金曜日に封切られたばかりのアメリカ映画「オッペンハイマー」を観て衝撃を受け、その翌日の土曜日夜に放送されたNHK総合のNHKスペシャル「シリーズ未解決事件 File.10 下山事件」第1部・第2部を観て、またもや衝撃を受けた。
一方は映画館で、一方はテレビの違いはあるが、同時期に公開されたうえに、なおかつ映画も番組も、ともに同じころに起こった事件を扱い、しかも同じテーマに迫っているからだ。これを偶然とすませられるものなのか、と思ってしまった。
NHKの番組は、未解決事件の真相に再現ドラマとドキュメンタリーで迫るシリーズの10回目だが、今回のテーマは戦後史最大のミステリーのひとつといわれる下山事件。
第1部はNHKの取材班が集めた資料と推考をもとにした実録ドラマ(出演・森山未來、佐藤隆太ほか)であり、「占領期の深き闇」と題した第2部のドキュメンタリーでは、独自取材により捜査が届かなかった事件の真相に迫っている。
下山事件が起こったのは1949年7月。国鉄職員10万人の解雇に関して労組と交渉中、忽然(こつぜん)と姿を消した下山定則国鉄総裁が、その後、無残な轢死体で発見されるも、自殺か、他殺かで捜査は行き詰まり、結局、真相はナゾのまま迷宮入りした。
当時、東京地検の主任検事として事件を担当し、のちに検事総長となった布施健は「他殺説」をとったという。
今回、番組取材班は数百ページに渡る「極秘資料」を入手。それを元にした取材により、新たな事実が浮かび上がってきている。
何が明らかになったかというと、事件を引き起こしたのがアメリカの謀略機関によるものであることが、より鮮明になってきたのだ。
文藝春秋発行の「日本の黒い霧」でこの事件に迫り、かなりいいところまで解明できたが結局は真相に手が届かないまま亡くなった作家の松本清張が生きていれば、きっと欣喜雀躍したに違いない、そう思うほど、新たな事実が発掘されている。
番組によれば、事件にアメリカの諜報組織であるCIC(アメリカ陸軍対敵諜報部隊)やGHQ参謀第2部(G2)直属の反共工作部隊「Z機関(通称キャノン機関)が深くかかわっていたのは明らかのようだ。
キャノン機関では、実行部隊として動いていたのは日本人だったという。その多くは元軍人で、特に重用したのが陸軍中野学校出身者などだった。戦時中にしたことを公にできない彼らは、仕事につけずに困窮する者もいたという。右翼の児玉誉士夫なども関係していたといわれている。
下山事件に深く関与したとみられる組織に東京神奈川CICという謀略機関がある。メンバーの多くは亡くなってしまったが、番組取材班は遺族を探し出してインタビューに成功している。
東京神奈川CICは日系二世の諜報員が多くを占めていたが、二重スパイを使ったりして暗躍。下山事件のあとほとんどがアメリカに帰国し、組織の実態を語らないまま亡くなっていた。
その中で、東京神奈川CICの中心人物とされていたアーサー・フジナミの遺族を突き止め、娘のフジナミ・ナオミさんにインタビューしている。
アーサー・フジナミは2020年に101歳で亡くなっていたが、娘のナオミさんは亡くなる前に彼が日本で何をしていたのか聞き取り、詳細なメモにしていた。
それによれば、当時CICがしていたことは、戦地から帰国した日本人を対象にした諜報活動だったという。
CICは共産主義が日本に蔓延するのを懸念していて、「下山総裁が共産主義に加担しないか疑い、尋問した」。そして「その後、下山は暗殺された」という彼の言葉がメモに記されていた。
番組では、「ソ連のスパイ」を名乗る李中煥という男についても描かれていて、彼は捜査本部に「下山事件はソ連による犯行」という密告の手紙を送る。「ソ連大使館に下山を連れ込み、血を抜いて殺害し、線路に下山の遺体を置いて列車にひかせた」と事件のことを述べているが、実はこの男はアメリカとソ連の二重スパイで、彼のいってることはまったくのウソであり、アメリカの情報をもとにソ連のしわざとするストーリーをでっち上げたことが明らかとなる。
