善福寺公園めぐり

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ピサネロ「聖ゲオルギウスと王女」 北イタリアの旅⑲

ヴェローナに到着した日の午後、この街で一番大きな教会であるサンタナスターシャ教会へ。
1290年から1481年に、殉教者ピエトロを記念してドメニコ会修道士によって建てられたという。もともとここには聖アナスターシアに捧げる小さな教会があったので現在も名前に残っている。
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教会の内部。天井が高い。
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この教会にはピサネロの「聖ゲオルギウスと王女」というフレスコ画がある、とガイドブックにあるので探す。
恥ずかしながらピサネロという画家を知らなかった。
ピサネロ(1395年ごろ~1455年ごろ)は15世紀に活動した画家。日本語では「ピサネッロ」とも表記する。彼は大規模なフレスコ(壁面の漆喰が生乾きのうちに水彩絵の具で仕上げる壁画の技法)、優雅な肖像画、小型の板絵などさまざまな作品を手がけ、多くの優れた素描も残している。また15世紀前半における肖像入り記念メダルの最も重要な作家である、ともいう。
しかし、絵画として現存するのは10点ほどという。
数少ない絵画作品がここヴェローナにある。
その1つがサンタナスターシア教会にある「聖ゲオルギウスと王女」だ。

いくら探しても見当たらなくて、ようやく見つけたのは、高い天井の近くだった。
そこはスパンドレルといって、アーチ上部と天井との間にできる三角形の部分。
よくこんなところに描いたものだ。
とても下から観賞するなんてできないと思われるのだが、昔の人はよほど目がよかったのか。
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カメラをズームで近づけて見ると・・・。ようやく全体の構図がわかる。
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それでも遠すぎる。教会の人もそこは察したのだろう、絵の下にビデオを用意してわかりやすく解説していた(ただしイタリア語で)。

絵は右辺と左辺とに分かれていて、右辺には聖ゲオルギウスと王女がいる。
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聖ゲオルギウスは竜退治で有名な聖人だ。
キリスト教の聖人伝説をまとめた「黄金伝説」などをもとに聖ゲオルギウスの竜退治をまとめれば次のような話になる。
カッパドキアの騎士ゲオルギウスがリビアのシレナに立ち寄ったとき、町は近くの湖に棲む竜のために困り果てていた。生贄の羊を毎日与えないと竜は町に毒気を吹きつけて悪病をはやらせると脅すのだ。しかし、生贄の羊が乏しくなったので、クジによって子どもの中から人身御供を選ぶことになった。クジを引き当てたのは王の娘だった。
王女は婚礼の服を着て竜の棲む湖におもむく。するとたまたま通りかかったゲオルギウスは王女から事情を聞いて、「キリストの御名において」王女を助けるという。ゲオルギウスは住民たちを集め、「キリストを信じて洗礼を受けるなら、竜を退治しよう」というと、王をはじめ住民すべてが洗礼を受けた。ゲオルギウスは剣を抜いて竜を殺し、町にはふたたび平和が訪れた。

ゲオルギウスの竜退治は教会に掲げられる宗教画としてしばしば描かれる画題で、以前、キリスト教徒が6割を占めるエチオピアに行ったときも、教会にはかならずといっていいほど聖ゲオルギウスの絵があったが、どれも聖ゲオルギウスが悪者の竜を剣で刺して殺している決定的瞬間が描かれていた。
しかし、ピサネロのこの絵は違う。
ゲオルギウスはいましも馬にまたがろうとしている。ということはこれから竜退治に出かけるところか? しかし、彼はあらぬ方向を向いていて、その表情は緊張のためか、自信なさそうでどこか虚ろな感じさえする。
しかも愛馬は尻を向けている。

