善福寺公園めぐり

善福寺公園を散歩しての発見や、旅や観劇、ワインの話など

「アレクサンドロス変相」と錬金術

朝の善福寺公園は曇り、風あり。
弁天島近くのクイの上で、ウが11羽も日向ぼっこしていた。

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アレクサンドロス変相 古代から中世イスラームへ」(山中由里子著、名古屋大学出版会)を読む。

アレクサンドロスといえば、紀元前4世紀の時代、10代のころに家庭教師となった哲学者アリストテレスの教えを受け、20歳でマケドニアの王となってから33歳で病没するまでの13年間、戦いに明け暮れ、ギリシア・イタリアからインドに至るまでの広大な版図を広げた人物で、アレクサンドロス大王と呼ばれる。
その大王がイスラムの歴史の中でどう描かれたかが本書のテーマ。

「大王が征服した広大な地域に流布した伝承を、宗教・政治・歴史の分野にわたって、アラブ・ペルシアの多様なテクストにたどり、語りや図像の担い手たちが求めた『真実』に迫る。アレクサンドロスが内包する本質と、古代世界の遺産を受けいれ再解釈していくムスリムの精神史をみごとに浮かび上がらせた力作」と宣伝文句はうたう。

山中さんという人はアラビア語ペルシャ語、その他中東地域の言語にたけているらしくて、その言語力と研究者としての真摯なマナザシとでもってイスラムの地に流布した大王の伝承を、本文400ページ、注釈もいれれば約600ページ近くにわたって詳述している。ちなみに山中さんは本書を書いたときは国立民族学博物館助教で、今は准教授。

ただし、門外漢にとっては「ちんぷんかんぷん」の部分も多く、読後の感想は「わかったような、わからないような・・・」
なにしろ手にした動機は、たまたま新聞に載っていた紹介記事を読み、アレクサンドロス大王のことをもうちょっと知りたいなーというミーハー的動機にすぎなかったのであるから・・・。

でも、アレクサンドロス大王の足跡がさまざまな形でイスラム世界に伝承され、自分たちに都合のいいように利用もされていったことがよくわかった。

興味深かったのは、師であるアリストテレスからアレクサンドロス大王にあてた書簡なるものがイスラム世界で盛んに翻訳され、普及していたこと(偽書といわれるものも含めて)。

その中で注目されるのは、「サーリム(イスラム指導者の書記)が監訳したとされる(アリストテレスからアレクサンドロス大王にあてた)書簡集の第8篇『平民に対する政策』は改編、増補された末、有名な百科全書的訓戒の書、『秘中の秘』となり、この作品は中世ヨーロッパ文学にもラテン語訳、ヘブライ語訳を介して多大な影響を与えた」とある部分。

「秘中の秘」には王の自己管理および国家の維持に有用とされる擬似科学的な知識も伝授されていて、その内容はやがて、欲深い人間たちを虜にした「錬金術」にも利用されていく。
錬金術とは、卑金属から金や銀を作り出す技術のことで、元は不老不死の薬を作る中国の「錬丹術」に由来しているとの説もある。実際、錬金術の究極の目的は不老不死にあったらしい。

その「秘中の秘」が、実はイスラム世界からヨーロッパへと伝わっていったのだという。
そうと知って思いつくことがある。

もともと錬金術の始まりはアリストテレスといわれる。
「西洋錬金術の理論づけはアリストテレスの哲学によって行われた。アリストテレスには名高い質料と形相という考え方がある。質料とは物の本質ということ、形相は物を物として特徴づけるすべてだ。だから質料は現実にさまざまの形相をとる多くの可能性を含んだものとなる。このアリストテレスの考えが徹底的に押し進められていって、錬金術の根本原理ができた」(吉田光邦錬金術中公新書

そして、その理論を実践するに必要な技術はどこからきたかというと、エジプトやメソポタミアに古代から受け継がれている化学技術だった。こうして、アリストテレスの理論とエジプト・メソポタミアの技術がエジプトのアレキサンドリアで融合し、錬金術が生まれたという。
アレキサンドロス大王の東方遠征は、見方によっては不老不死の秘宝を求める錬金術の旅でもあったのではないか。

アレクサンドロス大王は死にあたって、自分が死んだら遺体をハチミツ漬けにして、バビロンからアレキサンドリアまで運ぶよう遺言したと伝えられる。そういえば師のアリストテレスは動物学者でもあり、ミツバチの生態にも詳しく(ローヤルゼリーの発見者はアリストテレスといわれている)、ハチミツには強力な防腐・殺菌作用があることを師から教えられていたのかもしれない。いやそれ以上に、死者をよみがえらせる方法としての錬金術=錬丹術の法がハチミツ漬けだったのかもしれない。

もちろんそんなことは、本書の主題ではないので少しも触れられていない。
でも、せっかく大作を完成させたのだから、次のテーマはちょっと横道にそれて「アレクサンドロス錬金術」にしてくれないかな。