フランス・ボルドーの赤ワイン「ムートン・カデ・ルージュ・クラシック(MOUTON CADET ROUGE CLASSIQUE)2019」
メドック格付け第一級シャトーを所有するバロン・フィリップ・ド・ロスチャイルドが、本拠地ボルドーで手がけるワイン。
メルロを主体にカベルネ・ソーヴィニヨン、カベルネ・フランをブレンド。
穏やかな酸味と渋みが相まって飲みやすい仕上がりのワイン。
ワインの友で観たのは、民放のBSで放送していた日本映画「秋日和」。
1960年の作品。
監督/小津安次郎、脚本/野田高梧、小津安二郎、原作/里見弴、出演/原節子、司葉子、岡田茉莉子、佐分利信、中村伸郎、北竜二、佐田啓二、沢村貞子、桑野みゆき、三宅邦子、笠智衆、渡辺文雄ほか。
亡夫の七回忌を終えた美しい未亡人と婚期を迎えた娘の間に起きる小さな心の波風を繊細に描く。いつもの小津作品のような“父と娘”ではなく“母と娘”が主役で、取り巻きの紳士たちが多少おかしみのある脇役に徹している。
亡友三輪の七回忌、末亡人の秋子(原節子)は相変らず美しかった。娘のアヤ子(司葉子)も美しく育ち、24歳になっていた。三輪とともに秋子もよく知る間宮(佐分利信)、田口(中村伸郎)、平山(北竜二)の旧友3人は、アヤ子にいいお婿さんを探そうとお節介心を起こすが、アヤ子はまだ結婚する気はないという。
ある日、母の使いで間宮を会社に訪ねたアヤ子は、間宮の部下の後藤(佐田啓二)を紹介される。後藤はアヤ子の会社に勤める杉山(渡辺文雄)と同窓で、いつしか後藤とアヤ子は親しくなる。2人の間には恋愛が生れたものと間宮は思うようになるが、結婚話はなかなか進まない。
ゴルフ場で間宮、田口、平山の3人が雑談しているうち、アヤ子は母の秋子が再婚しないうちは結婚できないと思っているようだから、まずは秋子の再婚相手を探そう、という結論に達する。
候補者となったのはやもめで大学教授の平山で、彼もその気になる。しかし、秋子の本心を確かめないまま再婚話がアヤ子の耳に入り、彼女は、母が父の親友と再婚するなんて許せないと早合点して母と正面衝突してしまう。
その様子を見たアヤ子の親友・百合子(岡田茉莉子)は、悪いのは3人のお節介なオヤジたちと直談判に出かけ、もの凄い剣幕の彼女に責め立てられた3人はついに降参するが・・・。
映画の中で、岩下志麻が間宮の会社の受付の社員役で出ていて、客を案内して「〇〇さんがお見えです」とか、「どうぞ」とセリフをいうだけの役だが、よほど彼女を小津監督は気に入ったのだろう、2年後の小津監督の遺作でもある「秋刀魚の味」ではヒロインに抜擢された。
亡くなる前の小津は、次の作品でも岩下をヒロインにした作品の構想を練っていたという。
丸の内の会社に勤める当時でいうところのOL役の岡田茉莉子が、オヤジたちの勝手な振る舞いを叱責する啖呵に、社会的地位もありそうな3人のオヤジたちがタジタジになるところが見どころ。
3人は、早くアヤ子をいいところに嫁に行かせたいといってはいるものの、彼らが一番心配しているのは母親の秋子のことで、秋子が一人でいるのが気になってしょうがないのだ。
なぜなら彼らはいい年をした今も、秋子に恋慕の気持ちを抱いているからにほかならない。
それがよくわかるのが、彼らの学生時代の思い出話。
そのころ、秋子は本郷三丁目近辺の薬屋の娘で、近くの大学に通う学生たちの間では憧れのマドンナ的存在だった。結局、彼女を射止めたのは三輪という男だったが、間宮、田口、平山もみんな片思いしていたようだった。
当時、学生だった彼らは美しい秋子の顔を見たさに足しげくその薬屋に通っていた。
必要でもないのに膏薬を買いに行ったりしていて、こんなセリフもあった。
「お前だって風邪でもないのにアンチピリンだのなんだのって買いに行ったじゃないか。アンチヘブリンガンなんてもの買ってたぜ」
そういい合いながら昔を懐かしみ、苦笑いするオヤジたち。
アンチピリンというのは解熱・鎮痛剤の一種だが、アンチヘブリンガンなんてホントにあったのか?
