善福寺公園めぐり

善福寺公園を散歩しての発見や、旅や観劇、ワインの話など

アッバス・キアロスタミ監督「桜桃の味」

東京・銀座のエルメスビル10階にあるミニシアター「ル・ステュディオ」でイランの映画監督アッバス・キアロスタミ監督・脚本・製作・編集の映画「桜桃の味」を観る。

1997年の作品。

出演ホマユン・エルシャディ、アブドルホセイン・バゲリ、アフシン・バクタリ、アリ・モラディほか。

キアロスタミ監督の作品が好きで、いずれもテレビ視聴だが「トラベラー」(74年)「友だちのうちはどこ?」(87年)「そして人生はつづく」(92年)「オリーブの林をぬけて」(94年)を観ていて、本作で5作目だが、ミニシアターとはいえ映画館で観たのは初めてだった。

 

人生に絶望した中年男性・バディは、テヘラン近郊を車で移動しながら、金に困ってそうな人を助手席に乗せては街を見下ろす小高い丘まで連れていき、ある依頼をする。それは自分の自殺を手伝うことだった。

「朝6時にここに来て、木の下の穴の中で寝ているぼくの名を2回呼べ。返事をしたら手を取って穴から出せ。車のダッシュボードに20万ある。それを君にあげる。返事がなかったらシャベルで20杯、土をかけてくれ」

 

最初に助手席に乗せたクルド人の若い兵士は軍から支給される給料は少なく、生活に困っていたが、バディの願いに不気味さを感じたのか、走って逃げていってしまう。

次のアフガン人の神学生は、コーランの教えに反すると逆にバディを説得しようとして、結局、断る。

3人目は博物館に勤めるトルクメン人の初老の剝製師で、彼は渋々ながらも、白血病の自分の息子を救うために引き受ける。

だが、本心では自殺を思いとどまらせたい剝製師は、自分もかつて自殺を試みたと話す。首を吊ろうと、ロープをかけるために桑の木に登ったところ、やわらかいものをつかんでしまった。それは桑の実だった。食べてみたら甘かった。おいしいので2つ食べ、3つ食べしているうちに夜が明けて、山の向こうに日が昇ってきて、自殺するのをやめた。

 

そして男はいう。

「夜明けの空、夕焼けに染まった空を、もう一度見たくないのか? 冷たい泉の水を飲み、その水で顔を洗いたくないのか? 甘い桜桃の味を思い出したくないか?」

小津安二郎に傾倒するキアロスタミ監督らしく、小津作品のように登場人物はカメラに向かって、つまり観客に向かって語りかけてくる。

剝製師を勤め先の博物館まで送り届けたあと、バディは腕を組んで街を眺める。遊び回る子どもたち、沈みゆく夕陽・・・。

生きる意味を問いかけてくるような映画だった。