善福寺公園めぐり

善福寺公園を散歩しての発見や、旅や観劇、ワインの話など

きのうのワイン+映画「張り込み」「山河あり」「ふたりの女、ひとつの宿命」

フランス・ボルドーの赤ワイン「ル・プティ・クルセル・レ・コパン(LE PETIT COURSELLE LES COP(A)INS)

フランス・ボルドーの家族経営のワインメーカー、マリー・エ・シルヴィー・クルセルが手がけるプティ・クルセル・シリーズの1本。

メルロ、カベルネ・フラン、シラーをブレンド

果実味とほどよい酸味のバランスが取れたワイン。

 

ワインの友で観たのは、民放のBSで放送していた日本映画「張り込み」。

1958年1月公開の作品。

監督・野村芳太郎、脚本・橋本忍、音楽・黛敏郎、出演・大木実宮口精二高峰秀子田村高廣、高千穂ひづる、松本克平、藤原釜足浦辺粂子多々良純ほか。

高峰秀子生誕100周年を記念して彼女が出演した映画が連続して放送されていて、その1本。

松本清張の同名小説の映画化で、兇悪事件の容疑者逮捕のためかつての恋人を張り込む刑事をセミドキュメンタリー・タッチで描いたサスペンスドラマ。

 

警視庁捜査第一課のベテラン刑事・下岡(宮口精二)と若手の刑事・柚木(大木実)は、質屋殺しの共犯・石井(田村高廣)を追って佐賀へ発った。主犯の自供によると、石井は3年前、上京のときに別れた女・さだ子(高峰秀子)に会いたがっていたが、犯行に使った拳銃を所持していた。

さだ子は今は佐賀の銀行員・横川(松本克平)の後妻になっていた。両刑事はその家の前の木賃宿然とした旅館で張込みを開始。さだ子はもの静かな女で、熱烈な恋愛の経験があるようには見えなかった。ただし、20歳以上も年の違う夫と、先妻との間にできた子どもがいて、幸せそうにも思えなかった。

猛暑の中で昼夜の別なく張込みが続けられ、3日目、4日目をすぎても石井は現れなかったが・・・。

 

戦後の映画史に残る作品のひとつ。

導入部からして緊迫した始まり。

国鉄(当時)横浜駅のホームが映し出され、「停車中の列車は23時6分発の鹿児島行き急行列車さつま号です」とアナウンスが流れる中、2人の刑事が足早にホームに向かっていく。列車はすでに動き出していて、走り出した下岡と柚木の2人の刑事は何とかデッキに飛び乗り、列車はホームを出て行く。

そこから列車内のシーンが延々と続く。

当時はまだ新幹線なんかなく、東京と九州を結ぶ寝台特急「あさかぜ」が開業したのが1956年(昭和31年)だから、本作が描かれた時代、九州まで行くには急行列車で丸一日かけて行くしかなかったのだろう。

混み合った車内で通路に座り込む2人。蒸し暑い中、ランニング姿になったりしながら、夜行列車は静岡、名古屋とすぎていき、ようやく1つ空いた席に下岡が座り、途中から蒸気機関車に替わって、柚木も座れるようになる。広島、小郡、博多を通過し、佐賀駅での下車まで、映画が始まってから10分ぐらいにわたって走る列車と蒸し暑い列車内のシーンが続き、ここでようやく「張り込み」のタイトル。

2人の刑事がこれから遭遇するであろう張り込みの過酷さを冒頭から予言している。

緊迫した雰囲気を出すため、横浜駅で列車に飛び乗るシーンは実際に走り出した列車にぶっつけ本番で飛び乗っていて、幸いにも一発でOKだったが、NGだった場合は翌日再びトライする予定だったという。

蒸し暑い列車内のシーンもすべて実際の車内でのロケで行われた。九州に向かう急行列車の最後尾に貸切の三等車を1両連結してもらい、大勢のエキストラを含め役者やスタッフは一昼夜乗り続けながらのリアルな撮影を行ったという。

 

