善福寺公園めぐり

善福寺公園を散歩しての発見や、旅や観劇、ワインの話など

寄生虫なき病

日曜日(22日)夜はNHKスペシャル「腸内フローラ 解明!驚異の細菌パワー」をみる。

腸内フローラは脳にまで影響しているとか、IgA抗体はアレルゲンを攻撃するためではなく、人間に必要な細菌だけを選んで腸に住み着かせるために働いているとか、目からうろこの話がいろいろあっておもしろかった。
しかし、登場した学者たちは「腸内細菌の研究が進んだのはほんの数年前から」とかいっていたが、わが国の腸内細菌研究のパイオニアである光岡知足氏なんかの功績も大きいと思うのだが。

たまたまというかちょうどというか、腸内細菌の話も出てくるモイセズ・ベラスケス=マノフ『寄生虫なき病』(赤根洋子訳、文藝春秋)を読む。原題「AN EPIDEMIC OF ABSENCE」

筆者は科学ジャーナリスト。自己免疫疾患(円形脱毛症)を患い、寄生虫・細菌・ウイルスと免疫の関係を調査。論文8500本にも及ぶ膨大な研究を渉猟し、何十人もの科学者へのインタビューを重ねた上、自ら寄生虫感染療法(アメリカ鉤虫にわざと感染)を試みて、初の著書となる本書を書き上げた。
治療の結果は、一つは年齢が遅すぎたことにより、自己免疫疾患は治らなかったらしいが (それでも産毛は生えたらしい)、アトピー性皮膚炎は跡形もなく消えてしまったという。

以下、長くなるが忘れないうちに内容を記す。
本書はこう書く。
「(アマゾン盆地の西端に住む)チマネ族は微生物や寄生虫がうようよいる環境で暮らしている。数々の証拠が、こうした環境が自己免疫疾患やアレルギー疾患を防ぐことを示唆している。理由は簡単である。免疫系は本来こうした環境に立ち向かうために進化してきたからである。そして、本来立ち向かうはずだった、刺激に満ちた環境に出会えないと、免疫系は混乱してしまうのである」

また、イタリア半島西部にあるサルデーニャ島マラリアは風土病だった。マラリアの撲滅が取り組まれ、1947年には人口120万のこの島で4万人近くがマラリアに罹患していたが、3年後には新規症例はゼロになった。
そして、その10年後あたりから、自己免疫疾患である多発性硬化症の発生率がじりじりと上がり始めた。
今では同島は多発性硬化症の多発地帯となっている。

つまり、現代社会は寄生虫や細菌、ウイルスなどを駆逐する公衆衛生の向上によって、大事なものを失った。寄生虫や微生物が人間の体内に「存在」することによって免疫系のバランスがとれていたのに、彼らがいなくなってバランスの乱れが顕著となり、さまざまな現代病を引き起こしている、というのだ。

この指摘はすでに20年も前に日本の研究者か行っている。東京医科歯科大学の教授だった藤田紘一郎氏は、回虫などの寄生虫がアレルギーや花粉症を予防していることを立証して、「寄生虫との共生」を訴えていた。

本書によれば新たな発見もある。
レギュレタリーT細胞(制御性T細胞)の発見だ。
レギュラトリーT細胞は、自分自身の組織に対する寛容を保証している。また、腸内の共生細菌との平和を維持するために役立っている。喘息や炎症性腸疾患などの免疫関連疾患の原因は、この細胞の異常ないし欠如にあるかもしれないというのだ。

なぜ腸内細菌がレギュラトリーT細胞を発現させるのかというと、キーワードは「共生」。共生の仕組みが人体の免疫機構と微生物を結びつける。だから寄生虫や微生物はレギュラトリーT細胞を増やし、免疫寛容を引き出す。しかし、花粉などのタンパク質にそのような機能はないから、免疫の過剰反応が起きてしまう。

もちろん、免疫抑制機構の弱体化の原因はほかにもあって、抗生物質の多用とか、人工の化学物質のまんえんもあるだろうが、寄生虫もいない「清潔な社会」こそが問題となる。

本書によれば「悪玉」とされるピロリ菌も実は役に立っていて、喘息やアレルギーを予防する働きがあるかもしれないという。
「ピロリ菌に感染している青少年は、喘息の有病率が非感染者の三分の二、鼻炎のそれがおよそ半分だった。五歳未満の子どもに関しても、ピロリ菌感染によるアレルギー予防効果はやはり高く、アレルギー疾患のリスクは非感染者よりも四十パーセント低かった」(ニューヨークの喘息患者の調査、アメリカの国民健康栄養調査で集められた患者記録を分析)

