にあるラーヤラシーマで、対立する2つの家は当主同士が一騎打ちをして互いに命を落とし、兄を殺されたラミニドゥは仇のラガワ・ラオの一族への復讐を誓う。
一方、ラガワ・ラオの息子ラーム(スニール)は母に連れられ村を去り、州都のハイデラバードに移り住む。月日がたち、貧乏ながらも明るく元気に働く青年となったラームのもとに、故郷のラーヤラシーマで広大な土地を相続したと連絡が入る。
過去のことなどまったく知らないラームは故郷へ向かうが、列車の中でアパルナ(サローニ・アスワーニー)という娘と出会い意気投合する。ラーヤラシーマに着いたところで彼女の家に招かれるが、彼女は、ラームの父親の宿敵の家の娘であり、彼女の父親は兄の仇としてラームの一族に復讐を誓っていた。
予想だにしなかった事態に巻き込まれたラームは・・・。
インド映画にお定まりの歌やダンスとともに楽しむ笑いたっぷりのラブロマンス。
S・S・ラージャマウリ監督は、1823年のバスター・キートンのサイレント映画「荒武者キートン」を見て気に入り、この映画からインスピレーションを得て脚本を書いたという。
「荒武者キートン」は観たことがないが、舞台はアメリカ南部で、話の筋はかなり似ているようだ。ラージャマウリ監督も「(キートンの)映画をまねしたともいえるでしょうね、特に気にしてませんけど。この映画がとても気に入ったので、私なりのやり方で撮りたいと思った」というようなことを、いかにもインド人らしいおおらかさ?で語っている。
映画で使われている言語はテルグ語。映画の舞台となったアーンドラ・プラデーシュ州で使われている言葉で、同州と隣のテランガーナ州の公用語という。テルグ語を話す人はインドに約7400万人いるというから、1つの国ぐらいの人口がある。
インドの映画というと日本人にはハリウッドならぬボリウッド(ヒンディー語を中心としたインド・ムンバイの映画のこと)が有名だが、ボリウッドに次いで2番目の規模を誇るのがテルグ語の映画で、こちらはトリウッドという。
世界の映画産業の中で年間の映画製作本数、入場者数ともに世界トップはハリウッドではなくボリウッドであり、それに次ぐ規模だというのだからすごい。
14億人を超える人口のインドは多言語国家であり、少なくとも30の異なる言語があって、さらに方言はというと2000前後もあるといわれる。
そんなに言語が多くて困らないかというと、インド人にはマルチリンガルの人が多くて、インドの第一公用語とされるヒンディー語(主に北インドで話される言葉で4割超)、それに1947年までインドを植民地支配したイギリスの置き土産である英語、さらに自分が住む州の公用語の3つの言語をしゃべれる人がけっこういるそうだ。
ちなみにテルグ語を話す人はインド全体の7%超いて3番目に多いそうだ。
何よりテルグ語は、インド先住民族の言語のひとつという自負もあるだろう。
紀元前4000年から3500年前ごろ、インド最古の文明であるインダス文明を築いたのはインド先住民のドラヴィダ人といわれている。そのドラヴィダ人が話すのがドラヴィダ語族の言語で、タミル語やテルグ語がこれに含まれる。ところがそこに、アーリア人が北西部から侵入してきた。アーリア人が持ち込んだサンスクリット語が変化したのがヒンディー語。タミル語やテルグ語とはまったく系統が異なる言語だ。
アーリア人は紀元前1000年ごろにはガンジス川流域まで影響力を広めて、ドラヴィダ人は南インドの方に追われていったといわれる。
ドラヴィダ語族の言語の1つにタミル語があるが、国語学者の大野晋氏が「日本語の起源はタミル語にある」との説を唱えたことでも知られる。
大野氏によれば、紀元前数100年のころ、南インドからタミル語を話す人たちが稲作、金属器、機織りといった当時の先端を行く文明を持ってやってきた。その文明は北九州から西日本を巻き込み、東日本へと広まり、それにつれて言語も以前からの言語の発音や単語を土台としつつ、基礎語、文法を形づくり、五七五七七の歌などとなっていった。こうして成立した言語がヤマトコトバの体系であり、その文明が弥生時代をつくった、というのだが、だとすると、アーリア人に攻められたドラヴィダ人か押し出される形で南インド、インド洋、さらには日本へとやってきたのだろうか?
そういえば映画では、目隠した鬼が追いかける「鬼ごっこ」のシーンがあった。日本の鬼ごっことまったく同じやり方をしてたが、これもひょっとしてインドから渡来した?
NHKBSで放送していたアメリカ映画「砦のガンベルト」。
1967年の作品。
原題「CHUKA」
監督ゴードン・ダグラス、出演ロッド・テイラー、アーネスト・ボーグナイン、ジョン・ミルズ、ルチアナ・パルッツィほか。
辺境の砦を舞台に、騎兵隊と先住民との壮絶な戦いをさまざまな人間模様を交えて描く西部劇。
流れ者のガンマンのチャカ(ロッド・テーラー)は、昔の恋人ベロニカ(ルチアナ・パルッツィ)が乗った駅馬車に偶然出会い、騎兵隊が守るクレンデノン砦まで護衛する。砦は飢えた先住民のアラパホ族に狙われており、チャカは司令官のバロア大佐(ジョン・ミルズ)に食料を与えるよう忠告するが、大佐は聞く耳を持たず、彼に忠実なハーンスバッハ曹長(アーネスト・ボーグナイン)もチャカに敵対。やがてアラパホ族の奇襲が始まる・・・。
この映画では2つのテーマが絡み合っている。
ひとつは、アメリカにやってきた白人たちに土地を奪われ、飢餓に苦しむ先住民たちの苦しみだ。
アラパホ族はもともと北アメリカ中部のレッドリバーバレー流域でトウモロコシやカボチャ、豆などを栽培しながら暮していたが、肥沃な土地だったためもあり白人入植者に追われて18世紀には南西に移動させられ、19世紀ごろにはさらに南下していくしかなかった。
見知らぬ土地で飢えに苦しみ、怒りの矛先は白人たちに向けられていった。
もうひとつのテーマは砦を守る白人たちの反目だ。騎兵隊の司令官のバロア大佐は、かつてインドに駐屯していたころ、酒を飲みすぎて前後不覚になり連隊を全滅させてしまった過去があり、何としても自分は卑怯者ではないところを部下たちに示したかった。しかし、彼の強引な指揮ぶりに部下たちは反感を覚え、反乱の動きが始まろうとしていた。
一方で先住民と白人の騎兵隊の間に立ったのが主人公のチャカだ。
彼は流れ者として低く扱われていて、寝床にあてがわれたのも馬小屋の藁の上だった。しかし、彼は早撃ちのガンマンである一方、人間的な心を持った人物であり、自分も貧しかったことから先住民たちの置かれた立場に同情していて、アラパホ族のキャンプ近くを通ったときには酋長らに干し肉を渡し、飢えを救ったことがあった。
そんな三者の苦悩を描いたのが本作。ハデなドンパチもあるが、単なる善玉・悪玉のワンパターンに終わらない異色の西部劇といえる。
本作は、チャカを演じたロッド・テーラーがプロデューサも買って出ている。
彼は本作の4年前にヒッチコック監督の「鳥」に出演していた。「鳥」は鳥たちの理由なき襲来とそこに織りなす人間心理を描いた作品だった。テーラーは「鳥」に出演したことでインスピレーションを得て、心理劇と西部劇との融合を考えたのではないだろうか。