今年の初芝居は、国立劇場の初春歌舞伎「通し狂言 彦山権現誓助剣(ひこさんごんげんちかいのすけだち)」。
出演は尾上菊五郎、尾上菊之助、坂東彦三郎、中村時蔵、中村又五郎、坂東楽善、河原崎権十郎、上村吉弥、片岡亀蔵、市川萬次郎ほか。
「国立劇場のお正月」の定番として続いている尾上菊五郎劇団を中心とした歌舞伎公演で、発端から大詰めまで、仇討ち物語の全容を本格上演するのは国立劇場ならでは。
ただし、半蔵門にある国立劇場はいまだ見通しも立ってないものの建て替えのため閉場中。このため会場は初台にある新国立劇場中劇場。
左右に広い歌舞伎座の大劇場と違って、主として演劇や現代舞踊などの公演に利用され、比較的中規模の劇場なので、舞台と客席との距離が近く、1階4列目の席のチケットを持って行ったら舞台造りの関係か実際は最前列の席で、役者とはほとんど2~3mぐらいしか離れてない、まさしく“かぶりつき”の席で、菊之助や時蔵を間近に見ることができた。
本作はもともと人形浄瑠璃(文楽)として1786年(天明6年)初演。それが評判となって歌舞伎に移されたのは1790年(寛政2年)。しかし、現在では通しで上演されるのは珍しく、歌舞伎でも文楽でも、通称「毛谷村」と呼ばれて主人公の男女2人が出会うシーンのみがよく上演される。
戦後に本作が通しで上演されたのは、1967年(昭和42年)10月と2002年(平成14年)12月の国立劇場、2011年(平成23年)2月の大阪松竹座の3回のみ。したがって東京では22年ぶりの通し上演、仇討ちの完結までを上演するのは実に58年ぶりだとか。
本作の主人公で、心優しく武術の力量に優れた青年の毛谷村六助を初役で勤めるのは尾上菊之助。六助は菊之助の岳父・二代目中村吉右衛門がたびたび演じた当たり役で、父・菊五郎もこの役を演じている。
さらに、ヒロインで六助の許嫁である一味斎姉娘お園を中村時蔵が、吉岡家と六助にとっての憎き敵・京極内匠を坂東彦三郎が、ともに初役で勤め、最後の大詰で尾上菊五郎が御大将・真柴大領久吉として登場し、物語を締めくくる。
発端は豊前国彦山権現山中の場で、大名・郡家の剣術指南・吉岡一味斎は、豊前国彦山の麓、毛谷村に住む六助に剣術の奥義を伝授する。
ところが一味斎は、御前試合での負けを恨みに思った京極内匠により闇討ちにされてしまう。このため屋敷は没収されるが、妻のお幸、姉娘お園、妹娘お菊に仇討ちが許される。
お菊は内匠を探し当てるものの返り討ちにあい,その子弥三松は逃れ、はからずも毛谷村の六助に拾われる。
内匠は微塵弾正と変名し小倉城下に来ると、六助と試合して勝てば召し抱えるとの高札。弾正は六助を騙して勝ちを譲ってもらい、仕官する。
お園は虚無僧姿に身をやつして諸国を巡るうち、見覚えのある弥三松の着物が干してある六助の住家を見つける。実は六助は結婚を誓った許嫁だった。
久しぶりに許嫁同士で対面を果たし、同じ家にお幸も来ていて、お園は一味斎の横死のこと、仇である内匠のことなどを物語ると、勝ちを譲った弾正こそ内匠とわかり、小倉城下で六助の助太刀により、お園、弥三松は敵討を成し遂げる。
久しぶりに菊之助の舞台を観たが、なかなか進境著しく、肝が据わった感じで存在感のある演技だった。岳父・吉右衛門亡きあと、何とか芸を継承しようと研鑽を続けたに違いない。菊之助は今年5月に八代目菊五郎を襲名するが、その名に値する役者になりつつあるのではないだろうか。
ただし、本作において菊之助は剣術の奥義を伝授される発端に登場するものの、その後は出番がなく、再び登場するのは芝居が始まってから2時間半もたったあと。
むろん、二度目に登場する毛谷村でのお園と出会うシーンは名場面として名高いのだが、それまで出ずっぱりなのがお園役の時蔵で、本作の主人公はヒロインのお園ではないかと思ってしまうほど。
去年6月に六代目時蔵を襲名したばかりだが、いつ見てもほれぼれする。しかも今回は、美形の娘姿と、勇ましい“女武道”の立ち回りの両方を楽しめた。
中でも見どころは鎖鎌を使った立ち回り。彦三郎演じる京極内匠の刀に鎖を巻き付けるところがあるが、投げた鎖が見事に巻きつくと拍手喝采。
仇を探す旅の途中に訪ねた家では、重い臼を軽々と持ち上げるほどの怪力を見せたかと思ったら、その家の主人が婚約者の六助とわかったとたん、急になよなよしだして、台所に入ってかまどに火をつけたりして甲斐甲斐しく働き、そのギャップが大いに受けていた。
極悪非道の悪人・京極内匠を彦三郎が熱演。しかもこの役はただの極悪非道ではだめで、実は三日天下のあと豊臣秀吉に敗れた明智光秀の遺児が京極内匠であり、復讐のため秀吉(芝居では真柴久吉)の命をねらっているという役。
いわば運命に弄ばれているような役で、悪に徹するとともに世の無常さを漂わせているような役どころだけに、演じる難しさもあっただろう。
大詰の豊前国小倉真柴大領久吉本陣の場では、真柴方の若武者が勢ぞろいするが、その顔ぶれはというと、菊五郎の孫で菊之助の長男・丑之助(今年5月に六代目菊之助を襲名)。菊五郎の孫・眞秀(母は寺島しのぶ)、時蔵の長男・梅枝、又五郎の孫で歌昇の長男・種太郎と、とてもフレッシュな子役たち(楽善の孫で彦三郎の長男・亀三郎も若武者役で出演の予定だったが病気で休演)。
若武者たちが舞台中央で見得を切るところを、うしろで菊五郎が優しそうな目で見守る姿が印象的だった。
終演後の囲み取材で勢ぞろいした出演者。