善福寺公園めぐり

善福寺公園を散歩しての発見や、旅や観劇、ワインの話など

きのうのワイン+映画「許されざる者」「わるいやつら」

フランス・ボルドーの赤ワイン「ムートン・カデ・レゼルヴ・メドック(MOUTON CADET RESERVE MEDOC)2019」

(写真はこのあと牛のサーロインステーキ)

格付け第一級シャトーが手がけるムートン・カデの上級シリーズ。メドックの魅力を表現した厚みのある果実味と複雑なニュアンスが魅力。

世界で一番愛されるボルドーワイン「ムートン・カデ」の中でも、ワンランク上のレゼルヴ・シリーズ。こちらは銘醸地メドックの厳選されたブドウのみを使用した1本。力強い味わいながらも滑らかなタンニンがあり、お肉料理の旨みを一層引き立てる味わいです、と宣伝文句にあり。

メルロとカベルネ・ソーヴィニヨンブレンド

 

ワインの友で観たのは、NHKBSで放送していたアメリカ映画「許されざる者」。

1959年の作品。

原題「THE UNFORGIVEN」

監督ジョン・ヒューストン、出演オードリー・ヘプバーンバート・ランカスターリリアン・ギッシュオーディ・マーフィー、ダグ・マクルーア、ジョセフ・ワイズマンほか。

オードリー・ヘプバーンが出演した唯一の西部劇であり、監督のジョン・ヒューストンにとっても初の西部劇という意欲作。

 

開拓時代のテキサス。牧場を営むザカリー一家は、父親を亡くし、母親(リリアン・ギッシュ)のもとに長男ベン(バート・ランカスター)、次男キャッシュ(オーディ・マーフィ)、三男アンディ(ダグ・マクルーア)、それに養女レイチェル(オードリー・ヘップバーン)の5人暮らしだった。

レイチェルは長男ベンを慕っているが、ある日、一人の老人が現れ、彼女は先住民の娘だといいふらしたことから、一家は困惑を深める。しかし、噂は事実で、彼女は赤ん坊のときに先住民の家からさらわれ、白人として育てられたのだった。

このためにザカリー家は周囲から孤立してしまう。ちょうどそのころ、レイチェルを奪還しようと先住民のカイオワ族が襲ってきて、ザカリー家はレイチェルを守るために決死の戦いに臨む・・・。

 

西部開拓史の裏側にある開拓民と先住民との殺戮と復讐という悲劇を、アラン・ルメイの小説をもとに描いた異色の西部劇。

白人として育てられ、まわりからちやほやされていたレイチェル((オードリー・ヘップバーン)が、実は先住民の子であると知って、白人の牧場主たちは手のひらを返したようにレイチェルを蔑み、憎み、彼女を守ろうとする一家と絶縁して、路頭に迷わせようとまでする。「許されざる者」とは、そんな人種差別を平然とする白人たちのことをいっている。

映画の中でベン(バート・ランカスター)は「出自なんか関係ない。育ち方が大事なんだ」といったような意味のことをいっていて、人種のこだわりはなく、働き者の先住民出身の牧童に目をかけていた。監督のジョン・ヒューストンがいいたかったのもこのことだろう。

同名の映画にクリント・イストウッド監督・主演の「許されざる者」(1992年)があるが、内容は全く違うし、原題もイーストウッドのほうは「UNFORGIVEN」なのに対して、本作は「THE  UNFORGIVEN」。より許さない気持ちを強調しているように感じられる。

 

60年以上前の映画とは思えないほど映像は鮮明で美しかったが、デジタル修復されたのだろうか。

3頭の馬を乗り継ぎながらの追跡シーンで、疾走しながら馬から馬へ乗り替えるところとか、先住民の襲撃にあって籠城する家の屋根に自ら火を放って応戦するクライマックスなど、アクションシーンは迫力満点。

 

唯一の西部劇というオードリー・ヘップバーンの魅力も堪能できる。

多少メイクはしているだろうが、先住民の娘といわれても違和感がないのが不思議。すべてを許してしまう美しさが彼女にはあるのだろうか。

そういえば「マイ・フェア・レディ」(1964年)では粗野で下品な下町言葉の花売り娘、「おしゃれ泥棒」(1966年)ではバケツ片手に床をゴシゴシこする掃除の女性を演じていたが、あれにも違和感がなかった。

どんな役をやっても天性の輝きがあるのがヘップバーンなのだろうが、もちろん、努力も怠らないようで、裸馬に乗ったりして乗馬シーンも多くあり、相当練習したに違いない。

ただし、乗馬シーンで落馬してしまい、緊急輸送機で運ばれたものの脊椎を骨折して入院し、撮影は一時中断。2カ月たってようやく復帰し、コルセットをつけながらの撮影に臨んだという。

しかもこの当時、ヘップバーンは夫のメル・ファーラーとの間に子どもができて妊娠中だった。ところが撮影終了後、2度目の流産をしてしまう。それでも彼女は子どもがほしかったのだろう。再び妊娠し、翌年、長男のショーンを産む。

その3カ月後には早々と復帰して「ティファニーで朝食を」に出演している。

子づくりにがんばって、なおかつテキサスの先住民の娘の役から、一転してニューヨークを舞台に自由奔放に生きる高級キャバ嬢みたいな役を演じて、オードリー・ヘップバーンはやっぱり永遠不滅のヒロインだ。

