イタリア・ヴェネト州の赤ワイン「コルテ・ジャーラ・メルロ・コルヴィーナ(CORTE GIARA MERLOT CORVINA)2021」
ワイナリーは、南にはアドリア海、北部は山岳地帯で山や湖、海に囲まれる自然豊かなイタリア北東部、ヴェネト州を代表するアレグリーニ。
ブドウ品種はメルロ60%、コルヴィーナ・ヴェロネーゼ40%。
柔らかさを持つメルロと、パワフルなコルヴィーナがブレンドされたしっかりとしたボディとコクのある赤ワイン。
ワインの友で観たのは、民放のBSで放送していたアメリカ映画「ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ」。
2021年の作品。
監督リー・ダニエルズ、出演アンドラ・デイ、トレヴァンテ・ローズ、ナターシャ・リオン、ギャレット・ヘドランドほか。
アメリカジャズ界の伝説的歌手ビリー・ホリデイを描いた伝記ドラマ。
人種差別を告発する楽曲「奇妙な果実」を歌い続けたことで、FBIのターゲットとして追われていたエピソードに焦点を当て、彼女の短くも波乱に満ちた生涯を描き出す。
1940年代、人種差別の撤廃を求める人々が国に立ち向かった公民権運動の黎明期。政府から反乱の芽を潰すよう命じられていたFBIは、絶大な人気を誇る黒人の女性ジャズシンガー、ビリー・ホリデイ(アンドラ・デイ)の大ヒット曲「奇妙な果実」が人々を扇動すると危険視し、彼女にターゲットを絞る。
FBIと同じ司法省に所属する連邦麻薬取締局(DEA)のアンスリンガー長官(ギャレット・ヘドランド)は、麻薬の使用を理由に彼女を再起不能にしようと、おとり捜査官として黒人の捜査官ジミー・フレッチャー(トレヴァンテ・ローズ)をビリーのもとに送り込む。
ところが、ジミーは、肌の色や立場の違いも越えて人々を魅了し、逆境に立つほど輝くビリーのステージパフォーマンスにひかれ、次第に彼女に心酔していく。
しかし、その先には、FBIやDEAが仕かけた罠や陰謀が待ち受けていた・・・。
脚本はピュリッツァー賞を受賞した劇作家のスーザン=ロリ・パークス。
グラミー賞ノミネート歴もあるR&Bシンガーのアンドラ・デイがホリデイ役を演じ、劇中のパフォーマンスも担当。第78回ゴールデングローブ賞で最優秀主演女優賞(ドラマ部門)を受賞し、第93回アカデミー主演女優賞にもノミネートされた。
原作はスイス・イギリス系の作家ヨハン・ハリが2015年に発表したノンフィクション「麻薬と人間 100年の物語」(福井昌子訳、作品社)。
本書によれば、100年前にアメリカで始まった麻薬取り締まり政策により、かえって麻薬依存症を増やし、ギャングに麻薬売買の特権を与えてギャングが社会にはびこる結果を招いたという。
1930年に設立された連邦麻薬局(後のDEA・麻薬取締局)初代局長ハリー・アンスリンガーは、麻薬の使用者は黒人ばかりで、共産主義者は麻薬でこの国を滅ぼそうとしている、と宣伝し、まず目をつけたのがジャズ歌手のビリー・ホリデイだった。
ビリー・ホリデイが歌う「奇妙な果実」は、南部で白人のリンチによって殺された黒人が木に吊るされている姿を描いた歌だ。
1939年、23歳だった彼女は、専属歌手をしていたニューヨークのナイトクラブで「奇妙な果実」を歌った。歌い終わっても初めは拍手1つなかったが、やがて1人の客が拍手をし始めると、突如として客席全体が割れんばかりの拍手に包まれたという。以後、彼女はステージの最後には必ずこの歌を歌うようになる。
黒人差別を告発する魂の訴えであるこの歌は、人々の心を動かし、差別を許さない行動に向かわせる。アメリカの音楽史を変え、公民権運動はこの歌から始まったといさえいわれるほどだ。
一方で、差別と貧困の中で、子どものころから壮絶な人生を生きたビリー・ホリデイは、アルコールとヘロインに救いを求め、薬物に溺れてもいた。アンスリンガーは薬物使用を理由に彼女を罰することで、白人にとって都合の悪い「奇妙な果実」を抹殺しようとした。
1954年、ビリー・ホリディーは、彼女を目の敵にしていた白人至上主義者の麻薬取締官に病院での治療を阻止され、亡くなったあとも手錠をかけられ、44歳の若さでこの世を去っていった。
彼女を標的にし死に追いやったアンスリンガーは、5代の大統領下で32年もの間、麻薬局に君臨し、当時のケネディ大統領から表彰も受けている。
「奇妙な果実(Bitter Fruit)」は、ニューヨーク・ブロンクス地区のユダヤ人英語教師エイベル・ミーアポル(Abel Meeropol)によって、1937年、彼が34歳のときに作詞・作曲された。
