善福寺公園めぐり

善福寺公園を散歩しての発見や、旅や観劇、ワインの話など

仁左衛門恋し

小松成美仁左衛門恋し』(徳間文庫)を読む。

歌舞伎役者、15代目片岡仁左衛門をアップで撮った表紙の写真がいい。つい見とれてしまう。
撮影は篠山紀信歌舞伎座六月公演(2014年6月)「お祭り」より。右肩腱(けん)板断裂の手術から7カ月ぶりに復活したときの舞台だった。

本書は仁左衛門へのインタビューを中心にまとめているが、彼が何を考え、何を感じて舞台に立っているかがよく分かる。

歌舞伎は型の世界だが、創意工夫があってこその型だという。

「お手本を踏まえながら、自分の個性や特性を演技に加えていくんです。私の父は、芝居の稽古をつけてくれるとき、いつも最後は「あんたも自分で考えなさい」と言いました。
「あとはあんたの領域や」と言うんです。「このとおり、寸分違わずやりなさい」などとは、決して言いません。
お手本を見つめつつ、自分の“呼吸(いき)”をつくらなければならないんです。
そういえば、父は「自分の生理に合った表現法でやりなさい」という言い方をしましていましたね」

海外公演で困ったのは、開演中、客席がシーンとしていることだという。
松嶋屋」とかの声とか、見得を切ったときの拍手がないのは、ちょっと拍子抜けする、と仁左衛門はいう。
「歌舞伎は、舞台と観客の呼吸で盛り上がっていくもの」とも言っている。
今度行ったら大いに拍手しよう。

「芸は容易に会得できるものではありませんよ。死ぬ間際になっても手にすることはできないかもしれない。それでも諦められないのが役者です」
それでも諦められない、というのがいい。

こんなことも言っていた。
「芸を洋服にたとえたとき、通勤ラッシュの中で真っ赤なスーツを着ていれば、人目は引けますよね。皆さん通勤のためのスーツを着ているんですから。
でも僕は、真っ赤なスーツを着なくても、みんなと同じようなスーツを着ていても、人込みの中を同じ歩調で歩いていながら、それでも人を引きつけるような、そんな役者になりたいなと思ったんですよ。
毎日、同じダークスーツでもいいわけですよ。目新しい服を着て目を引くことに頼るより、今着ている古い服をいかに新鮮に見えるように着こなすかなんですね」