善福寺公園めぐり

善福寺公園を散歩しての発見や、旅や観劇、ワインの話など

きのうのワイン+映画「パリのアメリカ人」「栄光のランナー/1936ベルリン」ほか

チリの赤ワイン「サンタ・ディグナ・カルメネール・グラン・レゼルヴァ(SANTA DIGNA CARMENERE GRAN RESERVA)2021」

(写真はこのあと牛のサーロインステーキ)

スペインのトーレスがヨーロッパの伝統と技術を用いてチリで手がけるワイン。

チリの代表品種カルメネールを使用。

カルメネールはフランス・ボルドー地方原産の赤ワイン用ブドウ品種で、ボルドーメドック地区で多く栽培されていたが、次第に栽培されなくなり、現在、世界で最大の栽培面積を誇るのはチリとなっている。

濃厚であるとともにバランスのとれた味わいで牛肉の料理にピッタリ。

 

ワインの友で観たのは、民放のBSで放送していたミュージカル「パリのアメリカ人」。

アメリカのミュージカル映画史上に名を残す「巴里のアメリカ人」(1951年)の舞台版で、2018年のロンドン・ウエストエンド公演の模様を映像化した作品。

演出・振付/クリストファー・ウィールドン、台本/クレイグ・ルーカス、装置・衣装デザイン/ボブ・クローリー、出演/ロバート・フェアチャイルド、リャーン・コープ、ハイドゥン・オークリー、ゾーイ・レイニーほか。

曲は「ラプソディ・イン・ブルー」などで知られるアメリカの作曲家ジョージ・ガーシュウィンが、ニューヨーク・フィルの依頼で作曲し1928年に発表された交響詩「パリのアメリカ人」。ガーシュウィンがヨーロッパ旅行の際にすごしたパリの活気に触発されて作曲したという。

この曲を散りばめ、兄のアイラ・ガーシュウィンの作詞によりつくられたのが1951年公開のミュージカル映画「巴里のアメリカ人」で、アカデミー賞6部門に輝いた。クライマックスで、主役のジーン・ケリーと新人のレスリー・キャロンが踊りまくる18分間のダンスシーンは名場面として今も語り継がれている。

同映画に着想を得てその内容をさらにふくらませ、バレエのトップダンサーによる踊りとミュージカルとを融合させて舞台化したのが本作。

2014年12月にパリで初演。翌年3月にニューヨーク・ブロードウェイ公演がスタートするとまたたく間に評判となり、閉幕となる2016年9月までに623公演を行う。2015年のトニー賞で振付賞、編曲賞、装置デザイン賞、照明デザイン賞の4部門を受賞。その後はロンドンのウエストエンド公演がスタートしている。

 

物語は――。

ナチス・ドイツの占領から解放された戦後のパリ。米軍兵士として戦ったジェリー(ロバート・フェアチャイルド)は、画家をめざしてパリにとどまっているが、若くてナゾめいた女性リズ(リャーン・コープ)と出会う。

彼女は、ナチス占領中、パリの資産家の家に匿われ、何年も隠れて暮していたユダヤ人で、バレリーナを志していた。彼女に一目惚れしてしまったジェリーに対し、リズも彼を愛するようになる。

しかし、リズは自分を匿ってくれた資産家の息子からプロポーズを受けており、2人の愛に挟まれて、彼女の心は揺れるのだった・・・。

 

何よりすばらしかったのが、ジェリー役のロバート・フェアチャイルドと、リズ役のリャーン・コープのダンス。

ロバート・フェアチャイルドはスクール・オブ・アメリカン・バレエをご卒業後、2005年にニューヨーク・シティ・バレエ団に入団し、2009年には最高位のプリンシパルになった人。つまり世界のクラシック・バレエ界を代表する超一流のダンサーということになる。

もう1人のリャーン・コープはザ・ドロシー・コールボーン・スクール・オブ・ダンシングを経てロイヤル・バレエ・スクールに入学。2003年、スクール卒業とともに英国ロイヤル・バレエ団に入団。トップクラスに所属し、数々の舞台で活躍中の人。