ヒロインのさだ子の描き方も特筆すべきだろう。

後妻で嫁いださだ子の家はこじんまりとした一軒家で、通りを隔てた向かいにあるのが安宿ふうの旅館。2階の部屋からさだ子の住む家が見下ろせる。

始めはさだ子は遠景でしか映らない。当然セリフもない。

高い位置からの遠景の映像から、彼女には年の離れた夫がいて、その夫はいつも決まった時刻に出勤し、決まった時刻に帰宅することがわかり、子どもたちの様子や、どんな人が通りを通るか、郵便配達が何時ごろやってくるかといったことがわかっていく。

そして、映画の中ごろぐらいになってようやく、さだ子の顔がはっきりと映るようになり、彼女が買い物に行くところを尾行するシーンが出てきたりして、彼女と店の人との会話のシーンが出てくる。

さだ子のはっきりとしたセリフが聞けるのは映画の後半になってからで、かつての恋人で逃亡中の容疑者である石井との再会のシーンだ。

しかも、それまでは家事や子どもの面倒に追われ、夫の帰りを待つだけの、平凡で、暗い感じの日々を送っていた彼女が、一転して明るく、艶っぽく石井と接する姿に豹変している。

平凡な主婦が輝くような恋人に変身する姿を、遠景→近景→アップと描いていく脚本もすばらしいが、監督も、そしてそんな女性を演じた高峰秀子もすばらしい。

 

さらに脚本が秀逸なのは、容疑者逮捕のために張り込む刑事の執念とともに、刑事のプライベートの、というより人間的な苦悩も、逮捕劇と重なるように描いていることだ。

若手の刑事の柚木には、いろんな家庭の事情から結婚に踏み切れずにいる弓子(高千穂ひづる)という恋人がいた。彼は思い悩んでいる最中だったが、石井が逮捕されるまでの数時間とはいえ、退屈な日常から解き放されて輝きにあふれるさだ子の姿を目の当たりにする。しかし、石井が逮捕されれば、彼女は再び暗い日々に戻らなければならない。

短い時間であっても命を燃やす彼女の姿に、自分の恋人の姿を重ね合わせた柚木は、石井を連行して東京に帰る直前、弓子宛てに電報を打つのだった。

「ユミコ、ガンバロウ。カエリシダイ、ケッコンシヨウ」

 

監督の野村芳太郎はこの映画のとき38歳。

のちに「男はつらいよ」などの監督となる山田洋次は助監督で(ただし、クレジットに名前がなかったから下っ端の助監督だったのだろう)26歳。

高峰秀子は34歳。

みんな若かった。

野村にとって本作は松本清張作の映画化1本目で、その後、「ゼロの焦点」「影の車」「砂の器」と野村・清張のコンビによる作品が生まれていく。

また、山田洋次は野村からシナリオを書いたらどうかといわれて、本作の縁で橋本忍に弟子入り。「砂の器」では橋本とともに脚本を書き、それが「男はつらいよ」など数々の山田作品につながっていった。

 

ついでにその前に観た映画。

民放のBSで放送していた日本映画「山河あり」

1962年の作品。

監督・松山善三、脚本・久坂栄二郎、松山善三、出演・高峰秀子田村高廣小林桂樹久我美子桑野みゆき石浜朗、早川保、ミッキー・カーチス、三井弘次、加藤嘉ほか。

1918年(大正7年)、日本人移民の一団がハワイへやってきた。その中には井上義雄(田村高廣)ときしの(高峰秀子)夫婦や、嫁入りのためやってきたすみ(久我美子)がいた。

人々は黙々と亜熱帯の畑と取り組み、10年。努力は報いられて井上は日本語学校の教師に、きしのは小さな食料店主になっていた。すみは郷田(小林桂樹)と結婚しクリーニング店を経営。井上家には春男(早川保)と明(ミッキー・カーチス)、郷田家には一郎(石浜朗)とさくら(桑野みゆき)と、それぞれ成長した子どもたちがいた。

そしてまた7年。故国日本は満州事変、日中戦争国際連盟脱退と次第に戦争への道を歩いていき、ついに真珠湾攻撃へと向かっていく・・・。

 

2つの祖国を持つ人々の苦悩、戦火のもとで引き裂かれる家族の愛と絆。4人の男女とその子どもたちを中心に、終戦までの27年間の日々を3カ月に及ぶハワイロケで描く。

 

