善福寺公園めぐり

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NTL「ハムレット」そしてオフィーリア

3連休最終日の夕方、池袋駅西口のルミネ池袋8Fにあるシネ・リーブル池袋で、2015年に上演され話題を呼んだベネディクト・カンバーバッチ主演のシェイクスピア作「ハムレット」の舞台映像作品を観る。

満席で、しかもほとんどが若い女性。

3連休ということもあるだろうが、若い女性にイギリス演劇が人気なのか、「ハムレット」の有名度ゆえか、人気俳優のカンバーバッチ・ファンが多いのか、理由は定かではないが、見終わって、今でこそ映画で有名になっているがもともと舞台俳優でシェイクスピア劇にも登場するイングランド王・リチャード3世の遠縁にも当たるというカンバーバッチの演技がすばらしく、満席になる理由がわかった気がした。

 

舞台「ハムレット」は、2015年8月から10月まで、ロンドンのバービカンシアターで12週間限定上演された。上演時には、オンラインチケットが発売されるやいなや10万枚のチケットが即日完売するほどの人気だったという。

イギリスの国立劇場ロイヤル・ナショナル・シアターでは、厳選した名舞台をデジタルシネマ化して世界各国の映画観で上映する「ナショナル・シアター・ライブ(NTL)」のプロジェクトを行っていて、本作もその1つ。2016年にシネマ作品として劇場公開されたのをリバイバル上映したもの。

 

いつ見ても思うが、シェイクスピア作品の言葉の美しさ。

セリフはどれも詩であり、朗誦するように書かれているから、耳に心地よい。

セリフは韻を踏んでいて、英語がわかる人が聞けばもっと夢見心地で聞けるだろう。

しかし、「ハムレット」で描かれているのは王子ハムレットを巻き込む悲劇であり、デンマークの王子ハムレットが、彼の父である王を毒殺して王位につきなおかつ母を王妃とした叔父に復讐を果たす物語。正式な題名も「デンマークの王子ハムレットの悲劇」となっているから、耳に心地よいどころか、ハムレットの苦悩が痛いほど重く響いてくる。

 

ハムレット」は1600年ごろ、作者シェイクスピアの36歳ごろの作品といわれている。

1600年といえば日本では関ヶ原の戦いがあった年。

つまり「ハムレット」は400年以上も昔の物語だが、それにもかかわらず、現代のわれわれが見ても惹きつけられるのはなぜか。「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ」というセリフに代表されるように、苦悩する中でいかに生きるべきか、さまざまな迷いを乗り越えてどう決断するか、現代人と共通するテーマに真正面から立ち向かっているからだろうか。

 

しかし、今回あらためて本作をじっくり見ていて一番心に残ったのは、ハムレットの母親で王妃のガートルードが語る、ハムレットが愛した女性オフィーリアの最期の様子だった。

彼女はハムレットの復讐のためにわざと冷たくされ、誤って父を殺され、正気を失って森をさまよい、川に落ちて死んでしまう悲劇のヒロインだ。

本作の一番の悲劇は、ハムレットを襲った悲劇以上に、オフィーリアが被った悲劇ではないかとさえ思った。

王妃ガートルードのセリフ。

「小川のふちに柳の木が、白い葉裏を流れにうつして、斜めにひっそりと立っている。オフィーリアはその細枝に、きんぽうげ、いらくさ、ひろ菊などを巻きつけ、それに、口さがない羊飼いたちがいやらしい名で呼んでいる紫蘭(しらん)を、無垢(むく)な娘たちのあいだでは死人の指と呼びならわしているあの紫蘭をそえて。そうして、オフィーリアはきれいな花環(はなわ)をつくり、その花の冠を、しだれ枝にかけようとして、よじのぼった折も折、意地わるく枝葉はぽきりと折れ、花環もろとも流れのうえに。すそがひろがり、まるで人魚のように川面(かわも)にただよいながら、祈りの歌を口ずさんでいたという、死の迫るのも知らぬげに、水に生(お)い水になずんだ生物さながら。ああ、それもつかの間、ふくらんだすそはたちまち水を吸い、美しい歌声をもぎとるように、あの憐(あわ)れな牲(いけにえ)を、川底の泥のなかにひきずりこんでしまって。それきり、あとは何も」(福田恆存訳、新潮文庫

セリフからだけでも、その情景が目の前に浮かび上がってくるようだ。

このセリフはのちのち多くの芸術家たちの創作意欲を刺激したみたいで、オフィーリアの死を描いた絵画作品は数多いが、有名なのがジョン・エヴァレット・ミレイが死にゆくオフィーリアを描いた「オフィーリア」(1851‐52年)だろう。

ロンドンのテムズ川河畔の美術館、テート・ブリテンに所蔵されていて、ロンドン留学中だった夏目漱石もこの絵を見ていたく感動し、「草枕」にこの絵のことを書いている。

また、「草枕」でこの絵の話を読んで感銘を受けた宮崎駿監督は、この絵を見たさにわざわざロンドンまで出かけていって、彼の作品「崖の上のポニョ」にも影響を与えたといわれている。

 

ハムレット」を観たあとはルミネ池袋9階の「紅虎餃子房」で夕食。

生ビールのあとは瓶出しの紹興酒をカラフェで。

サラダと餃子。

それに鶏の唐揚げ香味だれ。

ハムレット」の余韻に浸りながら帰還。