2人は「パリのアメリカ人」でブロードウェイデビューし、いきなり注目を集めてトニー賞のミュージカル主演男優賞、主演女優賞にもノミネートされた。

ミュージカルとクラシックが溶け合ったような2人の華麗で優雅で美しい踊りに、ただただうっとり見入るばかりだった。

ワタシ的に特によかったのがリャーン・コープの踊り。ミュージカルのように激しい動きではなく、ゆっくりとしたフワリとした“静”の踊りの中に“動”が潜んでいる踊り、といったらいいだろうか。動きの中に感情がこもった踊り、といったらいいだろうか、卓越した技術なしには踊れないと思うが、一瞬、日本の能の世界を連想したのだった。

 

ついでにその前に観た映画。

NHKBSで放送していたアメリカ・ドイツ・カナダ合作の映画「栄光のランナー/1936ベルリン」。

2016年の作品。

原題「RACE」

製作・監督スティーブン・ホプキンス、出演ステファン・ジェームズ、ジェイソン・サダイキスジェレミー・アイアンズウィリアム・ハートほか。

 

1936年、ナチス独裁政権下のベルリン・オリンピックで、ドイツとアメリカ双方の人種差別にさらされながらも4つの金メダル獲得という快挙を成し遂げたアメリカの黒人選手、ジェシー・オーエンスの苦悩とたたかいを描くヒューマン・ドラマ。

 

1913年、黒人奴隷をルーツとするアフリカ系アメリカ人の貧しい家庭に生まれたジェシー(ステファン・ジェームズ)は、幼いころから働きながら陸上競技の練習を積み重ね、早くからその才能を発揮。オハイオ州立大学でコーチのラリー・スナイダー(ジェイソン・サダイキス)と出会い、ベルリン・オリンピックを目指して日々練習に励む。

しかし、アメリカではナチスに反対してオリンピック参加ボイコットの動きが高まっていた。そして、黒人であるジェシーにとってもナチスによる人種差別政策は容認できるものではなかったし、一方で彼をはじめ黒人は、アメリカ国内でもいわれなき人種差別に苦しめられてきた・・・。

 

ジェシー・オーエンスといえば、驚異的な速さで陸上短距離の記録を次々と塗りかえた伝説のアスリート。

ベルリン・オリンピック前年の1935年、21歳の大学生のときのアメリカ国内の大会で、わずか45分の間に5つの世界新記録と1つの世界タイ記録を樹立し、その名を轟かせた。

翌年のベルリン・オリンピックでは、100m、200m、400mリレー、そして走り幅跳びの4種目で金メダルを獲得(ちなみに走り幅跳びの銅メダルは日本の田島直人で、彼は三段跳びで金メダルを獲得している)。

貧乏な境遇から英雄へと上り詰めたアメリカンドリームの物語と思って気楽に観ていたら、映画の展開はとんでもない方向に向かっていき、ワインの友どころではないと、襟を正して観る。

 

ベルリン・オリンピック開催前のドイツ国内はどんな状況だったかというと、3年前の1933年1月、ヒトラーの首相就任後、国会議事堂放火事件など陰謀・弾圧を巧みに利用してヒトラー率いるナチス党による一党独裁政権が成立する。

権力を握ったヒトラーはやがて、ナショナリズムを声高に叫んで軍備を増強し、領土拡大に突き進むようになる。このとき人々の心をとらえるために利用したのが共産主義への恐怖と反ユダヤ主義を結びつけたユダヤ人排斥だった。

アーリア人こそ最も優れている」との人種主義を前面に打ち出して、自分たちの優位性の証明の場にしようとしたのが1936年夏のベルリン・オリンピックだった。

一方、ヨーロッパの各国はナチスドイツに対して寛容な姿勢を取っている。反共という点ではナチスドイツと一致しているイギリス・フランスは、ドイツの領土拡張の動きを黙認し、それをある程度認めることで自国の安全を図ろうとした。

 

ナチスドイツへの対応をめぐっては、アメリカもヨーロッパと大差ない。むしろ領土を接しているフランスなどと違って、大西洋を挟んでいるだけにより“中立的”な立場だった。あからさまに応援しようとしたのは大企業の経営者たちだった。フォードやIBM創始者たちはヒトラーを支持していたし、“死の商人”として巨万の富を築いたデュポンはドイツでも軍需品の生産に躍起となった。