それより7年前の1930年8月、新聞で、白人のリンチにより2人の黒人が吊るされて死んでいる写真を見て衝撃を受け、まず教師組合の出版物に「苦い果実」と題して詩を掲載したという。その後、曲をつけて発表したのが「奇妙な果実」だった。
アメリカでは人種差別にもとづくヘイトクライム(憎悪犯罪)がたびたび起きていて、黒人が白人によるリンチによって殺されてきた歴史がある。問題なのは、それが犯罪として扱われていなかったということだ。
リンチを犯罪として禁止する法案は、1900年に当時唯一の黒人下院議員によって連邦議会に提出された。しかし、主に南部出身の議員の反対で可決・成立することはなく、200回以上も廃案となってきて、法案が可決し成立したのは昨年2022年3月のこと。122年たって、ようやく連邦法で「リンチ行為は犯罪」と定義されることになったのだ。
成立した法律は1955年にミシシッピ州で惨殺された14歳の黒人少年の名前にちなみ「エメット・ティル反リンチ法」と呼ばれる。
少年は、友人たちと白人が営む商店に買い物に行った。店の前で店主の妻に向かって口笛を吹いたとして腹を立てた店主らが、少年を拉致し惨殺した。犯行を認めた白人の男たちは裁判にかけられたが、全員白人の陪審員の評決で無罪となった。
少年の母親は、原形をとどめない息子の遺体を葬儀参列者や新聞記者に公開し、リンチを全米に告発。殺された少年は、黒人の権利獲得・差別撤廃を目指す公民権運動の象徴的存在ともなっていた。
そういえば日本でも、100年前の関東大震災の混乱の中で、多くの朝鮮人がリンチによって殺されている。死者・行方不明者10万5000人のうち、1~数%が当時の混乱のさなかに虐殺された朝鮮人とみられているという。
しかし、松野官房長官は関東大震災当時の朝鮮人虐殺について「政府内において事実関係を把握する記録は見当たらない」として知らんぷりという。
100年たってようやく変わりつつあるアメリカ。100年たっても変わらない日本。
ついでにその前に観た映画。
民放のBSで放送していたインド映画「ルートケース」。
2020年の作品。
原題「LOOTCASE」
監督ラージェーシュ・クリシャン、出演クナール・ケームー、ラスィカー・ドゥッガル、ヴィジャイ・ラーズ 、ランヴィール・シャウリー 、ガジラージ・ラーオほか。
舞台はインドの大都市ムンバイ。印刷所で働くしがないサラリーマンのナンダン(クナール・ケームー)は夜勤の帰り道、1億ルピーが入った赤いスーツケースを拾い、ネコババしてしまう。しかし、ナンダンは信心深い妻ラター(ラスィカー・ドゥッガル)にはそのことは黙っていた。
スーツケースは、州議会議員のパーティール(ガジラージ・ラーオ)が目上の政治家トリパーティーにワイロとして贈ったもので、移送の仕事をギャングのオマルに依頼したのだが、途中でライバルギャングのバーラー(ヴィジャイ・ラーズ)に妨害され、警察も駆けつけたために、急場しのぎで隠したのだった。
そのスーツケースにはトリパーティーの汚職に関する極秘資料も入っていた。パーティールに厳命されたオマルは必死にスーツケースを探すが、バーラーもスーツケースを狙っていて、パーティールに手なずけられた悪徳警官のマーダヴ・コールテー警部補(ランヴィール・シャウリー)もスーツケース探しに乗り出す。
やがて、2組のギャングと悪徳警官の三つ巴による追跡は、スーツケースを隠し持っているナンダンにたどり着き、ついには銃撃戦へと発展していく・・・。
ヤクザと悪徳政治家と悪徳警官が絡むクライムサスペンス、と思って見ていたら、まるで違う展開。
1億ルピーは日本円にすると約1億8000万円。突如としてそんな大金を手に入れた小市民的男と、清貧を厭(いと)わない妻をめぐるドタバタ家庭物語といったほうがいいだろう。
タイトルの「ルートケース」とは、ヒンディー語で「盗む」という意味の「ルートナー」と「スーツケース」を合わせた造語らしいが、偶然手に入れた大金入りのスーツケースをナンダンはどうしたかというと、一時的に空いていたアパートの隣の部屋に隠し、スーツケースに名前までつけて、毎晩、スーツケースを抱きしめて悦に入っていたのだった。
彼は会社では「最優秀社員」として表彰されるほど勤勉な人間。なのに安月給で生活は苦しく、家賃の支払いにもこと欠くほど。突然の大金に彼の心は揺れに揺れ、ついには欲望に負けてしまうのだが、そこは家庭が大事な男だけに、何に使うかといえば電子レンジを買ったりと使い道はつましいもの。
