東京・新宿TOHO CINEMASで封切ったばかりのアメリカ映画「オッペンハイマー」を観る。
2023年の作品。
原題「OPPENHEIMER」
監督・脚本クリストファー・ノーラン、出演キリアン・マーフィ、エミリー・ブラント、ロバート・ダウニー・Jr、マット・デイモン、ラミ・マレック、フローレンス・ピュー、ケネス・ブラナー、ゲイリー・オールドマンほか。
上映時間3時間。しかし、終始引き込まれる展開で長さはまるで感じられず、今年のアカデミー賞で作品賞、監督賞をはじめ7部門で受賞したのもうなずける力作。
特定の思想・信条を罪とみなす赤狩りの嵐が吹き荒れる1954年、“原爆の父”といわれたアメリカの理論物理学者J・ロバート・オッペンハイマーに、告発によってソ連のスパイの嫌疑かかけられ、彼がソ連に核兵器技術など機密情報を流した疑いがあるというので、原子力委員会内に設けられた調査審議の委員会で追及を受けるところから、物語は始まる。
この映画は、ひとつにはオッペンハイマーの成功とそののちの苦悩の物語だった。
オッペンハイマーは裕福なドイツ系ユダヤ人の家庭に育ち、幼いころから知的好奇心が旺盛だったという。父親の影響で科学や哲学に関心を持ち、ハーバード大学で物理学と化学を学ぶ。成績優秀でわずか3年間で学士号を取得。さらにケンブリッジ大学やゲッティンゲン大学でも学び、量子力学や原子物理学の研究を進める。
その後、カリフォルニア工科大学やカリフォルニア大学バークレー校で教鞭をとる一方、次々と研究論文を発表して科学界では知られた存在となる。
第二次世界大戦中、ナチス・ドイツが原子爆弾を開発する可能性が指摘され、アメリカは対抗するために独自の原子爆弾開発の極秘プロジェクト「マンハッタン計画」をスタートさせる。1942年、計画に参加する科学者たちのリーダーに選ばれたのが当時38歳の気鋭の科学者、オッペンハイマーだった。
彼が原爆製造に参加したのは、彼がユダヤ人だったこともあるだろうが、一日も平和を早く実現するにはナチスドイツに先を越されてはならないと思ったからで、ナチスドイツの野望を打ち砕くための原爆づくりだった。
同時に彼は、科学者として核爆発に強い科学的興味を抱いていたに違いない。
映画でも語られているが、彼は量子力学や原子物理学を駆使してブラックホール理論における先験的な理論を打ち立てていて、その当時まだ「ブラックホール」という呼び名もなかった時代の1939年、いち早くブラックホール誕生の可能性を論文で示している。
ブラックホールとは光さえも脱出できない超重力の天体であり、最後には大爆発を起こしてし消えてしまう、いわば究極の現象だ。
一瞬にして何万、何十万もの人々の命を奪ってしまう原爆もまた、究極の現象を引き起こすものであり、そこにオッペンハイマーが強い科学的好奇心を抱いたことは否定できない。
天界の火を盗んで人類に与えたのがプロメテウスなら、オッペンハイマーは第2のプロメテウスになろうとしたのか?
そういえば映画の原作である「オッペンハイマー『原爆の父』と呼ばれた男の栄光と悲劇」の原書のタイトルは「American Prometheus」だった。
しかし、原爆づくりが佳境に入って、いよいよ実験というとき、彼の苦悩が始まる。
原爆の完成直前の1945年5月、ナチスドイツは降伏してしまったのだ。オッペンハイマーが研究に参加したのは、ナチスドイツに先を越させることなく逆にナチスドイツをやっつけるためだったのが、その目標を失ってしまった。
だが、アメリカは、ターゲットを日本に変える。
1945年7月16日、世界初の原爆実験「トリニティ」に成功。それからわずか21日後の8月6日に広島、9日には長崎に原爆が投下される。
映画は、原爆が投下された広島・長崎の惨状は描いていないが、その日のオッペンハイマーら科学者たちの姿をとおして、原爆がいかに“狂気”の産物であるかを描いている。
映像の力、音楽の力がそこにあり、映画だからこそ描ける悲惨な世界が映し出されていた。
オッペンハイマーの苦悩は、アメリカが原爆よりさらに究極の殺傷力のある水爆開発に踏み切ったことで、さらに深まる。
彼はすでに広島・長崎への原爆の投下にも心を痛めていて、終戦の年の10月、ホワイトハウスでトルーマン大統領と会った際、「私は自分の手が血塗られているように感じます」と大統領に語っている(このときのトルーマン役で出演しているのがゲイリー・オールドマンで、「あんな泣き虫みたいな男を二度と連れてくるな」と側近に語るセリフがあった)。
彼は核兵器は人類を破滅に導くものと考えるようになり、核軍縮を呼びかけるようになる。さらには水素爆弾の開発に反対の立場をとる。
“原爆の父”が核兵器開発に反対の立場をとるようになったというので、アメリカ政府はどうしたか。
彼を反共の餌食にしたのだ。