スポーツ界はどうだったか。それがわかるのがベルリン・オリンピックへの参加問題であり、映画の中で詳しく描かれている。

アメリカでは、出場するか否かの大きな政治的対立が渦巻いて、ナチスの人種主義、ユダヤ人排斥に反対するためボイコットすべきだと主張する声が高まっていた。

これに対して、「スポーツに政治を持ち込むべきではない」として五輪出場を主張したのが、当時の米国オリンピック委員会会長のアベリー・ブランデージだった。

このブランデージという人は、のちにIOC国際オリンピック委員会)の会長になった人物で、アマチュアリズムを貫いたとして知られているが、親ナチス的な言動でも批判を集めていた。彼は建設業と投資によって巨財を成していて、映画でも、ナチス側からアメリカ国内のドイツ大使館建設をめぐるカネがらみの裏取引を持ちかけられ、甘い汁を吸うためにアメリカのオリンピック参加を承諾したように描かれている。

アメリカの400mリレーチームにはユダヤ系の選手が2人いたが、競技の当日朝になって交代させられた。その決定は、ドイツ側の意向を受けたブランデージの圧力によるものであったといわれている。

また、ドイツの側も巧妙で、オリンピックの前後は公園など公共施設へのユダヤ人立入禁止の看板などは外され、オリンピック前にドイツを訪問したブランデージは帰国後、「ドイツで反ユダヤ主義は見られない」と語ってドイツを擁護している。

しかし、ボイコットを主張する人々にしても、それほど強くはいえない弱みがあったのではないか。アメリカでも人種差別がまかり通っていたからだ。黒人差別は依然として横行していたし、アジアからの移民への差別、ユダヤ人への偏見も根強かった。もしアメリカが人種差別問題を理由にオリンピックをボイコットすれば、今度はアメリカ自身の人種差別に批判の目が向けられることになってしまう。結局のところ、オリンピックのボイコットはアメリカの国内事情からしてもできない相談だったのだ。

ジェシー・オーエンスが4つの金メダルを獲得して帰国後も、彼は差別にさらされ続けた。

映画でも描かれているが、彼を讃える晩餐会に出席するため夫婦で会場のホテルに向かうと、ドアマンは「黒人は裏の通用口から入るように」と告げる。

彼のメダル獲得の快挙について、ホワイトハウスや政府の公式声明は一切なかった。ようやく功績が認められて大統領自由勲章を授与されることになりホワイトハウスに招かれたのは、オリンピックから40年もたった1976年であり、その4年後に彼は亡くなった。

 

CGやVFXを巧みに使ってリアルな映像。1936年当時のニューヨークやベルリンの街の様子はもちろん、10万人も集まったというオリンピック・スタジアムの描写も見事で、「真に迫る」とはこのことか。

 

民放のBSで放送していたドイツ映画「アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド」。

2021年の作品。

監督・脚本マリア・シュラーダー、出演ダン・スティーブンス、マレン・エッゲルト、サンドラ・フラーほか。

 

アンドロイドと人間の不思議なラブストーリー。

 

ベルリンの博物館で楔形文字の研究をしている考古学者アルマ(マレン・エッゲルト)は研究資金を稼ぐため、ある企業が実施する極秘実験に参加する。彼女の前に現れたのはハンサムな男性トム(ダン・スティーブンス)で、初対面にも関わらず積極的に彼女を口説いてくる。

そんなトムの正体は、全ドイツ人女性の恋愛データ及びアルマの性格とニーズに完璧に応えられるようプログラムされた高性能AIアンドロイドだった。

「3週間の実験期間内にアルマを幸せにする」というミッションを課せられたトムは、抜群のルックスと穏やかな性格、豊富な知識を駆使したあざやかな恋愛テクニックで、過去の傷から恋を遠ざけてきたアルマの心を変えようとするが・・・。

 

アンドロイドと人間の恋なんてありえないんだけど、見ているうちに「ひょっとしたらありうるかも」と思わせるところが映画の不思議。監督が上手なゆえだろうが、監督のマリア・シュラーダーは女優としても活躍していて、監督作品が何本もある実力者のようだ。

 

恋愛についての暗い過去を持ちながら都会で暮らす中年にさしかかった孤独な女性と、完璧なコンピュータ駆動のAIのはずなのにどこか人間的な(想定外の反応のときにアルゴリズムが追いつかず、しばしキョトンとしたり、落ち込むこともある)アンドロイドとの出会い。

いつの間にかだれにでもありそうな大人の恋物語にしちゃって、揺れる女心を描いているところがニクイ。

その演技が認められ、マレン・エッゲルトは2021年の第71回ベルリン国際映画祭において最優秀主演俳優賞を受賞している。