つまり、下山事件の実行者はアメリカの諜報機関であり、事件をソ連つまりは共産主義者の仕業に仕立て上げることで、国民に「共産主義は怖い」というイメージを浸透させる――というのが彼らのねらいだったようだ。
下山事件が起きた1949年は日本がまだ占領下にあったころ。同じ年に「三鷹事件」「松川事件」が起き、“犯人は共産党”と共産党員が逮捕・起訴されるが、裁判で冤罪・でっち上げであることが明らかとなっている。いずれの事件でも浮かんでくるのが、日本を反共の防波堤にするために暗躍していたアメリカの諜報組織の存在であり、彼らが直接手を下すか、うしろから糸を引いていたかしたのは明らかだろう。
金曜日に封切ったばかりの「オッペンハイマー」が描いているのも、「反共」を理由にした科学者の追い落とし作戦だった。
アメリカの原爆開発で中心的役割を果たしたJ・ロバート・オッペンハイマーは、自らが開発の先頭に立った原爆があまりにも非人道的であることに衝撃を受け、そののちの水爆開発に反対の立場をとった。
そこでアメリカの権力者はどうしたかというと、彼に「ソ連=共産主義者の手先」との濡れ衣を着せ、抹殺しようとした。
前々から彼を秘密裏に監視していたFBIが集めた“証拠物件”なるものを、彼が所属する原子力委員会の関係者に渡し、仲間からの告発という形で尋問させたのだ。
当時アメリカでは、共産主義者や進歩的知識人などを社会的に追放する「赤狩り」の嵐が吹き荒れていて、それに乗じてやり玉にあがったのがオッペンハイマーだった。
下山事件から5年後の1954年、彼は聴聞会にかけられ、公職から追放された。
水爆製造に反対したからとの理由で追い出すのは憚られたが、「反共」を理由にすれば容易に追放できると考えたのだろう。
FBIは表に出ることなく、関係者に情報をリークして告発させるという狡猾なやり方をとった。そのやり口は、公民権運動や反戦運動を支持したというのでマスコミにニセ情報を流して女優のジーン・セバーグを破滅に追い込んだやり方と全く一緒だ。
だが、日本では下山事件など陰惨な事件が起きているが、さすがにアメリカ本土ではそこまでひどいことはしていない。
なぜ日本ではひどいことをしても平気なのかというと、当時日本はアメリカの占領地であり、事実上の植民地だった。日本人の命を軽く見るところがあったのだろうか?
その点では、NHKの番組に登場したキャノン機関のトップ、ジャック・キャノンの生前のインタビューが印象的だった。
彼は1981年、66歳で亡くなっているが、1977年放送のNHK特集「アメリカ諜報機関員J・Yキャノンの証言」の中で、次のように語っている。
「下山事件ついて聞いたことがあるか?」
3、4秒ほどして、首を振って「ノー、記憶にない」
「ノー。当時、耳にしたかもしれないが、私に関係ない」
「共産党対策とてして巧妙な方法だと思わないか?」
「思わない。共産党対策は戦前の日本のやり方が一番で、容赦なく弾圧することだ」
戦前の日本のやり方とはどんなやり方かといえば、治安維持法のもと、特高警察によって気に入らないと思った者は有無をいわせず拘引し、拷問により弾圧するものだった。
拷問のやり方はまるで近代国家とはいえない時代劇さながらで、天井から吊るしたり、水攻めや石攻め、鉛筆を指に挟むなど、陰惨なものだったという。
始めは天皇制政府に反対する思想・言論・行動を取り締まるというので共産党を標的にしていたが、やがて民主的な思想・考え方をしている人を次々に捕まえては拷問し、亡くなった人も少なくない。特高警察に捕まりその日のうちに拷問の末に虐殺されたプロレタリア作家・小林多喜二もその一人だ。
出版記念の宴会を「共産党再建準備会」とするなど特高警察によるでっち上げで雑誌編集者ら60人以上が治安維持法違反容疑で逮捕された「横浜事件」では、過酷な拷問により5人の命が奪われている。
そんな戦前の特高警察による「容赦ない弾圧」が一番というのだから、下山事件などたいした事件ではない、と思っているのかもしれない。
「オッペンハイマー」が原爆投下や赤狩りの“狂気”を描いているなら、NHKスペシャルは、戦前の弾圧こそ一番というアメリカ謀略機関の“狂気”を描いているように思えてならない。