善福寺公園めぐり

善福寺公園を散歩しての発見や、旅や観劇、ワインの話など

アイスランド発のミステリー 「印 サイン」

北欧アイスランド発のミステリー、アーナルデュル・インドリダソン「印 サイン」(訳・柳沢由実子、東京創元社)。

レイキャヴィク警察の犯罪捜査官エーレンデュルを主人公とするシリーズの第6作目。

3作目にあたる「湿地」と次の「緑衣の女」で2年連続してガラスの鍵賞(北欧5カ国の最も優れた推理小説に贈る賞)を受賞。「緑衣の女」では英国のCWAゴールドダガー賞も受賞。本作はアイスランド推理小説賞受賞、CWAゴールドダガー賞最終候補作。

 

マリアは湖のほとりのサマーハウスで首を吊っているのを発見された。夫によると2年前に親密だった母親を病で失って以降、精神的に不安定になっていたという。死後の世界に興味をもち、霊媒師のもとに出入りしていたことも判明する。自殺で間違いない。だが本当に?

エーレンデュルは、かすかな疑問を抱き、孤独な捜査を進める・・・。

自殺したというマリアの死をめぐるナゾ。彼女が7歳のときに目の前で起こった父親の湖上のボートからの転落死。30年前に起こった未解決のままの若い男の失踪事件。ちょうど同じころにも起こっていた若い女性の失踪事件――と、いろんなことが絡み合いながら物語は進んでいくが、さらに織りなされるのがエーレンデュル自身の問題。

彼もまた、かなり昔に仕事一途で家族を省みなかったゆえに妻と別れ、2人の子どもたちとも別れていて、さらに子どものころに吹雪で遭難し、自分は助かったものの一緒にいた弟は行方不明となっていまだに見つかっていなかった。

 

原題の「HARDSKAFI」とは、遭難した兄弟がしっかり手をつなぎ合っていたものの、強風で手が離れて弟の姿が見えなくなっいてしまった、アイスランドの東のはずれにある地名の「ハルドスカフィ」を意味している。

彼は外国旅行なんかにはまるで興味がなくて、エッフェル塔、ビッグベン、エンパイアステートビル、ヴァチカン、ピラミッド・・・などより、もし数日間の休暇で行きたいところといえば、今までも何度か行ったことのある、弟の手を離してしまったハイドスカフィであり、そこが彼にとってのエッフェル塔だった。

 

エーレンデュルは目の前に起こる事件を追いつつも、常に彼自身の暗い過去からの問いかけがあった。

自殺したというマリアも子どものころの父親の転落死という忘れられない記憶があり、30年前の男女の失踪事件では、今もそれぞれの死が信じられない肉親の思いがある。

難事件に挑む犯罪捜査官でなくとも、人はみな、目の前のことに取り組みつつも同時に過去とも対話しているのではないか。年を取るとなおさらそう思うのだが。

 

アイスランド北ヨーロッパ北大西洋上に浮かぶ島国で、北極に近い緯度なので首都レイキャヴィクは首都としては世界最北にある。

火山や氷河が多く、“火と氷の国”とも呼ばれる魅力的な国だ。

長くノルウェーデンマーク支配下に置かれていたが19世紀に入り王国として独立し、第二次世界大戦をへて共和国として完全に独立したという。

面積は日本の4分の1くらいだが、人口は約35万人。東京・北区の人口とほぼ同じぐらいだ。

そんなアイスランド発のミステリーだが、文化も違えば言語も異なり、登場人物の名前や地名がややこしくて、かえって記憶力を鍛えるのに役立つ感じ。アイスランド語は言語的には英語やドイツ語よりスウェーデン語に近いらしいが、どれも舌を噛みそうで、本の内容を紹介するところでこんな下りがあった。

エスキフィヤルダルヘイジの悲劇〉ダグビャトゥール・アウドゥンソン著

数百年も昔からエスキフィヤルダルヘイジを越えてエスキフィヨルデュルからフリョッダルールへ通じる小道があった。昔からの馬道でエスキフィヤルダルエルヴェン川を渡り、ランガリグルに沿ってイングリスティンスエルヴェン川の内側を通り、ミドヘイダレンディのヴィンナルダルールとヴィンナルブレックルを抜けて、ウルダルフルートへ上がり・・・。

 

これが日本の地名だったら多少早口でもいえるんだが・・・。

下谷の山崎町を出まして、上野の山下へ出て、三枚橋から上野広小路へ出まして、御成街道から五軒町へ出て、堀様と鳥居様のお屋敷の前をまッつぐに、筋違御門から大通りへ出まして、神田の須田町へ出まして、新石町から鍛冶町へ出まして、今川橋から本白銀町を出まして、石町から本町を出まして室町から日本橋を渡りまして(落語「黄金餅」より)。

お後がよろしいようで・・・。