実は反共に凝り固まっていたフーバー長官率いるFBIは、すでに早くからオッペンハイマーを追っていたという。オッペンハイマーはドイツで学んでいたころからマルクスの「資本論」全3巻を原書で読んでいて、共産主義に共感していた。
そればかりでなく、彼の妻キティ、弟のフランクとその妻ジャッキー、さらにはオッペンハイマーのかつての恋人ジーンはアメリカ共産党員だった時期があり。オッペンハイマーは党員ではなかったものの、共産党系の集会に参加したことがあるし、スペイン内戦で人民戦線を支援したりもしていた。
特にアメリカの1930年代は、“赤い10年”ともいわれるように多くの知識人が左傾化し、共産党員になったり、共産党に親しみを持つ人が少なくなかったといわれる。大恐慌のただなかにあり、飢えに苦しむ人々が増える中、差別のない社会の実現をうたう共産主義に理想を見たのだろう。
FBIはすでに1940年代初頭からオッペンハイマーを監視していて、自宅やオフィスに盗聴器をしかけたり、郵便物をこっそり開封してたりしていた。FBIがオッペンハイマーの家のごみ箱を漁る様子は映画でも描かれている。
オッペンハイマーが核軍縮を呼びかけ、水爆開発に反対したことで、彼を追い落とすために使ったのがFBIの集めた「オッペンハイマーがソ連に軍事機密を流した」とする“証拠物件”といわれる。そのやり口は狡猾で、FBIは表に出ることなく、オッペンハイマーと共産主義との関係を示す“証拠”を彼の政敵に渡した。その一人がロバート・ダウニー・Jrが演じるアメリカ原子力委員会委員長のルイス・ストローズで、かつてオッペンハイマーから屈辱を受けたというので長い間恨みを抱いていた男だった。彼の告発によりオッペンハイマーはソ連のスパイを疑われたのだった。
オッペンハイマーにかけられたスパイの疑いが冤罪であることは明白だったが、とにかく彼を共産主義のシンパに仕立て上げ、機密漏洩の名を借りて彼の名誉と社会的信用を失墜させようとするのが当局のねらいだった。だからこそ、FBIが表に出るのでなく、原子力委員会の内部からの告発という形をとったに違いない。
それにしても、アメリカの権力者たちはなぜそこまで反共に凝り固まっているのか?
ひとことでいえばアメリカは資本主義の国だからであり、「金持ちが威張って当たり前」の国だからだ。志を抱き、情熱を燃やして努力してこその富なのだから、金持ちが偉いのは当然のことであり、「クソ平等」を主張する共産主義とは相いれない、といわけなのだろう。アメリカ社会に根強い白人至上主義や黒人差別も、同じ土壌から生まれている気がする。
そこに、核兵器の“狂気”だけでなく、ひっとしてそれとも通じるかもしれないアメリカの“狂気”を感じる。何しろ、今もなお、自分の意にそぐわない主張をする人を「共産主義者」と攻撃するトランプ前大統領が次期大統領の座をねらっているのがアメリカという国なのだから。
オッペンハイマーがスパイであることを証明するものは何もなかったが、公職から追放された。結局のところ、共産党と関係があったというのが理由であり、赤狩りで多くの映画人がハリウッドから追放されたのと同様、権力にとって都合の悪い思想・信条を持つことが罪として罰せられたのだった。
1967年、オッペンハイマーはがんのため亡くなる。62歳だった。
妻のキティが亡くなったのはそれから5年後の1972年で、やはり62歳だった。
彼女はドイツ系アメリカ人で、生物学者、植物学者であり、30年代に離党するまでアメリカ共産党員だったという。
彼女はオッペンハイマーと結婚する前に3度の結婚歴があり、夫がある身でありながらオッペンハイマーと出会って恋に落ち、オッペンハイマーとの間に子どもつくり、夫と離婚してオッペンハイマーと結婚している。
とても自由精神のあふれた人だったみたいだ。
オッペンハイマーは晩年、一家で米領ヴァージン諸島のセントジョン島に渡り、島のホークスネスト湾に面した場所にビーチハウスを建て、泳いだり、釣りをしたり、船に乗ったりしてすごし、過去を忘れようとしていたという。キティはそこでランの栽培をしたりしていたそうだ。
オッペンハイマー亡きあと、遺灰はホークスネスト湾にまかれた。
キティはその後もそこで暮らし、亡くなったときは「ムーンレイカー号」と名づけたヨットの船長だった。
「ムーンレイカー」は直訳すれば「月を掻(か)き寄せるもの」という意味だが、「最先端で風を捕らえて高速で船を進ませるための特別の帆」という意味だという。
夫亡きあと、それでも前に進んでいこうとする彼女の強い意志が伝わってくる。
ヨットで世界一周しようと、パナマ運河を通って、かつて原爆を投下した国、日本に向かおうとしたという。
単に通過点として日本を通ろうとしたのか、それとも原爆の恐ろしさを自分の目で見てみたかったのか。
しかし、その途中、体調を崩し、パナマ市の病院で亡くなる。彼女の遺灰も、夫が眠るホークスネスト湾にまかれたという。
本作ではキティは地味な描き方だったが、自由に生きようとした彼女にもう少しスポットをあててほしかったな。