善福寺公園めぐり

善福寺公園を散歩しての発見や、旅や観劇、ワインの話など

玄奘三蔵、シルクロードを行く(そのまた続き)

玄奘三蔵シルクロードを行く」のそのまた続き。
やがて玄奘バーミヤンに到着する。そのときの情景を本書はこう綴る。

「草を食(は)みながらゆるやかに動く羊の群れがあちこちに見える。左右の山並がぐっと低くなると眼前が大きくひらける。緑豊かなバーミヤンの渓谷である」

バーミヤンアフガニスタンのほぼ中央部、カブールの北西約240キロほどのところに位置している。かつてここは仏教文化が栄えた。玄奘一行がバーミヤン国に到着すると、深く仏教を敬っていた王は、王宮に玄奘を招き入れたという。

バーミヤンで有名なのが崖を削って作られた2つの大仏。1つは高さ55メートル、1つは38メートルもあり、奈良の大仏のルーツともいわれるが、タリバーン政権下の01年、爆破されてしまった。
かつて2つの大仏は黄金に輝いており、玄奘も仰ぎ見たに違いない。
大仏のまわりには色彩豊かな壁画が描かれていて、大仏の上には天駆ける天神、ミスラ神(ミトラ神とも)が描かれていたという。

シルクロードでは仏教の姿も多様というが、ここバーミヤンでも、古くから崇拝されてきた神と仏とが融合しているのだろう。
日本でも、日本古来の土着の信仰と6世紀半ばに伝来した仏教信仰とを融和させ、神と仏を一体のものとする「神仏習合」が日本人の信仰形態として定着したが、明治のはじめの神仏分離廃仏毀釈(まさにバーミヤンの大仏破壊と同様)、によって、自然発生的に生まれた日本ならではの祈りの形は失われていった気がする──という話は本題と外れるので割愛するが。

ミスラ神の広大な背景をなす蒼空は、深く鮮やかな青色で塗り込まれていて、この青色には「ラピスラズリ」が使われていた。
ラピスラズリとは、金色の斑点が輝く群青の石のことで、宝石であるとともに青色の原料となってきた。バーミヤンの壁画では、このラピスラズリがふんだんに使われたという。さまざまな色彩の中でも、とりわけ青が引き立っていたに違いない。
金色に輝く大仏もまた、ラピスラズリの青で彩られていたという。

イスタンブールで「青」を見て以来、寺院などで用いられる青色のすばらしさを感じるが、バーミヤンもまた、“青の国”だったのだろうか。