善福寺公園めぐり

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明晰な頭脳の少年名探偵 「ロンドン・アイの謎」

シヴォーン・ダウド「ロンドン・アイの謎」(越前敏弥訳、東京創元社)を読む。

ヤングアダルト(YA)向けの小説のようで、アイルランドのすぐれた児童書、YA作品に与えられる賞であるビスト最優秀児童図書賞を受賞しているが、明るくユーモラスな語り口が魅力で大人でも楽しく読めた。

物語の語り手でもある主人公のテッドは、ロンドンに住む12歳の少年。

小説の中では「症候群」となっているが、おそらく自閉スペクトラム症の少年らしい。

ある日、マンチェスターに住んでいる母親の妹グロリアとその息子サリムがロンドンにやってきて、サリムの希望で巨大な観覧車ロンドン・アイに乗りに出かける。

ロンドン・アイとは1999年に開業した大観覧車のこと。定員25人乗りのカプセルがゆっくり30分ほどかけて回る。一番高いところは約135mで、ロンドン市内を一望できるというので人気だという。

テッドは、姉のカット、サリムの3人でチケット売り場の長い行列に並んでいたところ、見知らぬ男が話しかけてきて、自分のチケットを1枚ゆずってくれるという。テッドとカットは下で待っていることにして、サリムだけが、たくさんの乗客と一緒に大きな観覧車のカプセルに乗りこんでいく。

ところが、1周しておりてきたカプセルにサリムの姿はなかった。サリムは、閉ざされた場所からどうやって、なぜ消えてしまったのか? 
人の気持ちを理解するのは苦手だが、事実や物事の仕組みについて考えるのは得意で、気象学の知識は専門家並み。「ほかの人とは違う」、優秀な頭脳を持つ少年テッドが謎に挑む・・・。

 

あとがきで訳者の越前敏弥さんも述べているが、極端に込み入ったトリックが仕組まれているわけでもなく、わかりやすい描き方で物語は進んでいくが、サリムの失踪?の謎をテッドの素直で明晰な頭脳が見事に解明していく。

テッドはほかの子とはちょっと違うからと、大人たち(とくに両親)はまじめに取り合ってくれない。しかし、彼は「常識にとらわれずに、筋道を立てて理論を積み上げる一方で、ストレートな人間観察をつづけて、それをためらいもなく口にするところが、なんともすがすがしく微笑(ほほえ)ましいのだが、その観察力こそが謎解きに直行していく」(訳者あとがきより)。

ほかの人とはちょっと違う、しかし曇りのない目、それこそ個性というべきものだろう。

 

本書は日本では今年7月に初版が出たが、イギリスでは2007年6月に刊行され、作者のシヴォーン・ダウドはそれからわずか2カ月後の同年8月、乳がんのため47歳の若さでこの世を去ったという。

生前の彼女が発表した作品は本作を含め2作だけだったが、その後、未発表のYA作品がつづつぎに刊行され話題になったという。

彼女の原案の「怪物はささやく」は映画にもなっている。

本書の訳者である越前さんは主としてミステリーを専門とする翻訳家だが、映画「怪物はささやく」で初めてダウドの名前を知り、原作はもちろんほかの作品も読んでその作風の虜になったという。未訳の作品の中にミステリーっぽい本書があり、何とか日本の読者に届けたいと東京創元社に企画を持ち込んで出版が実現したのだという。

 

本書を読んでいて、将来は気象学者になりたいというテッドが、眠れぬ夜などにラジオの海上気象予報とか天気概況を聞くと、心が安らぐところがある。

ドーバー、ワイト、ポートランド海域、北西の風強く、六から八、発達中の低気圧は・・・」

そういえば昔は日本でも、ラジオから定期的に1日に何回か、アナウンサーが読み上げる全国の観測地点の「気象通報」が放送されていた。淡々とした読み上げが耳に心地よくて、夜10時からの放送を、受験勉強の合間に聞いていた若かりしころの記憶がある。

那覇では、北の風、風力3、晴れ、12ヘクトパスカル、31℃、南大東島では・・・」

この気象通報をもとに地図に記号と線を引いていくと、素人でも天気図ができるという。

現在はNHK第2放送で夕方4時からの1日1回だけ放送している。