 

その前に観た映画。

民放のBSで放送していた日本映画「わるいやつら」。

1980年の作品。

監督・野村芳太郎、出演・片岡孝夫松坂慶子宮下順子藤真利子梶芽衣子、神崎愛、藤田まこと緒形拳渡瀬恒彦米倉斉加年小沢栄太郎佐分利信ほか。

影の車」(1970年)「砂の器」(1974年)に続いて、松本清張の同名の小説を野村芳太郎監督により映画化。松本と野村監督が共同で設立した独立製作会社、霧プロの記念すべき第1回作品であり、現・仁左衛門片岡孝夫と豪華女優陣の競演が見どころの作品。脚本は井手雅人、音楽は「砂の器」と同じ芥川也寸志

 

父親のあとを継いで個人病院の2代目院長の座に収まった戸谷(片岡孝夫)は、医師としての情熱などまるでない、かといって病院経営の才覚もない、お坊ちゃん育ちのプレイボーイ。妻(神崎愛)と別居中の身でありながら、看護師長のトヨ(宮下順子)をはじめ、材木商の妻、たつ子(藤真利子)、料亭の女将、チセ(梶芽衣子)といった金づるの愛人がいるジゴロみたいな男。彼は2人の女から金を巻き上げる一方で、請われるまま、医者の立場を悪用して女たちの夫を毒殺していく。

彼は、独身で美貌のデザイナー、隆子(松坂慶子)にも食指を伸ばそうとするが、誠実そうな彼女もまた、彼を上回る悪女だった。

彼女を手に入れるため数々の悪事を犯していく戸谷。しかし、病院の院長といいながら世間知らずの彼は、やがて彼を取り巻く“わるいやつら”のために自らも落とし穴へはまっていく・・・。

 

歌舞伎界を代表する立役・十五代目片岡仁左衛門。大看板の尾上菊五郎、松本白鸚はともに高齢で病気がちだし、襲名したばかりの市川団十郎はまだまだ心もとない。となると今の歌舞伎界を名実ともに背負って立っているのが仁左衛門だが、本名の片岡孝夫だったころの主演映画。

このとき彼は36歳。彼を取り巻く女優陣は松坂慶子28歳、藤真利子25歳、宮下順子31歳、梶芽衣子33歳。

歌舞伎界の大スターになるべき人が、主演といいながらも、世間知らずの二代目ボンボンの役で、ジゴロを気取ってるうちにだまされて転落していく情けない男を演じているというので、熱心な松嶋屋ファンからはブーイングの声も起こったとか。前年には同じ野村芳太郎監督の「配達されない三通の手紙」にも出演し、テレビドラマにも積極的に出ていた。

歌舞伎よりも映画やテレビ出演に熱心だったようにも見えるが、彼には映画やテレビで顔を売らねばならない事情があったのもたしかだった。

 

仁左衛門は大阪生まれの京都育ちで、もともと(今もそうだが)関西歌舞伎の人。しかし、仁左衛門の孝夫時代、関西歌舞伎は不振にあえいでいた。

高校時代、関西の歌舞伎が低迷して、父である十三代目仁左衛門にも芝居の役がつかなくなったのをみて、役者を辞めようと思ったこともあったほどで、家計の足しにしようと兄と姉とで自宅の2階でもぐりの料理屋をしたこともあったという。

京阪における歌舞伎公演ができなくなってきた1962年、十三代目仁左衛門は自宅を手放す覚悟で借金をし、「仁左衛門歌舞伎」を旗揚げした。関西歌舞伎はそれほどまでに低迷し、それを目の当たりにした孝夫は23歳のとき、東京への移住を決意する。

自分から会社(松竹)に頼み込んでの押しかけ上京だったというが、それでも最初はなかなか役がつかなかったそうだ。東と西での歌舞伎の風習の違いやセリフ回し、イントネーションの違いにも苦労したという。

このとき目をかけてくれ、世話してくれたのが、十七代目中村勘三郎と、坂東玉三郎の養父である十四代守田勘弥玉三郎との“孝玉コンビ”はこのころから始まったのだろう。

なかなか東京の歌舞伎で役がつかなかったので、積極的に映画・テレビを問わずに顔を売っていたに違いない。それは自分のためだけではない。関西歌舞伎の立て直しへの強い願いも込められていたはずだ。

 

そうした苦労の中で生まれた仁左衛門座右の銘が「不逆流生(ふぎゃくりゅうせい)」だ。

流れに逆らわず、流されるのではなく流れを生かす、これが仁左衛門のモットーという。

映画やテレビドラマでは、とても嫌な男とか、情けなくてどうしようもない男を演じるときもあるが、それはそれで楽しい、というようなことを仁左衛門はインタビューで語っている。自分は真っ白なキャンバスみたいだ、というようなこともいっている。自分とはまるで違った人格を演じることで、むしろ芸に幅が出る、と彼は思っているようだ。

歌舞伎の役がつかない中でも、映画やテレビという別の流れの中で、それを生かして新しい役に挑戦していった仁左衛門

ひょっとして、「わるいやつら」で演じた世間知らずのボンボンの役が、「女殺油地獄」の与兵衛役にも生かされているのかもしれない。