善福寺公園めぐり

善福寺公園を散歩しての発見や、旅や観劇、ワインの話など

本年度のエドガー賞受賞作 ブート・バザールの少年探偵

ディーパ・アーナパーラ「ブート・バザールの少年探偵」(坂本あおい訳、ハヤカワ・ミステリ文庫)を読む。

 

原題は「Djinn Patrol on the Purple Line」。

少年の目を通して描いたインド社会の闇。インドのスラム街の匂いや気配が伝わってくる小説。

 

先日は英国推理作家協会最優秀長編賞(ゴールド・ダガー)を受賞したミステリー(マイケル・ロボサム「天使と嘘」)を読んだが、続いて読んだのは今年のアメリカ探偵作家クラブ賞(エドガー賞)の最優秀長編賞を受賞した作品。

「毎日180人の子どもが行方不明になる」インドを舞台に、子どもたちの連続失踪事件のナゾに迫る小説。作者はインド・ケララ州生まれで、ムンバイ、デリーを拠点に10数年間ジャーナリストとして活躍。貧困や宗教問題が子どもたちに及ぼす影響を長年取材し続けてきたという。本書がデビュー作。

 

主人公はインドのスラムに住む、刑事ドラマ好きの9歳の少年ジャイ。両親と12歳の姉とともに暮らしていて、母は金持ちの家で家政婦をし、父は建設現場での仕事を得て、貧しいながらも一家は幸せな日々を送っている。そんなある日のこと、クラスメイトが姿を消すという事件が起こる。しかし、学校の先生は深刻にとらえず、警察は賄賂なしには捜査に乗り出さない。

そこでジャイは友だち2人と“少年探偵団”を結成し、バザールや地下鉄の駅を捜索するが、その後も次々に失踪事件が起こり、ついにはジャイの姉までも・・・。

事件の背後には、ジャイの、そしてわれわれ読者の想像をも超える恐ろしい現実があった。

 

たいていのミステリーなら、どんな悲惨な話でも最後には犯人が捕まるなり制裁を受けるなりして一応の決着がつく。しかし、一日に180人の子ども、ということは年間6万5000人あまりもの子どもが行方不明になり、人身売買されたり、臓器提供の被害者になっているインドのミステリーは、果たしてどんな終わり方をするのか?

 

差別と貧困が当たり前のようになっているインド社会を描く作品だが、子どもたちは無邪気でのびのびとしていて、屈託がない。そこに救いを感じるが、庶民が食べる軽食などの料理の数々がいろいろ登場していて、どれもおいしそう。

たとえば、カラチ・ハルヴァは、コーンスターチに砂糖、ギーを加えて練り上げたお菓子で、グジャは、パイ生地でつつんだ揚げ菓子。パプリ・チャートは、揚げクラッカーに具やソースを載せた屋台スナック、ゴールガッパーはゴルフボール大の揚げ菓子で、中に汁を注いで食べるんだとか。

読んでいると、インドのバザールを“少年探偵団”と一緒に歩いている気分になれて、さまざまな庶民の声や音、活気、匂いまでがこっちにまで漂ってきそうだった。

 

また、訳者の坂本あおいさんの訳もなかなかよかった。インドの言葉(ヒンディー語)がポンポン出てくるが、当然だがちゃんと振りがな付きで、姉ちゃんはディディ、え?はキャー、兄はバーイ、母さんはアンミ、おばさんはチャーチー、ワーラーは何々屋さん、おかげでインドの言葉がいくつか覚えられた(読み終わるころでもはや遅いんだけど)。

 

無邪気で純真という宝物を持っている少年たちの物語だけに、インドの現実がかえってひしひしと伝わってくる小説でもあった。