一方、信心深い妻は、貧しくともちゃんと働いて稼ぐことこそ大事で、不正なお金なんてトンデモナイという主義。息子が学校で友だちらの消しゴムを間違って持ってきたというだけで厳しく叱りつける。
そんな家庭に、思いもかけず大金が舞い込んだとき、欲望に負けるのか、それともそんなものは拒絶して清貧に生きるのか――それがこの映画のテーマでもあった。
登場人物でおかしかったのが、敵対するギャングのバーラー親分。
彼はテレビで放送している「ナショナル・ジオグラフィック」の熱烈なファンで、動物を学名で呼ぶほどのナショジオ・オタク。
動物の世界は人間の世界にも通じるというので、ハイエナの狩りの仕方から学んで敵対するギャングとの争いの作戦を立てるほど。
手下にもしつこくチャンネル加入を勧めていたが、実際、ナショジオはインドでもけっこう人気なんだそうだ。
大金の詰まったスーツケースに入っていた紙幣が2000ルピーの高額紙幣だったというのも、見ていて気になった。
なぜならインドではここ数年、お札をめぐってさまざまな動きあるからだ。
映画では、ナンダンが隠していた金の一部が風で吹き飛び、飛散した2000ルピー札に人々が歓喜の声を上げながら群がるシーンもあった。
日本円にして3300円あまりに相当する2000ルピー札はインドでは最も高額な紙幣。このお札がいつ登場したかというと、比較的最近のことだ。
2016年、モディ首相は高額紙幣を廃止すると発表して、当時の最高額紙幣だった1000ルピー札と2番目に高額な500ルピー札を即刻廃止。インド経済は大混雑に陥った。
突然の廃止の理由は、「地下経済」の資金の浄化や偽造紙幣の撲滅などが狙い。これに伴って新たに発行されたのが新500ルピー札と2000ルピー札だった。
その2000ルピー札も、今年5月、流通を停止することが発表されていて、当面は引き続き使用できるものの、今年9月末までに銀行で別の紙幣に換えるか、預金するよう呼びかけられている。
2000ルピー札は短い寿命で終わる運命にあるが、背景にはキャッシュレス化による現金依存度の低下があり、本作はそんな“お札の悲劇”を描いているのかもしれない。
民放のBSで放送していたアメリカ・イギリス・ドイツ合作の映画「沈黙のレジスタンス ユダヤ孤児を救った芸術家」。
2020年の作品。
原題「RESISTANCE」
監督・脚本・製作ジョナタン・ヤクボウィッツ、出演ジェシー・アイゼンバーグ、エドガー・ラミレス、クレマンス・ポエジー、エド・ハリスほか。
「パントマイムの神様」と呼ばれたフランスのアーティスト、マルセル・マルソーが第2次世界大戦中にユダヤ人孤児123人を救ったエピソードを映画化。
1938年、ドイツと国境を接したフランスのストラスブール。精肉店を営む父親の下で働く傍ら、ひそかにパントマイム芸を磨いていた若きマルセル(ジェシー・アイゼンバーグ)は、兄やいとこ、それに思いを寄せるエマ(クレマンス・ポエジー)らとともに、ナチスドイツに親を殺されたユダヤ人の孤児たちの世話をしていた。
子どもたちはマルセルの芸で笑顔を取り戻していくが、やがてドイツはフランスに侵攻し、フランス全土を占領。マルセルらは、子どもたちを安全なスイスへ逃がすため、危険なアルプスの山を越えることを決意する・・・。
マルセル・マルソーはユダヤ人で、映画で描かれている通り、ドイツ軍がフランスに侵攻してくるとレジスタンスに加わる。彼は生き延びたが、父親はゲシュタポに捕らえられ、戦争が終わる1年前の1944年にアウシュビッツ強制収容所で亡くなっている。
映画の中で、やけにユダヤ教の教義について語るシーン多いなと思ったら、監督・脚本・制作のジョナタン・ヤクボウィッツはベネズエラ生まれのポーランド系ユダヤ人。彼自身、熱心なユダヤ教の信者なのだろう。
若きマルセル・マルソー役のジェシー・アイゼンバーグは、何カ月もかけてパントマイムを練習したらしいが、はっきりいってマイムはイマイチ。
そりゃしょうがない。マルセル・マルソーの芸があまりにもすばらしすぎる。
微妙な手や指の動きを含め、言葉ではなく“無言の動き”で感情を表現するのがパントマイム。
「マイムの神さま」「沈黙の詩人」と呼ばれるのもうなずける。
もっとも、若いころはまだ修行中だったろうが、どうしてもマルセル・マルソーと聞くと完成された彼の芸を思い浮かべてしまう。
そんな至高のアーティストも、自由のために戦った。
映画の最後に、マルセル・マルソー本人のマイムを見せてほしかった。