民放のCSで放送していたハンガリー映画ふたりの女、ひとつの宿命」。

1980年の作品。

原題「ÖRÖKSÉG」

監督メーサーロシュ・マールタ、出演イザベル・ユペール、モノリ・リリ、ヤン・ノヴィツキ、ペルツェル・ズィタ、サボー・シャーンドルほか。

ハンガリーを代表する女性監督、メーサーロシュ・マールタ監督作品。本作は2023年に「メーサーロシュ・マールタ監督特集上映」として日本で劇場初公開となった作品のひとつ。初めて観るハンガリー映画だ。

1936年のハンガリー。小さな仕立て屋を営むイレーネ(イザベラ・ユペール)は、富豪の娘で友人のシルビア(リリ・モノリ)から特別な頼みごとを受ける。

シルビアは軍人の夫アコス(ヤン・ノヴィツキ)と結婚生活を送っていたが、彼女は不妊症だった。莫大な財産を所有する父親から「遺産はすべて生まれてくる孫、つまりお前の子に相続させる」といわれたシルビアは、イレーネに、報酬を渡すから自分に代わって夫とセックスして子どもを産んでほしいと頼むのだった。

最初は嫌がるイレーンだったが、シルビアの熱意と報酬に負けてアコスと一夜を共にする。シルビアの目論見通りイレーネは身ごもり、やがて無事、出産。

一方、金持ちの妻の存在が重荷になっていたアコスは、庶民のイレーネに惹かれていく・・・。

 

実はイレーネはユダヤ人だった。

本作の当時、ハンガリーは王国だったが、ナチスドイツと協調していて第二次世界大戦では枢軸国側につく。反ユダヤでナチズムを信奉する極右政党がハンガリーを支配する中で、ユダヤ人であるイレーネは思い悩む。もし自分がユダヤ人とわかれば自分の身も、生まれてくる子も危ない。

一方、イレーネと接するうち夫が彼女に惹かれていくことに嫉妬の炎を燃やすシルビア。

軍人である夫のアコスは、国家に忠誠を尽くそうとするがイレーネがユダヤ人と知り、彼女を助けようとある決断をする。

本作の原題の「ÖRÖKSÉG」とは「遺産」という意味だそうで、莫大な遺産をめぐり、夫と妻、代理出産の女性の三角関係にナチズムが絡んで物語は複雑に進行し、サスペンスタッチになっていく。

監督のまなざしの先には、女性が人として生きていくことを脅かす、男女の問題はもちろん、貧富の差とか民族差別など、矛盾に満ちた現代社会があるような気がする。

 

本作の背景には、ハンガリーという国の問題もあるだろう。

かつてのハンガリーは一大王国であり、北はスロバキア、南はクロアチアスラヴ人支配下に入れ、さらにルーマニアトランシルヴァニアにも勢力を伸ばしていて、中欧の強国として君臨する時代があった。

もともとの始まりは9世紀の終わりごろ、東からやってきたマジャール人ドナウ川中流に広がるパンノニア平原に定住したことで、1000年に王国を建国した。その後、一大王国を築いたわけだが、パンノニアは平原であるため周辺からの外敵の侵攻を受けやすく、モンゴル帝国の襲来にあったり、16世紀には南部をオスマン帝国、北部をハプスブルク家オーストリアに支配され、18世紀にはほぼ全域がハプスブルク家支配下となったという。

その後、独立の運動もあり、オーストリア=ハンガリー帝国として形式的には独立国となったが、ハプスブルク家の君主を戴いていて、実質的にはその支配を受けていた。

長い間の異民族支配のあと、ようやくハンガリーとして独立したのは第一次世界大戦後の1918年。独立国家となったものの、国土は3分の1に縮小。ハンガリー革命で社会主義政権が樹立され、一時、共和国となったが、ルーマニアの介入で革命は失敗し王国に戻り、かつての栄光を求めてか強国復活をめざす極右政党が台頭してきて、第二次世界大戦では枢軸国側について参戦する。

しかし、結局は敗北し、進軍してきたソ連軍の占領下となり、そのもとでの社会主義政権が誕生。1989年、東欧革命の一環で社会主義政権は崩壊し、ハンガリー共和国となって現在に至っている。

本作は、そうしたハンガリーの歴史の中での過去の1ページを描くものでもあったようだ。