善福寺公園めぐり

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発見とグルメの旅 バルト三国を往く その6 茅葺き屋根

ラトビアの歴史に触れようと、バスで30分ほどのところにあるラトビア野外民族学博物館へ。

ホテルを出て、きのう行った国立歌劇場の前を通ると、バレエダンサーの像があり、その脇の銘板には「マリス・ルドルフ・リエパ」と名前が刻まれていてバラの花が1輪添えられていた。

マリス・リエパ(1936~1989年)はラトビアのリガ出身で、ボリショイバレエ団で20年以上にわたって活躍したの有名なバレエダンサー。絶頂期には世界で最も優れた男性ダンサーともいわれた。

2013年に国立歌劇場の建設150周年にちなんで彼の記念碑がつくられ今に至っている。

 

ラトビア野外民族学博物館は広さ約87ヘクタール。ヨーロッパで最も古く、最大規模の野外博物館といわれる。

その歴史は古く、建設が決まったのは1924年ラトビアの4つの地域すべてから伝統的な家屋を移転させて保存することにして、1928年、最初の建物であるヴェスティエナ地区の納屋が移転され、博物館の所蔵となった。

1932年、博物館に6つの建物が移築され、一般公開が始まった。

現在ではラトビアの4つの州の118の歴史的建造物が博物館に移転、展示されている。建物の年代はさまざまで、そのほとんどはもともと 17 世紀から 1930 年代までの間に建てられたものという。

さらに伝統工芸品などの収集も行われていて、博物館のコレクションには15万点にも及んでいるという。

 

板葺きや茅葺きの家々を見て回る。

ラトビアは国土の約半分が森林であり、豊かな自然環境に恵まれているため、家を建てるとすれば身近な素材である木の家だったのだろう。

イギリスでは、100~150年前ごろまでは地方の家屋の95%が茅葺き木造建築だったという話を聞いたことがある。ラトビアではほぼ100%が木造の住宅だったのではないか。

 

1840年ごろ漁村に建てられて1971年から博物館所蔵の建物。

ちょうど居合わせた係員の人の話では、建築材はオークを使われ、中はパインが使われたという。

 

バルト海沿岸のリエパーヤ港にあった倉庫。

1697年に建てられたもので、1940年から博物館で所蔵している。

ここに常駐して説明にあたっているらしいヒゲのオジサンがとても親切で、ご自分は英語が不得手らしいが、いろいろ質問するとスマホを取り出しては英語に翻訳して説明してくれた。

穀物、リネン、麻、ニシンなどの商品を保管していた商人のための倉庫という。

リエパーヤ港日露戦争時、ここにあった軍港を母港としていたバルチック艦隊日本海に向けて出発したところとして知られている。

一方、ハンザ同盟の一員として貿易が盛んだったころには、ここからさまざまなものが運ばれたりしたのだろう。

中をのぞくと、実にさまざまなチェストというか長持、あるいは装飾を施された宝箱みたいな木箱が並んで置かれていた。

中には嫁入り道具として持っていく長持もあった。

日本でも昔は同じようなことをやっていたから、何処も同じということか。

 

軒の深い茅葺き住宅。

家を支える柱が武骨ながらもしっかりしている。

 

昼は園内のカフェで、スープとソーセージ、ベーコン入りの三日月パン。

ランチを食べていると、目の前でキツツキらしい鳥が木をのぼっていく。

エサを探しにやってきたのか、何という鳥だろうか?

 

木でできた風車。なかなか風格がある。

 

茅葺き屋根の住宅も多い。

茅葺き屋根の住宅を見ていて注目したものがあった。

屋根に装飾がほどこされていて、それが日本の茅葺き屋根ととてもよく似ているのだ。

日本では茅葺き屋根の上の棟飾りを「千木(ちぎ)」とか「雪割り」「烏どまり」「馬乗り」などと呼んでいるが、同じ飾りがラトビア茅葺き屋根にもほどこされているのだ。

何という偶然?それともやっぱり茅葺き屋根をつくって飾りたてようとすると西も東も同じようなことを考えようとするのだろうか?

驚いたのは切妻装飾の部分で、馬の頭の形だろうか?

あいてる穴は通気口の役割を果たしているのだろう。

日本の瓦屋根だったらこの部分は鬼瓦となるが、バッテンの形になっている。

これも日本の神社建築の千木ととてもよく似ている。

日本の神社建築における千木も、屋根の両端でバッテンの形をしてつくられる。

本来は建物の補強が目的だっただろうが、やがて装飾として発展し、現在では神社の聖性を象徴するものとなっている。

日本の神社の千木よりもさらにオシャレなのがラトビアの千木だった。

いや、オシャレ以上に、日本の神社同様、ラトビアの人たちもこの“馬の千木”に神聖な思いを込めているのではないか。

馬は農耕に欠かせない動物。屋根に馬をかたどることで、馬に感謝し、また馬の霊力で家を守ってもらおうとしているのかもしれない。

 

さまざまな形をしたミツバチの巣箱が並んでいた。

エストニアラトビアリトアニアバルト三国はいずれも蜂蜜の一大産地。

それぞれの農家で工夫した巣箱がつくられていた。

3階建ての巣箱かな?

木の幹のウロの中にもミツバチは巣をつくる。

 

ラトビア西部にあるウスマ湖沿岸のクルディーガ地区にあった古いルーテル教会

1935年から博物館に展示されている。

中の装飾がすばらしかった。

 

市内に戻り、中央市場へ。

 

聖ペテロ教会。

13世紀に創立され、その後16世紀に再建されたゴシック様式の教会。

外壁には、口を開いた修道士の顔。

昔はここに窓があり、外に向かって説教が行われたのだとか。

塔に登り、57mの高みからの旧市街のながめ。

川の向こうに変わった建物が見える。

あした行く予定のラトビア国立図書館だ。

 

夕食は中東(地中海)料理のZuraで。

フムス、ケバブ、海老の前菜とピタパン。