一方、王女は毅然とした表情で、ゲオルギウスをキッと見つめている(あるいはにらんでいる?)。こちらのほうがどこか決然としている。
「サアいってらっしゃい」と励ましているのか?
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しかし、この絵が不思議なのはそれだけではない。
背景には宮殿なのか砦なのか、建物が林立している。
その左には首を吊された2人の男。
そして、その下にはナゾの7人の男がいる。
ヨーロッパの王さまのようなのがいれば、アジア人(モンゴル人)ぽいのもいる。彼らは何をしているのか? 企んでいるのか?
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さらに、左辺に目を転じると、巨大な爬虫類っぽいのが横になっている。口からはヤリみたいなのが突き出ていて、これが竜なのか?
ということは竜がゲオルギウスに殺されたあとなのか?
まわりにはトカゲや鹿のような動物がいて、下にはガイコツが散乱している。竜に食べられた人々だろうか?
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見れば見るほど不思議な絵だ。幻想の世界を描いているともいえる。しかし、いくら見ても飽きない絵の深さがある。

この絵はフレスコ画で描かれているから、絵の具は天然の顔料が用いられただろう。
黄金色はミツバチが自らの体内から分泌するビーワックス、すなわち蜜蝋が用いられているし、青色はラピスラズリが使われているという。ラピスラズリとはアフガニスタンの山奥に産出する鉱石で、これを砕いて粉にして使う。
ピサネロがこの絵を描いた当時はきっと鮮やかな黄金色、青色で、輝いて見えただろう。

サンタナスターシア教会から川沿いに歩いて、スカリジェロ橋のたもとにあるのがカステルヴェッキオ美術館。「古城美術館」といった意味だろうか。
ここにもピサネロの絵があるという。
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もともとがお城だったというだけあって、レンガづくりであちこちに見張り塔があり、城壁に銃眼も備わっている。
現在は私立の美術館となっていて、おびただしい数の絵画、彫刻が展示されていて、一通り見て回るだけで足が棒のようになる。
その中に、ありました。ピサネロの「うずらの聖母」。ただし、写真のみ。
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どこかに貸し出されたのかと思ったら、あとで調べてわかったのは、2015年11月19日、この美術館に3人組の覆面男が侵入し、ガードマンを縛って15作品、約20億円分を奪って逃走。その中に「うずらの聖母」も含まれていたという。
その後、2016年5月になって、ウクライナ南部オデッサ州のモルドバとの国境付近で、プラスチックの袋に包まれていたのを国境警備隊が発見。イタリアから鑑定専門家を招き、絵画の真贋を確認した後、正式な返還手続きに入ると発表した。すでに容疑者13人は同年4月にイタリアとモルドバで逮捕されているという。
でもわれわれが行ったとき(2017年6月6日)はまだ写真だけだったから、返還は完了してないのか、それともこんなところに置いてたら危険と厳重管理の場所に移されたのか?

写真でみただけでも、とても装飾的で、聖母は憂いを含んでいて、まわりのウズラもとても写実的だ。

ほかに印象に残った作品。
「エジプトの聖マリア」と作品名にある。
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画家の名前は「Angelo Del maccagnino」とあって、そのあとに?マークがついていた。15世紀の無名の画家だろうか?

続いて行ったのはサン・ゼーノ・マッジョーレ教会。4世紀ごろの司祭でヴェローナ守護聖人であるゼーノを祭る。9世紀に創建されたが12世紀に地震で倒壊し、13世紀にかけて再建された。
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壁のフレスコ画はかなり古いもののようだ。
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ここまで歩いてギブアップ。サン・ゼーノ・マッジョーレ教会からかなり離れた場所にサン・フェルモ・マッジョーレ教会があって、そこにピサネロの「受胎告知」があるとのことだったが、ザンネン、行けなかった。(この日の歩数2万3000歩)
ちなみにヴェローナにはピサネロ作品が「聖ゲオルギウスと王女」「ウズラの聖母」「受胎告知」の3つがある。

夜は「Il Cenacolo」という店で夕食。
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赤ワイン。
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フォアグラの前菜
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タコのカルパッチョ(だったか)。
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アマローネのリゾット。上にトリュフ。アマローネは地元産のワイン。これがおいしかった!
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小羊のグリル。
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デザート。フレッシュフルーツとパンナコッタ。
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かくて本日も終わり。
(つづく)