実在の薬で、正しくは「アンチヘブリン丸」。当時は薬のことを「正露丸(セイロガン)」とか「救命丸(キュウメイガン)」などと同じように「〇〇丸(ガン)」といってたようだ。
明治のころ、参天製薬が田口参天堂といっていたときに発売したかぜ薬に「ヘブリン丸」というのがあり、その当時発見されたばかりの西洋の新薬を配合して効き目絶大というので大ヒットし、全国で同名の商品が出回るほどだったという。
それに便乗したのか、「ヘブリン丸」に似た名前で「アンチヘブリン丸」というのがあり、やはり解熱・鎮痛薬として流通していたという。
ところで、この映画を見ていて、ひとつ気になったことがあった。
秋子とアヤ子の母子が住むアパートの玄関ドアが内開きになっていたのだ。
欧米では玄関ドアは内開きが普通だが、日本ではほとんどの家が外開きだ。
その理由と考えられるのがいかにも日本的事情で、日本の家屋は玄関で靴を脱いでから室内に入っていく。よほど玄関が広い家は別にして、ふつうの家だと玄関に靴やサンダル類が置いてあって内開きだとドアが開けにくいのだ。
もうひとつ日本は地震国だということもある。「地震だ、外に逃げろ!」というとき、内開きだとドアを開けて外に逃げ出すのに手間取るが、外開きならバンッとドアを開けてすぐに外に飛び出せる。
だから日本の建築基準法施行令では、素早く避難できるように「劇場、映画館、演芸場、観覧場、公会堂又は集会場における客席からの出口の戸は、内開きとしてはならない」(第118条(客席からの出口の戸))となっている。
マンションを含め一般住宅についての規制は特にないが、ほとんどの家が外開きになっている(ただし、家の中の各部屋のドアは欧米の影響を受けたためか内開きで、トイレだけは緊急時のことを考えて外開きとなっている)。
それなのになぜ「秋日和」では玄関ドアが内開きなのか。
内開きの利点として、防犯上の有利さがあるという。仮に不審者が家の中に押し入ろうとした場合、外開きだと強引に引き開けられてしまうが、内開きなら力づくで押し入ろうとしても押し返すことができる。
しかし、何よりの内開きのよさは、人を招き入れるドアということだろう。お客がきたとき、外開きと違って内開きだと「どうぞ、いらっしゃい」と大切なゲストを歓迎して招き入れる感じとなり、お客も入りやすい雰囲気になれる。
だからなのか、あるいは単に欧米に憧れたためか、昔の日本の高級アパートの中には内開きの玄関ドアのものもあったという。
東京・四谷に1956年、初の民間分譲マンションとして「四谷コーポラス」が発売されたが、間取り図を見ると、欧米風を気取りたかったのか玄関ドアは内開きになっている。
四谷コーポラスは鉄筋コンクリート造の5階建て総戸数28戸で、分譲価格は3LDK約230万円。大卒初任給がおよそ1万円の当時としては破格の高額物件で、著名人や医師、大学教授などが多く入居していたという。
映画に出てくるアパートの場面はセットで撮影されただろうが、ひょっとしてヒロインの住む家だからと、当時最新の高級アパートである四谷コーポラスを参考にしたのかもしれない。
ついでにその前に観た映画。
2017年の作品。
原題「南漢山城」
監督ファン・ドンヒョク、出演イ・ビョンホン、キム・ユンソク、パク・ヘイル、コ・ス、パク・ヒスンほか。
1636年に朝鮮王朝が清に攻められ、47日間、南漢山城に立てこもったという「丙子の役」を題材にした歴史大作。
音楽を坂本龍一が担当し、彼の独特の静謐な調べが印象的。
本作に出てくる清は黎明期のころで、清朝最後の皇帝でのちに満州国皇帝となった愛新覚羅溥儀の生涯を描いたベルナルド・ベルトリッチ監督の「ラストエンペラー」の音楽も坂本龍一だった。彼は奇しくも清の最初と最後の映画の音楽を担当したことになる。
中国は長く漢民族の王朝・明の時代だったが、中国東北部においてツングースク系の王朝である金(後金)が建国され、明を圧迫するようになった。父のヌルハチからあとを継いだホンタイジは、1636年に国号を清と改め、明に攻め入る前に朝鮮を支配下に置こうと攻め入ってきた。
こうして起こったのが「丙子の役」であり、朝鮮を手に入れた清はその後、明を滅亡させ、中国全土を支配下におくようになる。
ホンタイジは自ら10万余の兵を率いて鴨緑江を渡って朝鮮に侵入し、首都漢城(現ソウル)に迫ってきた。これに対して朝鮮国王仁祖(パク・ヘイル)たちは首都を逃れて一時、江華島に逃れるが、その後、漢城から南東に約25㎞離れた現在の広州市にある南漢山城に約1万3000の兵とともに籠もる。
厳冬の中、城は敵軍に完全に包囲され、八方塞がりの状況で、ホンタイジは、王子を人質に出すのを条件に和睦を提案してくる。
朝鮮側の大臣たちの意見は真っ二つに分かれ、清の軍事力を知る吏曹大臣チェ・ミョンギル(イ・ビョンホン)は「民の命こそ優先すべき」と和睦交渉を求め、礼曹大臣キム・サンホン(キム・ユンソク)は「清の要求に応じることは屈服すること。絶対にしてはなりません」と大儀と名誉を重んじ徹底抗戦を主張する。
異なる意見に国王は苦悩し、どんな決断をするのか・・・?
韓国の歴史における“負”の部分を描く作品。国が危機的状況にあるとき、リーダーはどうあるべきかを描く映画でもあった。