多発性硬化症の原因は不明だが、若いうちにウイルス(おそらくヘルペスウイルスかレトロウイルス)または何らかの物質と接触し、それらが何かの理由で引き金になって免疫系が自分の組織を攻撃する自己免疫疾患と考えられている。
そこで本書は言う。
寄生虫やマイコバクテリアやピロリ菌を排除し、共生ウイルスに感染する時期が遅れると、新しい奇妙な疾患が増加する。寄生虫や細菌やウイルスがそれぞれどの程度の割合で関与しているかはまだ不明である。しかし、・・・寄生生物が免疫制御回路を整える力を持っていることは明らかである。多発性硬化症の治療だけでなくその予防の鍵も、寄生生物が握っているかもしれない」

自閉症も寄生者「不在」の疾病であり、免疫異常が自閉症に関与しているかもしれない。
自閉症患者は炎症マーカーの数値が高い。それは自己免疫疾患、アレルギーの患者と同じ。ということは、自己免疫疾患、アレルギー、自閉症はいずれも、その根底にあるのは不適切な炎症を静める能力の欠如という同一の問題なのではないか。
本書では、寄生虫に感染させて自閉症が治った例を紹介している。

心臓疾患に炎症が重大な役割を果していることが近年わかってきた。本書は次のように言う。
「チマネ族の人々は、炎症はあるのに心臓疾患はない。なぜか。チマネ族の四分の三が、一種類以上の腸内寄生虫に感染している。
寄生虫感染は、細菌やウイルス感染に対する防御を司っているTh1反応の矛先を逸らし、炎症を抑える免疫制御回路を強化することによって自己免疫疾患を抑えているが、これと同じメカニズムで心臓病をも防いでいるのかもしれない。寄生虫は、心臓疾患の第三の軸(コレステロール)を調整することにも役立っているのかもしれない」

「最近、心臓疾患を自己免疫疾患の一種として捉え直そうとする研究者が現れた。(間違った食生活や運動不足、肥満などだけでなく)慢性的な炎症こそその原因だ、と彼らは考えている。アテローム動脈硬化の特徴であるプラークは、(感染症による炎症ではなく)炎症プロセスの鎮静化の失敗による炎症に似ている。これまでみてきたように、免疫制御能力の低下はあらゆる種類の炎症を引き起こす。そしてもちろ、寄生虫は免疫制御能力を強化する」

肥満と糖尿病を防ぐ鍵も炎症を鎮める能力にあるかもしれない。
「ジャンクフードを食べると、腸内細菌の組成が変化する。ある種の細菌が大繁殖し、他の細菌は減少する。腸内細菌の産生物が腸壁から漏れ出し始め、それが全身の炎症を促進する。通常は、インスリンが体細胞の受容体と結合して体細胞の糖分吸収を促進するのだが、炎症が起きていると、このインスリンの信号が棒が入れれてしまう。これがインスリン抵抗性である。体内に入ってきたカロリーは死亡として蓄積されるが、インスリン抵抗性があると満腹感を得にくいため、さらにジャンクフードを食べてしまう結果につながる。すると、細菌由来のエンドトキシンがさらに腸壁から漏れ出し、炎症がさらに進む、という具合に悪循環に陥っていく。この状態が長期間続くと、やがて膵臓が疲弊して機能しなくなってしまう。この状態が糖尿病である」
マウスに寄生虫を感染させたら、インスリン抵抗性を防ぐ効果があったという実験結果が紹介されている。

がんを防ぐのも微生物と寄生虫
「(がんが発生するメカニズムには)炎症という別の一面がある。悪性腫瘍の二つの局面──細胞のガン化、およびガン自身の成長と拡大せん─に、これまで本書で扱ってきた軽度の慢性的炎症が関与していることが十年ほど前から分かってきた。持続的な炎症があると、その刺激によって細胞分裂の速度と回数が増し、それだけ変異(ガン化)の機会が増える」

「アレルギー疾患や自己免疫疾患と同じように、ガンも、微生物に曝露することによって正しい教育を受けた免疫系が防いでいる」との説がある。
微生物はどのようにがんを防いでいるかというと、免疫制御回路と坑腫瘍免疫の療法を強化することによってがんを予防している。がんとは細胞が突然変異を起こして異常増殖した結果であるだけでなく、免疫系の監視機能がうまく働かなくなった結果でもある。


炎症は老化プロセスも促進していて、うつ病まで免疫系に起因しているかもしれない。

そこで筆者の言う解決策のひとつが次。
「環境中の微生物に人間の健康を左右する働きがあること、さらに、我々が一日の大半を屋内で過ごすことを考えれば、健康促進効果のある微生物を自然に培養し、炎症促進作用のある有毒細菌を排除できる建物が設計できればそれが理想だろう。そんな建物を「設計する」としたら、最も簡単でコスト効率のよい方法は、家の中に家畜を連れてくることかもしれない」