善福寺公園めぐり

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警察小説変じて歴史ロマン「真珠湾の冬」

ジェイムズ・ケストレル真珠湾の冬」(訳・山中朝晶、ハヤカワポケミス、原題「FIVE DECEMBERS」)

ハードボイルド&ミステリー小説として読み始めるが、警察小説として始まった物語はやがて太平洋戦争下を生き抜く男の魂の彷徨を描いていく。原題の「FIVE DECEMBERS」とある通り、太平洋戦争開戦の1941年から終戦となる1945年まで、12月を5つ数える壮大な歴史ロマン大作となっている。

2020年のアメリカ探偵作家クラブ賞(エドガー賞)の最優秀長篇賞を受賞した作品。

 

1941年11月のハワイ。アメリカ陸軍上がりの刑事ジョセフ(ジョー)・マグレディは、白人男性と日本人女性が惨殺された奇怪な事件の捜査を始める。ウェーク島での新たな殺人事件を経て、犯人がマニラ・香港方面に向かったことを突き止めたマグレディはあとを追う。

ところが、香港に到着した直後、追跡を察知した犯人の陰謀により香港警察に捕まってしまい、留置所で一晩すごした朝は日本時間で12月8日。日本軍が真珠湾を奇襲攻撃し、太平洋戦争が始まった日だった。

日本軍は真珠湾攻撃と同時刻に香港にも攻撃を開始。マグレディは香港を占領した日本軍の捕虜となってしまうが、彼の運命はそこから変転していく・・・。

 

猟奇的な連続殺人と思われた事件の背後には日本とドイツ、アメリカを巻き込むスパイの暗躍があった。

事件の片棒を担ぐ組織として「ドイツ系アメリカ人協会」なるものが出てくる。

この組織はドイツからの移民を中心につくられたナチズムの団体で、ナチスドイツを支持し、人種差別と歪んだアメリカンナショナリズムを推し進める運動を行っていた。

第2次世界大戦前夜の1939年2月には、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンで約2万人の親ナチのアメリカ人を集めての集会を開いたりしている。

戦争が始まると、やがて組織は壊滅していったというが、その命脈は保たれていて、戦後の白人優位主義やネオナチのヘイトグループの復活へとつながっているといわれている。

 

本作では日本が主な舞台のひとつとなっていて、日本人が主要な登場人物となっているのも特徴だ。何しろマグレディ自身、生き抜くための苦難の日々をすごすうちに、日本語を身につけ、話せるようになっていく。

作者のジェイムズ・ケストレルは、日本と日本人の描写のため東京に何度も取材に行き、戦前の映像を探して参考にしたりもしたという。あの当時のホノルルの描写も含めて本作のリサーチに3年かけたというから、丹念に調べた上での執筆なので、アメリカ人による日本の描写であっても違和感はない。

そもそも彼はその経歴からしてアジアとのつながりが深いようだ。

現在、ハワイのホノルルで弁護士を本業としているが、もともと大学卒業後、台湾で子ども向けの英語の教師をしたり、メキシコ料理店を経営したりしていたという。その後、ニューオーリンズロースクールに入学するために帰国し、その後ハワイへ移り住む。コロナが蔓延する以前は、仕事のために毎年のように香港や東京へ行き来していたという。

 

何でも彼はすでに続編を考えていて、1968年を舞台にジョー・マグレディの娘が登場する作品を構想しているとという。

その娘とは、ひょっとして戦争が終わって翌年に生まれたとしたら22歳で、ひょっとして母親は・・・?

何だか期待してしまう。