善福寺公園めぐり

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歴史ミステリー マハラジャの葬列

アビール・ムカジーマハラジャの葬列」(訳・田村義進、ハヤカワ・ポケミス)を読む。

 

原題は「A NECESSARY EVIL」

イギリス人でインド帝国警察の警部サム・ウィンダムと、ウィンダムの部下でインド人の部長刑事サレンダーノット(サレンドラナート)・バネルジーのコンビが活躍する歴史ミステリーのシリーズ2作目。前作の「カルカッタの殺人」は日本でも話題になった。

作者のアビール・ムカジーは1974年ロンドン生まれ。インド系の移民2世。「カルカッタの殺人」がデビュー作だった。

 

舞台は1920年、日本でいったら大正時代、第一次世界大戦が終わって国際連盟が成立したころのイギリス統治下にあったインド。

ウィンダムはかつてスコットランド・ヤードの敏腕刑事として鳴らしたが、第一次世界大戦に従軍し生死の淵から生還するも、最愛の妻を当時流行していたスペイン風邪で亡くし、それ以来モルヒネと阿片にのめり込み、人生に半ば絶望してインド・カルカッタに刑事としてやってきた。

一方のバネルジーは、カルカッタ屈指の名家の出で、ケンブリッジ大学卒という超エリートだが、強い正義感から警察官となった若いインド人。

 

今回、2人が活躍するのはインド東部に位置する藩王国サンバルプール。

サンバルプール王国の王太子(皇太子)がカルカッタで暗殺され、ウィンダム王太子と同窓生だった相棒のバネルジーとともに真相を追ってサンバルプールへ赴くが・・・。

 

カルカッタの殺人」同様、本作もなかなかの出来ばえで、一気読み。

去年読んだスジャータ・マッシーの「ボンベイ、マラバー・ヒルの未亡人たち」もおもしろかったが、なぜかこのところインドの歴史ミステリーにひかれる。

 

日本の文化や日本人の精神性の源流のひとつが大昔のインドにあるからだろうか。

たしかに、仏教はインド発祥の宗教だし、阿修羅のルーツはインドのバラモン教ヒンドゥー教において神に対抗する魔族であるアスラといわれ、帝釈天バラモン教の武勇神インドラがルーツとされる。輪廻転生の生死観もバラモン教が源流といわれるし、日本語の起源は南インドタミル語との説を唱えたのは国語学者大野晋だった。

それでインドの歴史の話が出てくると、なぜか懐かしくて?共感してしまうのだろうか。

 

小説には、重要な場面でジャガンナートと呼ばれる神さまの祭りが出てくる。

ジャガンナートヒンドゥー教の神で、元は今回の小説の舞台であるサンバルプール王国を含むオリッサ地方の土着神だったが、のちにヒンドゥー教に集合されたという。だから祭りの本場はオリッサ地方、特にザンバルプールに近いプリーというところがジャガンナート信仰の中心地であり、祭りも盛んという。

祭りでは、ジャガンナート神を乗せた山車(だし)が市中をめぐり、最大のヤマ場は山車が本堂に戻るときで、プリーの王は黄金の箒で通り道を掃き清めることになっていて、人々は王のことを“掃除人の王(スィーパー・キング)”と呼んでいたそうだ。

 

山車といえば日本でも各地で山車が市中をめぐる行事があるが、山鉾巡行で有名な京都の祇園祭のルーツはジャガンナートの祭りの山車巡行だとの説があるそうだ。

そもそも祇園祭というのも、仏教を通じてヒンドゥー教の神が日本に伝わり、869年(貞観11年)に疫病が京都を襲ったときに八坂神社の主祭神である牛頭天王に疫病退散を祈願し、66本の鉾をたてて市中を練り歩いたことがその起源といわれている。

祇園祭の「祇園」とは、仏教の黎明期、古代インドに建てられた寺院の1つで、祇樹給孤独園(ぎじゅぎっこどくおん)精舎、いわゆる祇園精舎のことをいう。牛頭天王祇園精舎の守護神だった。牛頭天王の名は「法華経」「華厳経」などのいくつかの経文に記される「牛頭栴檀(ごずせんだん」からとられたものと考えられていて、牛頭栴檀とは南インドの牛頭と呼ばれる山に生える香木から精製した香料のこと。

どう考えてもインドとの関わりが深いのだ。

 

シリーズ3作目も近く邦訳が刊行予定というから、楽しみだ。

 

ついでに最近呼んでおもしろかった本。

ヨルン・リーエル・ホルスト「警部ヴィスティング 鍵穴」(中谷友紀子訳、小学館文庫)

 

ノルウェーのミステリー。

閣僚を歴任してきた大物政治家バーナール・クラウセンが心臓発作で急逝した。直後にラルヴィク警察の主任警部ヴィリアム・ヴィスティングは検事総長に呼び出され、極秘の捜査を命じられる。

クラウセンの臨終に立ち会った労働党幹事長が、機密文書の有無を確認するため故人の別荘を訪ねた際、大金のつまった段ボール箱を発見したのだという。見つかったのは巨額の外国紙幣であり、犯罪の影が・・・。

 

去年読んだ「警部ヴィスティング カタリーナ・コード」の続編。本作も、始めはさまざまな伏線が入り組んでいてややこしかったが、縦糸・横糸が次第に一本にまとまってくると(そこがミステリーを読む楽しさでもあるが)話のテンポがよくなり、一気に読み進む。

本国ではシリーズ化していて、2018年に出版された本書はヴィスティング・シリーズの13作目。日本では「猟犬」「カタリーナ・コード」に続いて本作が3作目という。